第33話 トリプル・サプライズ

※紫生視点


「水野さん、腹腔鏡じゃなくて、生検針じゃないですか」

「腹腔鏡より生検針の方が断然いいでしょ?」

「そりゃ……」

「私なりの配慮よ」

「……いつもありがとうございます」


 佐倉さんの家で誕生祝いをして貰った翌週の金曜日。

 紫生は学校を欠席し、水野さんに付き添って貰ってかかりつけの神坂総合病院を訪れている。

 事前に腹腔鏡術で生検をすると聞かされていたため、麻酔をして、肝臓付近の皮膚を数センチ切開して、肝臓の組織を一部採取するものと思っていた。

 だが、午前十時過ぎに入院手続きを済ませ、術前検査の説明を看護師から受けたら、三十分ほどの『生検針』で済むと言うではないか。


 これまでもあらゆる検査をして来た紫生にとって、腹腔鏡であろうが、開腹手術であろうが、病気の進行を遅らせ、日常生活が今より快適になるのなら幾らでも受ける覚悟がある。

 命は儚い。

 朝元気な姿で見送った父が、数時間後に息を引き取った姿で対面した記憶も微かにある。

 だから、常に『今』という瞬間を一生懸命生きると母と誓ったのだ。

 そんな母親ももうこの世にはいないが、それでも与えて貰った命は大切にしたい。


 神坂総合病院は都内でも一、二を争う大病院。

 最先端医療や最新式の医療器具が常に導入されている病院で、難病指定の治療も扱っているため、政財界の大物や芸能人や著名人を始め、日本全国から紹介状を持って来院する患者が多い。

 紫生は難病ケア病棟の五階の病室から、生検針に使うためのCTとMRI検査を受けるために、検査室へと付き添ってくれる看護師を待っているところ。


「速水さ~ん、検査室に行く時間ですよ~」

「はい」

「じゃあ、紫生くん、終わる頃にまた顔出すわね」

「別に明日の退院の時でいいですよ。金曜日は忙しいじゃないですか」

「……じゃあ、仕事が終わったら顔見に来るわね」

「はい。お仕事頑張って下さい」

「紫生くんも、検査頑張ってね」


 CT、MRI、生検針と順番に受ける予定の紫生。

 車いすを押して迎えに来た看護師に会釈し、車いすに座った、その時。

 オーバーヘッドテーブルの上に置いてあるスマホがブブブと震えた。


「あ、すみません。メールだけ、見てもいいですか?」

「いいですよ~。……彼女さん?」

「……はい」


 休み時間で送って来たのだろう。

 午前中に入院し、お昼頃に検査を受けると伝えてあったから、心配でメールを送って来たようだ。

 朱里から『がんばれ!』という可愛い子猫のスタンプメールが届いた。

 『今から検査、行って来ます』と簡素なメッセージを送り、電源を落としてテーブルの上にスマホを置いた。


「お願いします」

「麻酔時間も入れると、全部で二時間弱だけど、お手洗いは大丈夫?」

「病室に来る前に尿検査したんで、大丈夫です」

「じゃあ、行こうか」


 生検をするにあたり、数日前から抗凝固薬(血液を固まりにくくする薬)の服用を控えているし、入院と同時に点滴も受けている。

 既に検査着に着替え終わっている紫生は、少し早まる鼓動をゆっくりと深呼吸することで落ち着かせようとしていた。


**


「紫生くん」

「……んっ」


 検査が無事に終わり、ホッと安堵した紫生は睡魔に襲われ、病室のベッドで眠っていた。

 そこに水野さんが仕事終わりに顔を見せに来てくれた……と思ったら、水野さんの背後に可愛らしい女の子を発見!


「佐倉さんっ」

「来ちゃった♪」

「え、水野さん、大丈夫なの?」

「先生に聞いたら、今回は手術じゃなくて検査だからOKだって」

「そうなんだ」

「私、飲み物買って来るわね」


 水野さんは佐倉さんにウインクして、病室を後にした。

 前回入院した時はお正月の時で、あの時はカテーテル手術を二種類受けた。

 開腹手術ではないから感染症のリスクは低いけれど、常に合併症も気にしないとならないから、いつも付き添いの人以外は面会謝絶になる。


「学校の帰りにね、愛寿園に行ったの。速水くんのスマホ繋がらないから、心配で」

「あっ……そう言えば、電源落としておいたんだった。ごめん、電源入れるの、忘れてた」

「そんなことだろうって水野さんが言ってて、病院に確認とったら、面会してもいいって言うからついて来ちゃった」

「ありがとうね」

「検査、大変だったの?」

「いや、全然。局所麻酔して、針で刺しただけだから。ちょっとホッとして眠気に勝てなかっただけだよ」

「そっか。それならよかった」


 水野さんの配慮で、いつも個室に入院している紫生は、他の患者に気を遣うこともなく、静かに入院生活を送れている。

 ベッドサイドに歩み寄った佐倉さんが、躊躇いながら俺の手にそっと触れた。

 感染症予防の点滴をしている手。

 それが痛々しそうに見えるのかもしれない。


 個室のいいところは、他人の目がないということ。

 付き合いたてで何をするとかでもないんだけれど、ちょっぴり彼女の不安を払拭してあげたい、そんな気持ちが湧き起こる。

 だって、好きな子にはいつだって笑ってて貰いたいから。


 点滴が刺さってない方の手で彼女の腕を掴み、ぐいっと引き寄せた。


「痛いの痛いの飛んでけ~とかしてくんないの?」

「へ? ……っ、しないよっ」

「えぇ~、ケチだなぁ」

「して欲しいの?」

「うん」

「しょうがないなぁ~」


 俺に触れたそうにしてる彼女の心を汲み取って、触れる理由を意味づける。

 だけど、無垢な女の子と多感な時期の男子の脳が同じだとは限らない。


 俺の頭にスッと手を伸ばして来た彼女は、視線を俺の髪に固定して、そっと撫でようと意識が頭へと移った、その時。

 チュッ。


「……え」

「お見舞いの御礼だよ」


 俺はマスク越しのほっぺたにキスをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る