第17話:魔物の心臓
「ぬわぁぁぁん、めっちゃ疲れたでごわすぅぅぅぅぅ」
冒険者ギルドのサブロビー、通称リガルミンの酒場。
厚い木材で組まれた梁が頭上を走り、魔蝋のシャンデリアが温かな橙色の光を落とすこの場所は、共に旅に出る仲間を探し、時に祝杯や苦杯をあおる冒険者たちの憩いの場である。
広い酒場の中央には円卓がいくつも置かれていて、荒くれ者たちが肩を組み合いながら昼間からどんちゃん騒ぎをしている。
そんな中、飯屋貴政は、珍しくひどく疲弊した様子で円卓の1つに突っ伏していた。
クゥは机に乗り出して、そんな彼の背をよしよししている。
「なっさけないわね、あの程度で」
「嘘をつくのは苦手でごわす」
「大げさね。ちょっと脚色しただけじゃないの」
「しかし、坊さんに化けるなど……」
貴政はテーブルに突っ伏したままナムナムと手を擦り合わせた。彼の故郷の最高神や、その他神仏の類に対する彼なりの詫びの所作である。
だが貴政にもわかっていた。
街に自然に入るのに、これは必要なことだったのだ、と。
「言っとくけどね、あたしだってまだ半信半疑よ。あんたがその〝
「では、なぜおいどんたちに協力を?」
「それはその……だって、そうでもしないと、あたしのメンツが立たないじゃないの! 頭のおかしい人間モドキに手も足も出ずに負けただなんて!」
猫耳少女はキッと貴政をにらんだ。
どうやら魔法を防がれた件をまだ根に持っているらしい。
とはいえ、あれはギリギリだった。
そのことも含め貴政は、目の前にいる少女のことを非常に高く評価していた。
異国の僧に化けることで街に入りやすくする作戦も彼女が立案したものだ。
「お前さんには感謝してるでごわす。いや、本当に助かった」
「か、勘違いしないでよね! あたしは自分の目的のためにあんたを利用しただけなんだから!」
「目的?」
「……それは、おいおい話すわ。それよりもあんた、さっきの提案、本気で受けようと思ってるの?」
ミュウは腕を組み、聞いて来る。
一見するとつれない問いだが、彼女の尻尾はそわそわと動き、答えを気にしているようだった。
――我々のギルドに登録し、人類の道を切り拓く〝冒険者〟となりませぬか?
ついさっき聞いたその言葉。
それは他ならぬギルドマスターからのスカウトといえるものだった。
とはいえ、そもそも冒険者とはどのような職業なのだろう?
人類の道を切り拓くとはかなり大仰な文句に思える。よもや秘境を探検し、人間が住める新たな土地を見つけ出すような職なのだろうか?
「ああ、それね。建前よ」
しかし貴政がそのことを聞くと、ミュウはあっけなく否定した。
「確かにあんたの言う通り、冒険者ギルドには表向き、新天地から魔物を追い出し、開拓者たちの手助けをするっていう大義名分があるわ」
「なにゆえ、そんな言い訳を?」
「いわゆる、大人の事情ってヤツよ。まあ、なんていうかこの国にはね、武力を持った平民が徒党を組むことそのものをよく思わない連中がいるの。この国を護ってるのはあくまで自分たち、そういう自負があるわけね。
でも、そいつら……つまり貴族の騎士団だけじゃ、この国に無数に
ミュウの説明は明瞭だった。
つまり実際の冒険者とは、冒険という建前でギルドの依頼を遂行する便利屋のような職業らしい。
「魔物というのはようするに、あの森に棲む奇怪な生き物、例の熊などのことでごわすか?」
「ええ、そうよ。ズーグの森に棲む生物はほとんど魔物で占められていて、魔物が魔物を捕食する独自の生態系が築かれているの。ま、ほとんどみんな雑魚だけどね。だけど時々〝ヌシ〟って呼ばれるような強い魔物が出現するのよ」
「なるほど、道理で苦戦したわけだ。あの熊は強敵だったでごわすよ」
「いや、ヌシクラスの魔物とか普通はソロで倒せないから! あんたの方が化け物よ!」
ミュウはすかさず突っ込むが、偉業の自覚のない貴政は「?」という顔をするだけだった。
ややあって、彼はテーブルから体を起こすと、うう~ん、と大きく伸びをする。
「まあ、なんにしても渡りに船。なにせ一文無しなゆえな。どの道、仕事は探すつもりでごわした」
「あんたは
「おぅぶ?」
「まさか、そのことも知らないわけ? どこの世界から来たのよ、ほんとに?」
ミュウは呆れた顔をした。多分、この世界の常識では「ニワトリって何?」と聞くぐらい無知なことを言っているのだろう。
だが貴政には心当たりがあった。
始めは放置していたが、しかし血抜きする前に取り除かないと肉がひどい味になることがわかってからは、奴らを倒すとただちにこれを取り出すようになっていた。
「
「食べる話なんてしてないわよ! あたしがしてんのはお金の話!」
「む、まさか、あれはお金だったのでごわすか?」
「それそのものはお金じゃないけど、換金所に行けば換金できるわ。だからまあ、そうとも言えなくはないわね」
ミュウの簡潔な説明を受け、貴政は「なるほど」と合点した。
なんでも彼女の話によれば、強い魔物ほど体内に高い魔力を貯めるため、摘出された
「あんた洞窟に籠ってる時に、魔物鍋なんて酔狂なものでずっと食いつないできたんでしょ? てことは魔物を倒してるのよね? その
「砕いてしもうた」
「へ?」
「いや、あれな、クゥが綺麗だと珍しがるからネックレスにでもしてやろうと思ってな。それで穴を開けようとしたのでごわすが、全然うまくいかなくてパリンと割ってしまったでごわすよ」
「く、砕いたの!? 魔物の
「おいどん何かやっちゃった?」
きょとんと首を傾げる貴政の頭をミュウが思い切りベシンと叩く。
「ま、マゲがァァァァァ!? おいどんのマゲがァァァァァァァァ!?」
「やかましいわ、このクソボケがぁ! なんちゅうことをしやがるのよぉぉぉぉ!」
「いや、知らなかったでごわすもん! そういうアイテムだったとかっ!」
「まさか
「あ、いやそれは、砕かなかった」
「じゃあ、どこにあるのっ!?」
「そ、それはその……」
ミュウに胸ぐらを掴まれた貴政が何か言おうとした時、テーブルにコトンと硬いものが乗せられる音が鳴り響いた。
2人が視線を下に向けると、そこには血のように赤い色をした水晶玉に似たものと、うるうると目を潤ませているエルフの少女の姿があった。
「けんか、だめ……ふ、ふたり、とも。これ、あげる、から……なかなおり、して?」
ミュウは貴政の胸元から手を離し、唖然とした顔でそれを見た。
クゥが革袋から取り出したもの。
それは貴政が死闘の末に手に入れた至宝――
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