皇帝円舞曲で貴女と斬り結ぶ

 う〜〜ん☆

 ワルツって、よくわかんないけど……周りの人の動きと、ヤーンさんのエスコートのおかげで、なんとか形にはなったかな。


 でも……


「……物足りないような?」


 ウチのぽそっとした呟きに、ヤーンさんは少し戸惑った様子で――


「む、俺のエスコートが……不十分だったか?」


 あ、誤解させちゃった? 違うとよねぇ。何て言うか……ん〜?


「ううん、ヤーンさんが悪いわけじゃないと♪  エスコートしてくれたおかげで、初心者のウチでもちゃんと踊れたし! ありがと☆」


 にっこり笑ってお礼を言うと、ヤーンさんは――


「よ、よかった……」


 って、照れてる……ふふっ、かわいいかも♪

 そいや、この人って何歳なんやろ? 見た目は若いけど、喋り方はちょっと古風よねぇ。


 おっとと、とりあえず、誤解は解いておかんとやね。


「えっとね、さっきのは動きが優雅すぎて、ちょっち物足りん感じがしただけやき♪」


 ウチはニコッと笑って、ちゃんと伝えた。

 なるほど……と、ヤーンさんは納得したような顔。すると――


「ふむ……次のプログラムは、少しテンポの速い『ウィンナ・ワルツ』である。あおい殿にも満足いただけるよう、努めよう」


 ウィンナ・ワルツ? ウィンナーが踊るんかな?

 想像したら、ちょっと笑える♪


「わかんないけど、それじゃ、お願いしますね♪」


 笑顔で伝えると、ヤーンさんは赤面しながら「承知した」と答えてくれた。


 ウィンナ―・ワルツって♪ どんな踊りなんやろ♪


 って、気づけば……ちょ、ちょ、ちょい待ち?

 オーケストラの人、28人くらい居るんやない?

 どんな踊りになるかも気になるけど……それ以上に、曲が気になるなぁ。ははっ。


 ウチは、さっきのワルツのときと同じように、ヤーンさんの正面に立ち、構えを取る準備をした。


「俺の右腕に、葵殿の左手を添えてくれないか」


 彼の静かな声に従って、ウチは彼の右腕に、左手をそっと添える。

 その瞬間、彼は右手をゆっくりと伸ばし、ウチの左肩甲骨あたりに、優しく手を添えた。


 その手は、まるで剣を抜く前の静かな構えのように――

 緊張感と、どこか礼儀正しさが漂っていた。


「ふふっ♪ さすがにもう、緊張はしてないね♪ さっきはすっごく、固まってたんに♪」


「葵殿のおかげである。貴女の、そのくったくのない素直な心が……俺の心を解きほぐしてくれた」


 んん? ちょっと大げさすぎやない?

 でも……ふふっ、嬉しいかも♪


 ――あ、曲が……来た!


 トランペットが高らかに鳴り響き、フロア全体に緊張が走るのが、肌で分かる。

 空気がピンと張りつめて、まるで舞台の幕が上がる直前のよう。


 これっち……皇帝こうていえんきょく――!

 椿咲と一緒に聴いたことがある。

 序奏は、まるで帝国の扉がゆっくりと開かれるような荘厳さ。うん、曲は覚えてる。


 だから――踊れる! これは、ウチの剣でも舞える!


 ヤーンさんは背筋をすっと伸ばし、ウチは笑みを浮かべながら構えを取った。

 彼の腕のホールドは、まるで剣を抜く直前の静けさ。

 ウチの指先には、風のような軽さが宿る。


 そして――  チェロの旋律がふわりと空気を変えた瞬間、ウチたちは、剣の舞のように、ワルツの一歩を踏み出した。


 さっきの曲よりも、ずっとノれる♪ まずは、ターン!


 ヤーンさんは、ステップで優しくウチに詰め寄りながら、右回転を決める。

 ウチもそれに合わせて、後退しながら右へとターンを踏む。


 腰に添えてくれた手とウチを軸に、歯車のようにクルクルとウチらは回る。


 マーメイドスタイルのドレスの裾が、くるりと水流のように舞い上がる。

 まるで、海の中を滑るように――ウチたちは、最初のターンを鮮やかに決めた。


 気持ちいい♪ 何故だか、自然に踊れちゃう♪ さっきの曲みたいにゆったり感じゃなくて、なんだか勇壮な曲調で、テンポに乗りやすい♪


 そして、彼のエスコートが的確で、次にどう動けばいいのかが、体で分かる。


 観客席から――


「なに、あの青い髪の女の子!?」

「綺麗~♪ まるで、海の女王様みたい♡」

「あのステップ……まるで心が踊ってるみたい……!」

「イケメンと美女♡ やぁ~ん♡ うらやましぃ~」


 なぁんて声が聞こえてくる。

 はわわわ、海の女王やなんて……そげなこと、ウチには似合わんとに。


 でも――そう見えるのは、きっと彼が踊り上手だから。

 ウチが綺麗に見えるのは、彼のリードが完璧だからなんよ。


 でも、剣士のはずなのに――なんでこんなに踊りが上手なんやろ?


