暇と姉の気遣いとすっぽん鍋

 秘湯館を後にした僕たち。


 ジンジンと腰のあたりから湧き上がるような感覚が、今も続いている。


 実にすごい効能だ。


 あの、極限まで力を失った状態から、8割ほどは回復した気がする。


 彼女たちも大満足の様子で、帰り道は始終穏やかだった。


「みんな、ありがとう。だいぶ回復した感じがするよ」


 僕がここまで回復できたのも、昨日から頂いている料理や、今回の提案のおかげだろう。


 お礼を言うと、彼女たちはにんまりと笑いながら——


「「「「「どういたしまして♡」」」」」


 ……捕食者のような顔で、満面の笑みだった。


 ——結局はこのためなのだろうが……

 それでも、彼女たちに応えられる体になれるのなら……


* * * * 


 ホテルに戻った僕たち。


「ラーヴィはちゃんと休むこと! いいわね?」


 つぐにそう言われ、自室に戻る。ひとまず日課のストレッチをし、今の身体の状態を考慮した、簡単な型の訓練を行う。


 ……体幹も、回復してきているな。昨日、椿咲に止めを刺されてからは、体幹がふらふらだった……


 ……我ながら情けない。まだまだ修行が足りないな。


 今宵のご飯は、椿つばまほろが準備をしてくれるそうだが……


 大丈夫だろうか? なにかの過剰摂取にならないだろうか?


 そんなことを考えていると、部屋のドアをノックする音が……誰だろう?


「ラーヴィ様? ご機嫌はいかがでしょうか?」


 椿咲が、ドアの向こうから声を掛けてきた。


 とりあえずドアを開ける。昨日と変わらぬ愛らしい姿で、椿咲が立っていた。


「問題はないのだけれど……正直、ここではやることが思い浮かばなくてな」


 元の世界なら、すぐ訓練をするのだが……ここではそれは叶わない。

 それを聞いた椿咲は、にっこりと微笑み——


「ラーヴィ様は、ひっきりなしに任務、執務、訓練……そしてわたくしたちのお相手をなさっているのですから。何もない時間も大切ですわ。もしよろしければ、わたくしとまほの夕食準備が終わるまで、お散歩されます?」


 ……そうするか。ついでに、明日以降のイベントスケジュールの確認もしておこう。


「ありがとう、椿咲。確認したいこともあるから、少し出かけるよ」


 キュッと彼女は、満面の笑みを浮かべ、僕の手を握り——


「最高の晩餐をご準備しておきます♡ 行ってらっしゃいませ……ラーヴィ様♡」


 そう言って、キスをしてくれた。少し照れたが、嬉しい。


 僕は椿咲に見送られ、ホテルのロビーへ向かった。


□ ■ □ ■


 ラーヴィが出かける一時間前——


「さぁって、アタシたちは邪魔にならないように、お外へ行こうか?」


「は〜い♪ お姉ちゃん♪ それじゃ、椿咲とまほ、にぃにをお願いね☆」


「「まかせてね♪」」


 アタシとあおい、ミントの三人は、今朝担当で、滋養料理を彼へ提供したので、夜は椿咲とまほの二人に任せることにしていた。


「どんな料理つくるの?」


 ミントが興味津々に二人へ尋ねる。

 二人は端末を操作し、食材の画像をアタシたちにも見せてくれた。


 え……? な、なんなんこれ!? か、亀ぇぇぇ!?


「え! これって、亀族よね? た、食べられるの!?」


 葵も思わずびっくり。

 するとミントは「なるほどね、そう来たか……」と、妙に納得していた。


 アタシの声なき驚きに、微笑みながら幻刃が——


「以前から、柳川やながわ神社の宮司様から、旬のすっぽんをいただいていまして……破魔巫女部隊の滋養料理として活用していたの♪ 下ごしらえと味付けは任せてください♪」


 なるほど、この食材の調理に慣れてるのね。続いて椿咲が、にっこり


「今回は、わたくしが完全サポートなのですわ♪ ちちぷい島のすっぽんさんは、ジビエ料理店から仕入れましたから。まほ、よろしくですわ♪」


「ほえ〜、そういうことかぁ♪ それじゃ、あいつに元気の出るのお願い☆」


 安心したので、アタシも二人を応援する♪ どんな味なのかしら?


「「いってらっしゃい♪」」


 ふむ、なんやかんやで、みんなで協力し合えてる♪

 ……なんか、これはこれで楽しい♪


* * * *


 ホテルを出て、レストランに向かうアタシたち。

 さて、何故、二人と一緒に、外で食べることにしたのか?


