第39話 初めてのキス

 夏休み、八月最後の土曜日は、朱里と紫生が初めて会話を交わした、あの花火大会が行われる日。

 朱里は去年同様、歩きやすい格好をチョイスし、ショートパンツのデニムにアシンメトリーのTシャツを合わせた。

 去年の経験を活かして、家を出る前にしっかりと虫よけスプレーも施したし、食べ歩きをあまり意識しないように、出る前にしっかりと食事をとった。


紫生しゅうくんっ!」


 駅の改札口前で待ち合わせした二人は、お互いの姿を確認して、手を振る。

 紫生の自宅は、愛寿園から程近いマンションで、朱里の家からも徒歩圏内の近さ。

 去年とは違う駅での待ち合わせだが、やはり去年の出来事を思い出してしまう。


 紫生は相変わらずイケメンで、行き交う女性陣が彼に視線を向けるのが分かる朱里は、思わず彼の腕に自身の腕を絡ませた。


「どうしたの? 今日は何だか積極的だね」

「恋人同士なんだから、いいでしょ?」


 お盆前にキス未遂事件を起こして以来、なかなか甘い雰囲気になれず。

 お盆期間中は母親の実家がある他県に行っていたため、会うこともできず。

 さらに追い打ちをかけるように、お盆明けには紫生が三日間の検査入院をしたため、すっかり甘いムードはリセットされてしまった。


 だからこの花火大会の夜は、夏の想い出をつくるためにも、朱里にとったら一大イベントのようなもの。

 お洒落や食べ歩きの楽しみを完全封印したとしても、それを上回る幸せがあると信じている。

 だって、好きな人と手を繋いで花火を観ることができるのだから。


 二人は改札をくぐり、花火大会が行われる駅へと向かった。


**


 花火大会が行われる駅へと辿り着いた二人は、去年と同じ道順を辿る。


「朱里、何飲む?」

「お水にしようかな」

「ジュースじゃなくていいの?」

「甘いのだと、余計に喉が渇くし、お水なら、汚れた指先とか洗い流せるでしょ」

「……フッ、成長したね」


 去年、たこやきのソースがべったりと手に付いてしまって、ウェットティッシュで拭いても何となくべたべたしてて、結局彼が持っていたお水で手を洗わせて貰ったのだ。


「食べたいもの買って、場所取りしよう」

「大丈夫! 今日はもうお夕飯、しっかり食べて来たから!」

「え?」

「だから、今日はいっぱいラブラブしよ?」


 朱里は紫生の手に自身の手を重ね合わせ、指を絡ませた。


「同じ学校の人に見られるかもよ?」

「もう変な噂は無いんだから、見せつければいいんだよ」

「いいの?」

「私がそうしたいの!」

「じゃあ、……遠慮なく」


 ぎゅっと握り返された手から彼の体温が伝わって来る。

 普段は少しひんやりする手が、今日は私と同じくらいの体温だということにホッと安堵した。



 河川敷の観覧スペースに座れるところを見つけると、彼は今年もレジャーシートを広げた。


「ホント、準備がいいね」

「無いより、あった方がいいでしょ」


 彼のボディバッグの中を見たことはないが、たぶん絆創膏とか軟膏とかも入っていそう。

 けど、私だって負けてないんだから。


「この間言ってた映画化のやつ、観れる映画館見つけたよ」

「ホント?」

「うん、隣りの県だけど、来月までやってるみたい」

「朱里、一緒に観に行こ」

「うん、そのつもりでチケット予約した」


 彼が好きな作家さんの小説が映画化されて、ミニシアターで公開されているらしくて、それがどうしても観たいと言っていた。

 朱里は予約画面をスクショしたものを彼に見せると、余程嬉しかったのか、人目も気にせずぎゅっと抱きしめて来た。

 その後も花火が始まるまでの間、ずっと会話しながら同じ瞬間を楽しんで。

 花火が打ち上がってからも、どちらからともなく視線が何度も絡み合った。


 体を寄せ合い座っていると、彼の手が朱里の腰にそっと回された。 

 朱里は無意識に横にいる彼を見上げてしまった。

 すると、ちょっと照れくさそうにする彼の横顔に、胸がきゅんとときめく。


 ヒュルルルル~~ッという口笛じみた音の後に、ドーンッと重い破裂音が体に響く。

 その度に驚いてしまって体がビクッと震えていると、『かわいっ』と彼の漏らした声が聞こえた。

 密着する体から振動が伝わってしまって恥ずかしいけれど、『かわいっ』と言われると何だか嬉しくて。

 もっと伝わればいいなぁと彼の肩に頭をそっと寄せた。

 すると――――。


 視界が斜めになりながらも花火を観ていた朱里の視界が遮られ、唇に柔らかい感触が。

 一瞬の出来事で何が起きたのか分からず、目をぱちぱちと瞬かせると、『めっちゃ緊張したっ』という可愛らしい彼の声が耳元に届いた。

――――彼とキス、したらしい。


 私って、強欲かも。

 だって、あんな一瞬じゃ、キスの味どころか、キスの余韻にも浸れないじゃない。


「紫生くん」

「……ん?」

「もう一回して?」

「へ?」

「今のじゃ、全然足んない」

「っっ……」


 動揺しているのが手に取るように分かる。

 一瞬絡まった視線が宙を泳ぎ始め、何だか鼓動がさっきよりも速くなった気がする。

 すると、ほどなくして再びヒュルルルル~~ッと口笛みたいな打ち上がる音が響いた、その時。

 腰に回されていた手が後頭部へと這い上がり、ドーンッという爆音の炸裂音と同時に唇が塞がれた。

 今度は一瞬じゃない。

 ちゃんと感じるよ、紫生くんの唇の柔らかさとあたたかさが。


 何秒間したのかすら分からないけれど、ゆっくりと離された彼と視線が交わる。


「今度おねだりする時は、人がいないところでしようね」


 ちょっと意地悪っぽく笑みを浮かべた彼。

 周りの人たちが私たちのキスを見ていることに気付き、朱里は一瞬で顔が沸騰した。

 そんな私のこめかみに、彼は優しい触れるだけのキスをした。

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