第18話 変化する距離感

「おかえり~~」

「おっ、久しぶりじゃん」

「卒業後のことで相談があって、帰って来たの」

「そうなんだ」


 土曜日の夜。

 バイトから帰宅した新は、リビングで寛ぐ姉のゆきと会話を交わす。

 雪は隣県にある防衛大学校に通う三年生で、卒業後は航空自衛官として配属希望しているため、パイロットとしての技術はもちろんのこと、自衛官としての教養を身につけている。

 新と雪の父親は、警視庁刑事部捜査一課に所属している現役刑事。

 いわゆる『強行犯』と言われる、殺人、強盗、傷害、恐喝、業務上過失致死傷、死体遺棄、性犯罪などを捜査する刑事で、警察官の中でもエリートと呼ばれる存在だ。

 そんな父親の背中を見て育った新と雪は、幼い頃から活動的で正義感が強い。

 『航空自衛官になりたい』という姉の夢を、新はずっと応援している。


「あっ、そう言えば……」

「ん?」

朱里あかりちゃん、彼氏できたの?」

「は?」

「帰って来る時に、駅前でイケメン男子高生と仲良さそうに歩いているの見たのよ」

「……」

「手を繋いだりはしてなかったけど、楽しそうに会話しながら歩いてたからさ」

「……へぇ」

「その顔だと、薄々気付いてたっぽいね」


 姉が言った『イケメン男子高生』とは、恐らく速水のことだろう。

 最近、朱里とアイコンタクトを取ったりしてて、俺の知らない間にまた連絡を取り合ってんだろうなぁってことくらいは分かってたけど。

 まさか、制服デートするほど進展してただなんて。

 毎日のようにバイト漬けの俺も悪いのかもしれない。

 もっと朱里との時間を取ってたら、少しは変わった状況だったかもしれないけれど。

 あいつにとったら俺は『幼馴染』であって、『異性』ではないということも分かってる。

 幾ら大事にして可愛がったところで、あいつには面倒をみてくれるお兄ちゃん的な存在だろうな。


***


 翌週月曜日。

 期末試験初日の朝に、新は速水に声をかけた。


「速水、ちょっといいか」

「……うん」


 教室から速水を連れ出し、北校舎へと続く渡り廊下へと辿り着いた。

 他の生徒が近くにいないことを確認してから、新は口を開く。


「直球で聞くけど、……朱里と付き合ってんの?」

「え? ……いや、付き合ってないけど」


 新の超どストレートな質問に、さすがの紫生も一瞬たじろぐ。


「好きか、嫌いかで言ったら?」

「……それ、答えないとダメなの?」

「俺には答えたくない、そういう意味合いに取るけど」

「……嫌いじゃないよ」

「ズルい言い方しやがって」

「……ごめん」


 新に圧倒される紫生。

 普段から他者と会話するのが苦手だから、どうしても一歩引いた感じになってしまう。


「俺は朱里が好きだよ、ずっと昔から。だから、急に横から掻っ攫われるのかと、正直内心ヒヤヒヤしてる」

「……」

「けど、選ぶのは朱里だから」

「……」

「なんつーか、そのあれだ。こそこそしないで、正々堂々と闘いたいってことを伝えとくわ」

「……ん」

「話はそれだけ。試験前に悪かったな」


 新は早歩きで教室へと戻る。

 一応、あるかないか分からないくらいのもんだろうけど、予防線は張っておいた。

 どこまで有効かは分からないけれど。


 新は紫生の表情から、やっぱり朱里に好意を寄せていると読んだ。

 戸惑いながらも、ちゃんと考えているのが分かったから。

 それだけ、大事に思っているということだ。

 付いてくるように教室へと向かう紫生を背中に感じながら、新はよく頑張ったと自分自身に言い聞かせる。


 気の弱そうな紫生を言葉で制することも出来ただろうけれど、あえてしなかったのだ。

 姑息な手段で手に入れたとしても、きっと砂の城と同じで、一瞬で幻に変わってしまう。

 ずっと大事にして来た気持ちを蔑ろにしたくもないし、簡単に打ち消せるような思いでもない。

 期末試験より難題のようだ。


「試験であいつに勝てたら、自信がつくのにな……」


 新の呟いた言葉が、ひんやりとした廊下に吸い込まれていった。


***


「萌花、今日バイト?」

「ううん、明日までお休み貰ってる」

「じゃあ、朱里誘って帰りにどっか寄ってかね?」

「あっ……、朱里に聞いてみないと」

「……そうだな」


 期末試験最終日の放課後。

 無事に試験が終わって、いつもの如く俺の奢りで『お疲れ会』をしようと思ったんだけど、なんか萌花の表情から瞬時に察知した。

 どうせ、朱里はあいつと約束してるんじゃないかと、萌花も朱里とあいつの仲を知っているんじゃないかと分かってしまった。

 俺だけ知らされていなかったという事実が、鋭く突き刺さる。


 萌花が朱里の席に駆け寄り、俺の提案を伝えてくれている、その奥で。

 朱里の左斜め前の席のあいつが視界に入る。

 萌花と朱里の会話が聞こえたのか、俺の方に視線を寄こして来た。


 あぁ~、何だよ。

 邪魔者は俺じゃねーか。

 ちょっと前まではその立ち位置に俺がいたのに。


 新はぎゅっと手を握りしめ、苛つく感情をセーブしながら三人に近づく。


「速水もどう? 俺の奢りなんだけど、どっか寄ってかね?」

「ごめん、俺はパスで。三人で楽しんで来て」


 百歩譲って誘ってやったってのに、朱里と速水は顔を見合わせて、何やら言いたそうな雰囲気。


「誘ってくれたのにホントごめんね。……じゃあ、お先に」

「あ、待って!」


 鞄を手にして帰ろうとした速水を朱里が呼び止めた。

 そして、俺と萌花には聞こえないくらいの小さな声で何やら話している。


「萌花、新、駅前まで速水くんも一緒でいいよね?」


 振り返りながらおねだりするみたいに小首を傾げる朱里。

『そんなちょっとの距離でも一緒にいたいのかよ』と思ってしまう。

 

「ん~」

「私もいいよ~」


 萌花が『行こ』と笑顔を向けて来た。

 俺、こんな心の狭い男だったっけ?

 新は胸の奥がギスギス音を立てているのを必死に堪えていた。

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