天然タラシ発動! あのお方のヒロインに無自覚接近

「「「「「「「あああああああああ~~♡」」」」」」」


 ホテルの温泉に入った瞬間、ウチら7人、まるで打ち合わせでもしとったみたいに、ぴったり同時に声が漏れたっちゃ。


 レストランを出たあとは、ちちぷい島ファームで動物たちと触れ合ったり、ソフトクリーム作りを体験したりして♪

 ふうちゃんとりんちゃんを連れて、ちちぷいナイアガラの滝を案内したりもしたっちゃ♪

それから、それから……うん、ほんとにいろいろ遊んだねぇ~♪

 気づいたら、日が傾いとった。楽しい時間って、ほんとに一瞬やね。



「この後は花火大会かぁ~♪ 夜店もあるし♪ お祭りの雰囲気もあるし♪ 楽しみやねぇ~♪」


 つぐお姉ちゃんが、ワクワクしながら、お湯を手のひらで体に馴染ませるように、優しく撫でよった。


「まさかぁ~、月美様や椿つば様とぉ~♪ 一緒にお風呂に入れるなんてぇ~、恐悦ですぅ♪」

「ほんとに、嬉しかぁ~♪ 夢みたいなひと時です♪ 月美様、椿咲様、それに皆も♪」


 風華ちゃんと凛華ちゃんも、ご機嫌やった♪ 今日も一緒に遊び回れて、ほんとに楽しかったっちゃ♪ 大満足!


 んっで! んぁぁ~~~♡ お湯が……心地よかぁ~。


 ウチたちがお風呂で身を清めよる間に、にぃには皆の浴衣を用意したり、花火大会に出かける準備をしてくれよる。


 ……このバカンスの間も、ずっとウチたちのために、陰ながら動いてくれとったっちゃ。


 もっと休んでもよかのに……うん。働きすぎやん。

 ……にぃにと、一緒に過ごすタイミング……どうしよっかな……

 もちろん、欲しかと。ずっと、我慢しとったし……

 今も、にぃにのこと思うだけで、キュンってして、体が切なくなるっちゃ。

 お祭り。花火大会。ん~……でも、なるようになるかもね。


 今夜こそ、ちゃんと……にぃにと、思い出を作りたい……


 すると、不意にウチは後ろから誰かに抱きつかれた。

 振り向くと、お姉ちゃんがにっこり微笑みながら、ウチを優しく包み込んでくれた。


「大丈夫、大丈夫よ? 葵。アイツも、きちんと葵を迎え入れてくれるから……ね?」


 ウィンクして、ウチを励ましてくれる……


「うん、ありがとう、お姉ちゃん♪」


 ありがとう、お姉ちゃん……すっごく、勇気出るよ♪

 愛しとる……お姉ちゃんのことも、椿咲のことも……この場の皆のことも。


「「なんかわかんないけど、壮大な愛に包まれた気がする~~~」」


 ……そやね♪ 風華ちゃんと凛華ちゃんも♪ ついででゴメンやけど♪


□ ■ □ ■


 皆が浴衣に着替えている間、僕はロビーで待っていた。

 周囲には浴衣姿の宿泊客が行き交い、それぞれ思い思いに花火大会の会場――

 

