第26話:兎獣人の少女
「ふむふむふむ……なるほどな」
数分前「許せ」と一言詫びてから少女の胸に手を置いた貴政は、クゥの時にやったのと同じ技術〝気功法〟により、彼女の状態を調べた。
確かに多少、気は乱れている。
だが、やわらかな胸の奥底には強い鼓動を感じたし、命に別状があるような深刻な状態ではないことがわかった。
「恐らく過労でごわそうな」
「じゃあ疲れすぎて倒れちゃったってこと? こんな場所で?」
ミュウは少々、疑り深げだ。
いまだにサツマ人特有の技術を信用しきれていないのだろう。
「とりあえず、水を飲ませてやろう」
そう言って、貴政は皮の水筒を少女の口に当てがった。
そして、まじまじと少女を見る。
年齢は多分、ミュウと同じぐらい。
十代半ばというところだろう。
ただし彼女と違うのは服装が質素だということだ。
生成りのブラウスに、大きめの胸元をやさしく包むディアンドル風のワンピース。
絞りの効いたウエストには白い布のエプロンが結ばれており、素朴な「村娘」という印象を見るものに強く与えていた。
そして何よりも兎の耳。
ふんわりとした亜麻色の髪と同じ配色のその部位は、ついつい触ってみたくなる魔性の魅力を持つものだった。もっとも、ここでそんなことをすれば、隣の少女からドロップキックをかまされるだろうが……
「しかし、あれだな。同じ獣人でも様々な種族がこの世界にはいるのでごわすなぁ」
「種族という形態よ。
「中々、奥が深いでごわすな。おいどんの国には普通の人間しかおらなんだゆえ、そのような多様性はなかったでごわす」
「……………………………」
「どうしたでごわす?」
「あんたを〝普通の人間〟にカテゴライズするのすごい違和感あるんだけど、これ思ってるのあたしだけじゃないわよね?」
なぜだか空を見上げたミュウは、まるで自分たちを観察する第三者に語り掛けるように神妙な口調で呟いた。
誰に言っているのでごわそうか、などと首を傾げながら貴政が見ていると、突如、ごほっとせき込む音が兎耳少女の口から漏れた。
どうやら意識が戻ったらしい。
貴政はそっと背中を押して彼女の体を起こしてやる。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
貴政がやさしくささやきかけると、虚空をぼんやり見つめていた目が徐々に焦点を結びだす。
「こ、ここは……あなた、たちは?」
「おいどんたちは冒険者。お前さんが森で倒れていたから、救助を試みていたのだ」
「ど、どれぐらい、倒れてましたか?」
「いや、そこまではわからぬが、おいどんたちが見つけてから大体、十分くらいは経ったな」
「さ、探さなきゃ……薬草、を!」
「待て。まだ動くのは危険でごわすよ」
貴政は少女に忠告したが、無視した彼女は立ち上がろうとし、ふらりよろけてしまう。
慌ててミュウがそれを支える。
「今は安静にしてるのよ」
そう言いながら猫耳少女は兎耳少女を座らせた。
その間に貴政は懐を漁り、携帯食料の黒パンや、干し肉や、ハードチーズを出してやる。
「あまり美味くはないものだが、何もないよりはマシだろう」
「で、ですが……」
「遠慮はいらん。お前さん、もう何日も食ってないのであろう?」
彼女は回答しなかったものの、そのこけた頬や、血色の悪い顔、何より不意に、ぐぅぅぅぅぅぅぅ、と鳴った、より正直な腹の音が問いに対する答えとなった。
少女は思わずうつむいてしまう。
しかし貴政は見なかったことにし、変わらぬ口調でこう言った。
「別に金など取ったりせぬ。施しみたいなものだと思って、気にせず腹に入れるといい」
彼の言葉を聞いた途端、少女の目から涙が溢れた。
「ご、ごめんなさい……い、いただきますっ」
彼女はたまらずがっつき始めた。
冒険者用に作られた携帯用の保存食は、腐敗を防止するために極限まで水分を抜かれているため、現代人の味覚からするととても食べられたものではない。それでも少女は美味そうに食べた。飢えている者を救済できて貴政は非常に満足だった。
ややあって、貴政の保存食をたいらげた少女はうつらうつらとし始めた。
ミュウが肩をゆすって無理やり起こす。
こんなところで寝られては家に帰す当てもなくなるからだ。
「ご、ごめんなさい。気が、抜けちゃって……」
「いや気にするな、無理なきことだ。よほど気を張っていたのでごわそう。顔を見ただけでそれはわかる」
「あの、あなた様は?」
「おいどんの名は、飯屋貴政でごわす。最近、街に来たばかりの新米の冒険者で、薬草採取のクエストをしておった」
「や、薬草!? 薬草ですか!?」
少女は急に声色を変える。
切羽詰まったその雰囲気に貴政とミュウは顔を見合わせた。
「どんな薬草を採っていましたか!? 現物は今、ありますか!?」
「まあ、落ち着け。薬草はこの子が持っておる。だが、その前にお前さんのことを聞かせてほしい。お前さんはどこの、誰なのでごわすか?」
貴政にそう諭されて少女は我に返ったようだ。
彼女は平身低頭した。
それは、ほとんど土下座に近かった。
「申し遅れてごめんなさい。わたしはティナと申します。この近くにあるココット村に住むしがない村娘にございます」
ティナと名乗った兎耳娘は、亜麻色の耳をしょんぼりと垂らして言う。
次いで、彼女はどうしても薬草がいるのだと続けてきた。
貴政はちらりとミュウを見た。
彼女は、はぁ、と息をつき、わかったわよという目で彼を見る。
「このクゥという子には不思議な才能があって、目当ての野草や薬草を探し出すことに非常に長けているのでごわす。おいどんたちは元々キノコを探す予定でごわしたが、道中で薬草も採るように言ってみたところ、この通りたくさん集まってな」
クゥを膝に乗せた貴政は彼女のサイドポーチから革袋を取り出す。それを逆さまにひっくり返すと、様々な草や葉などが落ち葉の上に広がった。
ティナは一本一本、それらを吟味した。その目は真剣そのものだった。
だが、やがてがっくりと肩を落としてしまう。
どうやら目当ての薬草はそれらの中になかったらしい。
「すまないな、役に立てなくて」
「いえ。ありがとう、ございます」
ティナは落胆を隠せずにいたが、それでも律儀にお礼を言った。
貴政はぽりぽりと頬を掻き、彼女に掛けるべき言葉を探す。
「あー、ええと……ところで、どんな薬草を探しているのだ? もしかすると、それはミュウの持つ図鑑に載っているかもしれんでごわす」
「えっと、その、なんと言いましょう。正確な名前はわかりません」
「と、いうと?」
「皆、呼び方がバラバラなのです。何しろ
それを聞き、ミュウは考え込んだ。
頭の辞書の検索機能をフルに使っているらしい。
やがて彼女は図鑑を開き、とあるページの挿絵を指す。
「もしかして、それはこういうの? こういう青い花が咲いてるやつ?」
「あ、それです! まさにそれです!」
「
「ええ、そうです、そうなんです! このままだとリサが……わたしの妹が! すぐにも死んでしまうんです!」
兎耳少女は唇を噛み、すすり泣きながらそう言った。
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