第4話 思い出のポートレート

保険外交員:聡美


いつものように、保険の更新手続きで訪れたひとみ宅。

担当を持ってもう8年。今では、更新の話をする前にお茶が出て、世間話のほうが長い。「そろそろ帰ろうか」と腰を浮かせたとき、ひとみが言った。


「そうだ、聡美さん。うちの“おもいでばこ”って知ってる?」


案内されたのは、居間のテレビ前。

画面には、家族の写真がゆっくりと切り替わっていた。運動会、旅行、孫……その合間に、何枚かの若い母親の姿が混じる。

「つい最近、うちの息子が久しぶりに見ていってね。お父ちゃんも交えて、久々に会話が弾んだのよ。」


ひとみの声は穏やかだけれど、どこか誇らしげだった。


画面に一枚の写真が映し出されたとき、聡美はふと息を止めた。

白いブラウスにスーツのジャケット、横には少し緊張したような表情の女の子――

それは、数年前のある春の日。娘と二人で写った一枚の写真だった。


「……あら、これ……私と娘……」

聡美がつぶやくと、ひとみが「ああ、それね」と微笑む。


「たしか、商店街のイベントでバッタリ会ったときじゃない? 桜まつりか何かの。ちょうど近くにカメラマンさんがいてね。『撮りますよー』って言われて、私がついお願いしちゃったのよ」


「……そうでした。そう、あの頃……まだ夫とも一緒に暮らしてました」

聡美の声が少しだけかすれた。

「この写真、表面だけ見れば“いい時期”に見えるんですよ。でも、実際は……ちょうどあの頃から、いろいろあって」


「そうなの?」


「仕事が忙しくなって、私も、向こうも。娘を挟んで何度もぶつかって……なんていうか、家庭がどこにあるのか分からなくなった感じ、でした」

「でもこうして写真を見返すと……あの瞬間だけは、たしかに“ちゃんと親子”でいられたんですよね」


しばしの沈黙が流れる。

ひとみはうなずきながら、ゆっくりと湯飲みに手を伸ばした。


「聡美さん、私はね。写真って、“そのときの空気”まで封じ込めるものだと思ってるの」

「だからね、こういう写真って――あとから見ても、心が正直に反応するのよ。“あのとき、どうだったか”って」


「……はい、そうですね」


「だけど不思議よね。いろいろあった後だからこそ、この一枚が“宝物”になるってこともあるのよ」


聡美は思わず、写真の中の自分と娘に目を細めた。

笑顔の奥に、当時の葛藤も、やさしさも、全部残っているような気がした。


「この写真、もしよかったら……コピーさせてもらってもいいですか?」


「もちろん。……むしろ、次はあなたの“娘さんの写真”を見せてね」


ひとみの言葉に、聡美は軽く頷いた。

その夜、帰宅した彼女は、月に一度だけ会える娘との写真を探し始めた。

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