 続々とビーチへと向かっていく。どの表情も幸せそうだ。


 僕は黒とグレーのチェック柄の浴衣を身にまとい、僕たちが泊まっているフロアへと繋がるエレベーターの前で静かに佇んでいた。


 すると、時折――


「ねぇ、あの人! 福岡国ふくおかこくのラーヴィ様じゃない?」

「勇者パーティーとの戦い、圧倒的だったよねぇ~」

「すっごく強くて、かっこよかったわ♡ はぁ、声かけたいけど……」


「「「もいるなんてねぇ~」」」


 ……勝手に期待されて、勝手に落胆される。そんな視線を、何度か感じた。


 18時20分を少し回った頃――カラン♪ コロン♪ と、軽やかな足音が響いた。


 音の方へ目を向けると、長く美しい銀色の髪を揺らしながら、一人の女性がこちらへ向かってくる。

 ちょうど、エントランスは彼女の進行方向の先にあり、僕の立っている場所を通り過ぎる形になる。


 その瞬間、彼女は突然つまずき、僕の方へ倒れ込んできた。


「きゃ! きゃああ!」


「っと……」


 僕はすぐに腕を伸ばし、彼女をそっと抱きとめて転倒を防いだ。

 そのまま、ゆっくりと体勢を整えながら、片足ずつ彼女を地面に下ろしていく。


「ん? 下駄の鼻緒が切れたのか?」


 彼女の足元を見ると、女性用の下駄を履いていた。

 正絹しょうけんの鼻緒なのだろうけれど、前坪まえつぼの穴の辺りで切れていた。

 下駄をよく見ると、うこん型と呼ばれる、足の形に沿ったカーブがある。

 丸みがあり、足に優しくフィットして尚、可愛らしいデザインだ。

 色は鮮やかなしゅうるし塗りの中に、ラメが入っていて美しく煌めいている。


 なるほど。鼻緒が切れ、足元が不安定になり、つまづいたのだろう。


「ご、ごめんなさい! そ、その……」


 彼女は顔を真っ赤に染めながら、僕に謝罪の言葉を口にした。


 銀色の髪の合間から、ぴょこんと飛び出したうさぎの耳が揺れている。

 ウサギ族の女性か。洞窟ウサギなどの戦闘種ではなく、穏やかな性格の種族だろう。


 美しい赤い瞳に、知的な美貌を感じさせる顔立ち。

 彼女が身にまとっているピンク色の浴衣には、可愛らしいウサギ柄の刺繍が施されており、柔らかな雰囲気を引き立てている。

 黒い帯には赤い帯紐があしらわれ、ところどころに人参のチャームが飾られていて、細部まで愛らしさが込められていた。


「僕は構わないよ。ただ、鼻緒が切れてしまっているようだ。少し待てるかな? レディ?」


「え!」


 先ほどは転倒しかけた恥ずかしさで顔を赤らめていた彼女だが、今は別の感情がその瞳に宿っている。


「足袋が汚れてしまうといけない。よければ、僕の膝を使ってくれて構わないよ」


 僕の申し出に、彼女は――


「え! ええ! えええええ! だ、大丈夫ですわよ! その……」


 額から汗が噴き出し、顔はさらに真っ赤に染まっていく。だが――


「僕は気にしないよ。下駄を直さなければならない。すぐに終わるから、どうぞ」


 僕は静かに膝を差し出し、彼女の足をそっと乗せてもらう体勢になる。


「少しだけ、失礼しますね」


 そう声をかけて、彼女の足元に手を添え、そっと下駄を外し、足を膝の上にそっと乗せる。

 とても繊細な作りだが、修復は可能だ。

 月美が、下駄を履いてバタバタ走るから、よく鼻緒を切ってくれたからな……すっかりお手の物だ。

 切れた鼻緒の状態を確認しながら、下駄の裏を静かに返す。

 木の台に指を添え、前坪の穴に指先を滑り込ませる。


 ――これだな。


 指先で鼻緒を引き出すと、細く裂けた布が見えた。

 僕は帯から小さな工具セットを取り出し、裂け目を丁寧に結び直す。

 静かに穴へと差し込みながら、彼女の足に負担をかけないよう、指先に神経を集中させて作業を進める。


 ――ほんの数分の沈黙。


 だが、その間にも、彼女の鼓動が伝わってくるような気がした。

 修復を終えると、彼女の足にそっと下駄を戻す。

 その瞬間、小さく息を呑む音が聞こえた。


「おみ足に痛みはありませんか?」


「……ええ。ありがとうございます……」


 彼女は頬を染めながら、視線を伏せる。


 その瞳には、確かな安心と――少しのときめきが宿っていた。


 「……これで、もう大丈夫。歩いてみてくれるかな?」


 彼女はそっと足を下ろし、立ち上がる。

 歩みはまだ少しぎこちないが、下駄はしっかりと足を支えていた。


「ありがとうございます……本当に、助かりました……」


 彼女の声は、先ほどよりも少しだけ震えていた。

 

 すると、エントランスの方から、明るい声が響いた。


「エリ~~、何してるんだよ~、早く、早く~♪」


「カ! カエデ!! あなたって子はぁぁ! 先に急ぎすぎですわよ! あ!」


 エリ? 彼女の名前だろうか。


 顔を上気させながら、彼女は僕に向かって丁寧に礼をする。


「わ、私は『エリアーヌ』と申します。大変助かりましたわ。ですが、すみません、連れが待っていますので、お礼は、いずれ……」


「僕は、『ラーヴィ・グラスドゥヴィ・バラン・シーク』です。エリアーヌ。お連れの元へどうぞ。お礼は気にされなくて大丈夫ですよ」


 僕は微笑みながら、彼女を促し、礼を返す。


「ラーヴィ様……覚えましたわ! 後ほど!」


 カラン♪ コロン♪ と、下駄の音を弾ませながら、エリアーヌは「カエデ」と呼んだ連れの方へと駆けていく。


 僕はその場から、彼女の背中を見送る。どうか、今宵は楽しんでくれたら。

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