家電神たちの朝はうるさい
コテット
第1話 トースターの神様、パンを選ぶ。
朝は戦場である。
目覚まし時計の叫びを3度無視し、ようやく布団を抜け出す頃には、世界はすでに10分遅れていた。
眠い目をこすりながら台所へ向かい、いつものように冷凍庫から食パンを1枚取り出す。
「さて……今日も焼くか」
銀色の機械――我が家のトースターは、どこにでもある普通のタイプだ。
タイマー式でもない、ワンタッチで焼き上げるシンプルなやつ。
だが、違うのだ。最近、このトースターはしゃべる。
「そのパン、尊厳が足りぬな」
「……は?」
しゃがれたような、しかし妙に通る声。
まるで熟練の舞台俳優が低音で語るようなその声は、確かにトースターから聞こえた。
「耳が、薄すぎる。しかもお主、半額シールを貼られていたことを忘れてはおるまい。
そのようなパンを、我が身に入れて焼けと申すか?」
「……誰?」
「我はトースターの神、バルミューダ神第五十二代分霊体。
本来ならば貴様のような俗人の手には渡らぬはずであったが、
おそらく家電量販店の棚配置にミスがあったのだろう」
「なにそのメタ発言……」
混乱している暇はなかった。時間がない。
俺は半額パンを強引にトースターに押し込もうとする。
「待て、焼かぬと言ったのが分からぬのか!!」
「朝からバトルかよ!!」
バルミューダ神の審判は、思いのほか厳しかった。
・ライ麦パン:「香りの複雑性は認めるが、焦げやすい。不可」
・クロワッサン:「わしの内部にバターが流れ込む。不可」
・バターロール:「虚無。パンとしてのアイデンティティに欠ける。不可」
・冷凍ナン:「異文化すぎて理解が追いつかぬ。不可」
唯一、合格とされたのは「三日経った食パン」だった。
「この熟成……この乾き……今こそ焼くとき!」
いや、それもうパンじゃなくて煎餅なんだが?
最終的に、俺は諦めてフライパンで焼いた。
だが、それすらもバルミューダ神は覗き込んでこう言った。
「裏切り者が」
おまえが焼かせてくれなかったんだろが!!!
翌日。
俺は新しいパンを買った。「高級生食パン」と書かれた、ふわふわのやつだ。
期待してトースターに入れると、奴はこう呟いた。
「焼くのが、惜しい……」
「焼けやぁぁぁ!!!」
――この戦いに終わりはあるのだろうか。
いや、たぶんない。
なにせ、パンの種類は無限にあるのだから。
【あとがき】
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この作品は、「朝のトースターが人格を持っていたら」という、くだらない妄想から生まれたものです。
日常の中にある家電。
それが突然しゃべりだしたら、神様だったら――
そんな不条理と神聖が交錯する空間こそ、「朝のキッチン」なのかもしれません。
朝、トースターにパンを入れるたび、
「このパンでいいのか?」
と自問自答する人が一人でも増えたら、本望です。
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くだらない物語が、またひとつ生まれるかもしれません。
コメントや感想も大歓迎です。トースターの神様も喜びます(たぶん)。
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