彼と彼女たちの事情と悠久に繋がる愛情

 だめ! きちんとしてくださいませ、わたくし!

 意識を――ちゃんと! しっかりと、正しなさい!


 嫌……皆の悲しそうなお顔なんて、見たくありません!


 ねぇ、動いて……! ねぇ、わたくしの体!


「動いてくださいまし!!」


 言葉にはでず、わたくしの意識は遠退いていった……


* * * *


 ……ぁ……こ、ここは……どこですの?


 ……ホテル……わたくしの、お部屋?


 あれから――わたくし、どうなったの……?


 そうですわ……あの時、わたくし――


 幸せすぎて……脳の処理が追いつかなくて……


 スキューバダイビングのマリンさんに、お姉様たち4人の案内をお願いして……

 皆と別れてから、意識を失って――ラーヴィ様に助けられたんですわ!


「あああっ! なんてことでしょう……!」


 皆にご迷惑をおかけしてしまいましたわ……

 一緒に思い出を作りたかったのに……!


 涙が、瞳を濡らす……ごめんなさい、皆……!


「気づいたか、椿つば


 ほぇ……この声……ラーヴィ様?


 気付けば、運び込まれたカートがあり、飲み物と氷嚢が用意されていて……

 わたくしが横たわるベッドのそばに、ラーヴィ様がいてくださった。


「気分は、大丈夫かい?」


 心配そうに、美しい赤い瞳を、わたくしに向けてくださる――

 ラーヴィ様も、本当はお楽しみになりたかったでしょうに……ぅう……

 悔やまれます、自分の不甲斐なさが……


「……申し訳ございません……ラーヴィ様、それに、皆……」


 時計を見ると、時刻は15時――

 本来なら、ダイビングを終えて、まだ水族館で楽しんでいたはずですのに……

 皆、気分を害されてしまったのではなくて?


 そんな不安をよそに、ラーヴィ様は、わたくしの頭をやさしく撫で、首を横に振ってくださった。


「僕たちの間で、そんな気遣いは無用だよ、椿咲。……気分はどうだい?」


 なんて……優しい……愛しいお方……

 脳が、異常なほどの感動と幸福でぽっぽと熱を帯びているようです……


 わたくしは、ラーヴィ様のひんやりとしたお手を取って、そっと額へと当てさせていただきます。


 あぁ……気持ちいい……まるで、心まで癒されるよう……


「今までにない、感動体験の連続で、脳がストレスを感じたんだろう。氷嚢を使おうか?」


 ……いいえ、氷嚢よりも……今は、貴方様のその手が欲しい……


「いいえ……どうか、お願いします……ラーヴィ様のお手を、わたくしに当てていてくださいまし……」


 彼は、やさしい瞳のまま、何も言わずに、静かにうなずいてくれた。


* * * *


 先ほどまでは、楽しかった……幸せが満ち溢れすぎていた。

 14年間の地獄と比べれば……あまりにも逆転しすぎた、今の境遇。


 この島に来てから、ずっと感動の連続ですわ。


 ホテル、お風呂、食事に加え、快適で美しい景観。

 海水浴場も、全て楽しくて、海の中がこんなにも素敵な事にも感動して……

 水族館でも、あのイワシのダンス……皆の感動の笑顔……

 大きくて優しい瞳のウミガメさん、そして巨大なクジラと呼ばれる動物。

 イルカ、オットセイ、クラゲ……海中に広がる、凄まじく美しい光景。


 幸せに満ちたマナ……感情……情景……

 それらが波状に押し寄せてきて、わたくしの許容量を超えてしまった……


 ラーヴィ様は、何も言わずに、わたくしの額をやさしく撫で続けてくださる。

 ひんやりとしたその手が、火照ったわたくしの頭を、ゆっくりと冷ましてくださる……


 トクトクと、心音が聞こえる……

 わたくしの内側のコアが、きゅんと……熱を帯びる。


 こ、こんな状況なのに! わたくし……!


 ラーヴィ様が……欲しくなってしまっておりますの……♡


 こんな醜態を晒したばかりなのに! 破廉恥ですわ!


 でも……久しぶりの……二人きりのこの空間……

 つい、彼の手を取り、鼻先に近づけてしまう……


 少し戸惑いの気配……でも、止められない……

 そして――


 彼の手の匂いを、思いっきり吸い込む!