 ……


 理由は明白。彼とどうするかでしょうね。

 先に、アタシたちが、致しただけなのに、この2人なら、自然とシチュエーションはデキるだろうに……


 心配過敏症なんだから。


「さて、二人とも? 色々溜まってるものあるんじゃな~い?」


 悪戯っぽく、聞くと、二人ともギクリ! と、分かりやすい反応を……


「フフフ♪ いいのよ♪ それで☆ それじゃ、アナタたちの鬱憤と愚痴を引き受けるデートに参りましょうかね♪」


 とはいえ、アタシが、全部、受け止めるわ……だって――


 これが、アタシたちが覚悟決めて進んでいる、一環なのよね。


 だから、慰め合うのも、アタシはとまわないわ。


 だって、皆が、大事なんだから♪ ただ、アイツに負担が大きいよねぇ……


□ ■ □ ■


 明日から始まるイベントの確認を終え、滞在しているフロアへ戻ると——


 ん? 何とも……芳醇な香りだ。とても食欲をそそらせる香りに、思わず目を閉じて深く吸い込む。


 すると……大きい。すごく大きな鍋が、皆が集まるスペースに設置された囲炉裏につるされていた。


 その上には、巨大な換気口がいつの間にか取り付けられており、煙を力強く吸い込んでいる。

 おかげで香りは漂っているものの、炭火や煮込みの煙は一切フロアに残っていない。


 ……ちょっと待て? こんなの、あったか? ……あったか?


 思わず二度考えてしまったが、とりあえず今は気にしないことにした。


 鍋には蓋がされているが、クツクツと煮込まれる音が心地よく響いている。


 その横で、エプロン姿の幻刃が鍋を見つめていたが、僕に気づくと——


「あら♪ 来ましたね? ちょうど出来上がりましたよ♡」


 艶やかな笑顔で迎えてくれる。

 それにしても……この鍋は?


「……でかいな」


 その大きさ、直径一メートル、鍋底の深さは三十センチほどはあるだろう。

 これは……炊き出しかな?

 百人前は作れそうな容量だ。


 鍋を見つめていると、そばで様子をうかがっていた幻刃が、にっこりと微笑みながら声を掛けてきた。


「中身、気になります? これは、『すっぽん鍋』です♪」


 すっぽん? 初めて聞く名前だが……?


 すると、取り皿と器を用意して持ってきた椿咲が、にっこり微笑んで説明した。


「滋養強壮の塊のような食材ですわ♪ アミノ酸にミネラル、ビタミン、コラーゲンも豊富♡ わたくしとまほの共同作品ですの」


 二人の共同作品で、しかも効能も抜群らしい。

 ふむ、ならばありがたくいただこう。


 ——その前に。


「……二人とも、なぜ裸エプロンなんだ?」


 言葉通り。何で?


「特別に教えて差し上げます♪ ムッツリなラーヴィ様ですから……」


「視界と滋養鍋で、極限まで回復させて差し上げようかと♡」


 よ、余計なお世話じゃないか? 普通に服を着てくれよぉ!


* * * *


 素晴らしい味だった——シチュエーションはともかく。

 すっぽんという食材は、実に不思議だ。


 コラーゲンたっぷりの部分と、ギュゥゥ! とした歯ごたえのある肉の部分があり食感がユニークだ。

 味も、二人の丁寧な下ごしらえのおかげだろう、臭みもえぐみもなく、するすると食べられた。

 これも、体が欲しているのだろうな……


 豆腐や春菊、白菜、きのこ類も、旨味の出汁をたっぷり吸い込み、旨い! の感想が鳴りやまない。

 さらに、〆は雑炊! これが絶品!

 満腹なはずの胃の隙間にするりと入り込み、まさに滋養強壮剤そのもので、胃はパンパンだ。


 だから……うっぷ……もう何も入らん……


 よく食べたな、僕。

 とりあえず、幻刃が作ると量の感覚がおかしくなる……


 だが、ゆっくりと消化されていくのを感じる。

 今日は彼女たちからのに、大いにお世話になった。

 明日からの勤め、励まなければ!


 ……しかし、よく考えろ。


 それは——所謂、彼女たちと過ごすということで……

 しかも、そのために今日という休日を挟んだわけで……


「相手をする、葵かミントとのエッチに全力で励めってことか?」


 そういえば任務じゃなかった……


 ここに来てから、すっかりこの調子だ……はぁ。


 ……どうなる、明日は——

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