「ヤーンさんって、踊り上手なんやね♪」


 思わず口にすると、彼は少し照れたように――


「俺の両親はダンサーだったんだ。  俺も、両親のようなダンサーを夢見て……子供の頃、真似して覚えたんだ」


 次の瞬間、彼は左へとターンを始める。

 ウチもすぐに合わせて、後退しながら左回転を踏む。


 スカートが翻り、空気がくるりと巻き上がる。  彼と再び向き合ったとき、ウチは笑顔で――


「なるほど、剣士になる前は、踊り手を目指してたんやね♪」


 どおりで、所作が綺麗なわけやね。

 動きのひとつひとつが、まるで型のように整ってる。


 彼が左足を前に差し出し、ターンの流れを止める。

 ウチも右足を後ろに引いて、ぴたりと止まる。


 そのまま横へステップし、両足を揃える。

 お互いの足元がぴたりと重なった瞬間――


 空気が、一瞬だけ静まり返った。


「住んでいた村を滅ぼされ、両親を失うも……俺は無我夢中で、傍にあった剣を振るい、唯一生き延びることができた。そして、トームたちが来てからは……結局、この道に入った――さて、舞おうか、葵殿!」


 彼はまるで、居合で剣を抜くように――

 鋭く、そして美しく、ウチの手を優しく握り、右回転のターンを決める。

 その動きは、悲しみを断ち切るような一閃。


 ウチも思わず、彼の動きに導かれるように、剣を抜くような気持ちで右へと回る。

 スカートが翻り、空気が斬られるように舞い上がる。


 阿吽の呼吸――

 ウチとヤーンさんは、まるで剣舞のように、連続して回転を重ねていく。

 右へ、右へ、くるくると――

 その回転の中に、彼の過去と、ウチの記憶が溶けていく。


「そうなんやね……故郷と、ご両親を……」


 ふと、あやお母さんと、つるぎお父さんの顔が、脳裏に浮かんだ。


 さぞ、辛かったやろうねぇ……

 ウチも、両親との……あの別れの瞬間――胸が張り裂けそうやった……


 右回転を終えると、間髪入れずに左回転へ。


 空気が切り替わる。

 悲しみを抱えながらも、前へ進むように――

 ウチたちは、剣の舞を続ける。そして、オーケストラの演奏も、サビに差し掛かり!


「だが、このダンスで培った体幹のおかげで、剣の道でも剣聖にまで上り詰めた。親には感謝しかない。そして――貴女が、ご両親を思いながら戦う姿に――俺は、完全に……自分を見つけ出すことができた」


 左ターンが、彼の過去を風のように振り払う。

 くるくると左へウチらは舞いながら、あらゆる負の感情を切り開く。


 ターンを終えた瞬間――


 ウチは、上半身をのけぞらせるように、彼に身を預けた。


 彼はウチの背中に手を添え、前かがみになりながら、そっと支えてくれる。


 視線が交差する。

 彼の瞳には、切なさは消え――吹っ切れたような、静かな決意が宿っていた。

 音楽も、抒情的に変わりながら……ウチたちは回り続ける。


「元の世界に戻り、魔王を倒した後……葵殿のような女性を探し出す。そして、平和な世界で――親がしていたように、踊りで人々に幸せを届けたい。その夢を、もう一度……叶えたいことに気づけた。ありがとう……ありがとう!」


 その言葉は、まるで剣を納めた後の静かな誓いのよう。

 ウチは、彼の手の温もりを感じながら、そっと笑顔を返した。


「素敵な夢やね♪ お手伝いはできんけど……叶うように、応援するきね☆」


 彼は、ウチの言葉に微笑み、再び踊り始めの構えへと戻る。

 その表情は、心の底から幸せそうで――


 まるで、夢が今ここに芽吹いたような輝きがあった。


 そして、再び最初のターンへ。

 彼のステップは、希望を抱いて舞い上がる。

 勇壮な『皇帝円舞曲』と、ウチの踊りと一緒に――

 未来へ向かって、くるくると、優雅に、力強く。

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