 すぅぅぅぅぅぅぅぅぅうぅぅぅぅぅうぅううううう……!


「……ぁふ♡」


 清潔な手のひらから漂うソープの香りに交じって、彼自身の香り……

 うぅ♡ すっごく……キマりますわ♡ はぅ……♡


 少し脳の熱は落ち着いたはずなのに、今度は体が火照ってきてしまいました……♡


「え、えぇと……椿咲?」


 はぁ……♡ はぁ……♡ ラーヴィ様……ぁぅ……

 だめだ! 落ち着きなさい、わたくし!

 皆に迷惑をかけておきながら、こんな破廉恥な行為なんて――だめ!


「ご、ごめんなさい……ラーヴィ様……こんな、はしたないこと……わたくしには許されないはず……なのに……!」


 な、なんとか踏みとどまりましたわ……いけません。絶対に。


 今日は……ミントの方が、ムードにふさわしかったのですもの……

 こんな失態を犯した、わたくしなんて……だめです。


 ……でも、そう思った途端――涙がこぼれてしまう。

 泣いて同情を誘おうなんて、だめですわ! わたくし!


「……我慢しなくても大丈夫だよ、椿咲。泣いてもいい。今は、感情が落ち着くようにしよう」


 その微笑みが――まぶしすぎますわ……


 ダメダメなわたくしを、優しく、包み込んでくださるラーヴィ様……


 ……愛してます。心から。


 でも、それは他の4人も同じですの。

 そして、今日のわたくしは――彼と愛し合うには、ふさわしくありません。


 すると、端末から通話の着信が――どなた……? あっ!


「水族館にいる皆ですわ!? どうして……? ええと……」


 思わず声が漏れてしまいました。

 ラーヴィ様は、そっと微笑んで「出たほうがいいぞ?」と促してくださる。


 わたくしは、恐る恐る通話ボタンをタップしました。


「も、もしもし? 皆さま……?」


『やっほー! 椿咲、大丈夫?』


 お姉様、あおい、ミント、そしてまほ――

 皆が画面に映って、こちらに向かって話しかけてくださってる!?

 これ、リアルタイムで状況を映しながら、会話ができるのですの!? す、すごい……!


「ええと、はい……もう、大丈夫ですわ。その……」


 でも、どうしても心の奥に、申し訳なさが残ってしまう。

 皆の楽しい時間を壊してしまったんじゃないかと……そんな罪悪感が、ズンと胸を重くする……


 すると、明るい表情のまま、葵が手を振りながら励ましてくれた。


『椿咲♪ 気にせんでよかよ? ウチら、ちゃんとね♪ 椿咲に、水中宮殿のすごかところ、インストラクティングするけん☆』


 え? い、インストラクティング?


『この通話してる端末、動画も撮れるの♪ カメラに映る光景を、あとから見られるのよ!』


『それを今夜、パジャマパーティーで皆で見よう? 一緒にベッドに並んで、水中宮殿をもう一度、楽しみましょ♪ 椿咲♪』


 ミントとまほが、葵の言葉を補足するように説明してくれる。

 そ、そんなことが……本当に? そして――


「み、皆ぁ……ぅぅ……!」


 涙があふれる……皆、優しすぎますのよ……本当に……!


『だから、ラーヴィ。椿咲のこと、よろしく頼んだき☆ アタシらは、もう少し水族館でたむろしとくけん♪』


 お姉様がウィンクしながらサムズアップ。心強い後押しですわ……ぅぅ。


『ラーヴィ、よろしいですか?』


 まほが、少し細めた目で、ラーヴィ様に向かって囁くように言いました。


『……ちゃんと、致しなさいよ? この、ムッツリタラシ♪』


「……あのな? 幻刃よ……それって、どういう意味なんだ?」


 あ、あはは……か、完全に外堀が埋められておりますわ……

 でも……皆さま、それで本当にいいのですの? こんな、体たらくなわたくしが……


にぃに♪ ちゃんとムード作りなよ? じゃないとお尻蹴るけんね☆』


「……承知した、皆。くれぐれも無茶せず、楽しんでくれよ」


『『『『は~い♡ じゃね~♪』』』』


 そして、通話が終了しました……

 どうしましょ……先ほど罪悪感から、我慢しようと決め込んだのに……


 わたくし、ラーヴィ様が……欲しいです。

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