第37話:力士TUEEEEEEEEEEE
「関取の呼吸、
力士の少年の掛け声がズーグの森に木霊する。
弾丸のごときスピードで敵に迫った貴政は、そのまま宙へ舞い上がり、回転を入れた
『グゲェェェェェェェェェェェェェェェェ!?』
しかし魔物は1体ではない。
彼らは回し一丁の、ほとんど全裸の人間に鋭い牙を立て襲いかかる。
『『『グオォォォォォォォォォォォォォォォォォ!』』』
もしこれが並の冒険者なら、彼らの儚い冒険譚はここで幕を下ろすことになったろう。
「関取の呼吸、
が、しかし、飯屋貴政はその枠組には収まらない。
彼はこの世界、唯一の
『『『グゲゲゲェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!?』』』
気を全身から爆風のごとく噴出させる技を受け、
その後も彼の攻勢は続く。
少年が放つ
「関取の呼吸、
技名ともに手刀が振り下ろされる。
スパンッッッッッッ! と鋭い音の後、彼が無言で背を向けると、その足元には脳天から胴に掛け一刀両断された魔物の死体が転がっていた。
「ふぅ……いっちょあがりでごわす」
貴政は身から出た汗をタオルでぬぐい、血に濡れた手を水筒の水で清め始める。
それを見ていた4人の冒険者たちは、1人を除き、皆一様に同じ表情をしていた。
ただただ、ぽかんと口を開け、呆気にとられていたのである。
「つ、強ぇ……っ!」
「あ、ああありえないですぞっ!?
ズラードとヤボックの2人組は、信じられないというように絶命した魔物たちの残骸を見回した。
今回、彼らに出番はなかった。
貴政の力が圧倒的すぎて加勢する暇がなかったのだ。
「おうい、ズラードどん!
「も、もちろんだぜ、メシヤの旦那ぁ!」
「しょ、小生も行きますぞぉ!」
2人の男たちの態度は、つい先程までとは明らかに違うものになっていた。
冒険者という業界において、強さとはそれ自体がステータスであり、尊敬の尺度となるものだ。その男たちの目にあるものは畏怖や憧憬の念だった。
ようするに、彼らは気付いたのである。
目の前にいる異国人が、首から下げているランクなどでは測れない、ある種、規格外な存在であることに……
「ま、これがフツーの反応よね」
そんな中、貴政の戦闘に慣れてしまったミュウだけは、特段驚くこともなく、屠殺場と化した森の中を冷静な目で見回していた。
「……なぁ、お嬢サマ、ありゃあ一体なんなんだい?」
「人の形した化け物よ。なんていうか、もう考えたら負け」
果たして彼女の言葉の中には諦観に近い響きがあった。
力士というのは超人であり、こちらの世界の尺度では測れないような存在なのだ。
そんな貴政が先陣を切ることによって、霊廟に至る冒険はとてもスムーズに進行した。
森の中を進む冒険者の前には、まるで行く手を阻むかのように魔物が出るのが常ではあるが、最初の街アーネストの近辺に、力士の張り手に耐えられるような強力な魔物はほとんどいないと言っていい。
時々、何かが出てきても、貴政がコォォォォォォと息を吸い始めると、次の瞬間、その何ものかは肉の塊に変わっているのだ。
……もうコイツだけでいいんじゃないか?
そんな空気さえ漂い始める。
しまいにはあのヴァネッサまでもが「どう、たらしこんだもんかねぇ?」などと、貴政を口説く方法を探し始めるほどだった。
さて、そんなわけで一行は〝竜の霊廟〟の周辺にある「霊園」と呼ばれる地帯に辿り着いた。この一帯は通常の草木が枯れ果て、毒々しい色をした
そのためミュウは光源として
「いい、みんな、離れちゃ駄目よ? アンデッドモンスターは光を嫌うから、一塊になって防御を固めるの」
「いつから、てめぇがリーダーになったよ? お嬢サマ?」
「じゃあ、あんただけ先に行けば?」
ヴァネッサは問いに答えなかった。
ただ憎らしげにチッと舌打ちし、腰元のショートソードに手をかける。
「勘違いするんじゃないよ、お嬢サマ?
ヴァネッサはちらりとミュウを見る。
するとフフンと得意げな顔で彼女は杖を掲げて見せた。
「こう見えてあたし、聖魔法は炎魔法の次に得意なのよ。
「頼もしいねぇ、お嬢サマ。そんじゃさっそく仕事だよ」
ヴァネッサが顎で差した先、ぼんやりとした霧の向こう側に黒ぐろとした影が見える。速度はあまり速くない。だが、それは宙を浮遊する半透明の人型であり、ヴァネッサが挙げたアンデッドモンスター、
ズラードとヤボックが息を飲み、足をすくませる中、ミュウは詠唱を開始する。
聖魔法は、信仰魔法とは別の系統のアンデッドに有効な属性魔法だ。
燃え盛る火や氷の弾丸などで直接的なダメージを狙う他の系統の魔法と違い、聖魔法はエネルギーそのものがアンデッドへの特効となるため、威力を高める必要がない。つまり詠唱は最小限でいいのだ。
(いつもは後ろで見てるだけだけど、今日こそ活躍してやるわ!)
ミュウは大変に張り切っていた。
期待に満ちた3人の目が呪文を唱える彼女に集まる。
「
と、そんな中、
何が起きたかはわからない。
が、それを浴びた
「は?」という声を全員が上げた。
特に大きかったのはミュウの声だ。
「た、タカマサ、今あんた……」
「む、何かまずいことしちゃったでごわす?」
貴政は首を傾げていた。
目の前に幽霊が通りかかったから普通に除霊しただけなのに、皆が化け物を見るような目で自分を見つめてくる理由が彼にはわからなかったのだ。
「む、あそこにも幽霊がいるでごわす……
――ファァァァァァン
「や、向こうにもたくさんおるではないか……
――ファァァァァァン ファァァァァァン ファァァァァァン
詠唱も何も必要ない。
ただ少年が塩を撒くだけで、
ズラードとヤボックは興奮しながら貴政の下に駆け寄って行った。
「め、メシヤの旦那ぁ……いや、兄貴ぃ! ど、どうやるんだ、その技はっ!?」
「しょ、小生も気になりますぞぉ! その効能で無詠唱!? 聖魔法!? 信仰系!? あるいは別の体系ですかな!?」
男たちがわいわいとはしゃぐ中、取り残された
杖を掲げて固まるミュウと、なんともいえない表情でその隣に立つヴァネッサは、しばらくの間、無言であった。
だが、やがて猫耳の獣人は杖を降ろし、いじけたように座り込む。
その背がトントン叩かれた。
「ま、アレだ。化け物と背比べしてしてもしゃあないさ」
「……全然フォローになってない」
「ったく、面倒な娘だねぇ」
ヴァネッサはフンと鼻を鳴らす。
だが心無しかその口調は、ほんの少しだけ、ミュウに同情的になっていた。
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