第13章
私と海周さんの話が弾みに弾んだ。何度もネタとして話していることを話され、赤面したり、おもしろおかしく笑ったりもした。
アイスブレイクとしては十分すぎる時間だった。
公民館で会った時の田辺(さん)からは想像がつかない程に彼は砕けた口調で、私たちの話にちゃちゃを入れた。
私は未だにビールを半分しか飲めていなかったが、二人は既に3杯目
のビールを平らげ、カクテルを飲み始めていた。
「やっぱビールの方がうまいよなあ、っていつも思うんだよな」
「そりゃ仕事にしてるからでしょ」と田辺(さん)と海周さんは饒舌にトークを進めてゆく。
二人は大学の同期で、ゼミから何まで、ツーマンでつるんでいたようだった。
白門の名門だ、二人とも理知に富んだユーモアと運動部的なノリを続けていた。
私が相槌をうつ間に、ようやく私のグラスが空いた。
「あなたはお酒はあまり飲まれないのですか?」
「はい、下戸なもので…」
「それでも、ぜひ"タガメ"参加祝いとして、一杯私からご馳走させてください」
と、田辺はこの店で3番目に値段のするウイスキーのロックを3人分頼んだ。
ウイスキーか…と思ったが、ご馳走してくれるのだ、受け取らないわけにはいくまい。
再度乾杯を交わし、一口目を口にした。
スモーキーでかつ奥行きのある味がした。
安いウイスキーしか飲んだことのない私にとって、驚きの味だった。
海周さんが口を開いた。
「んで、"タガメ"についてどこまで知ってんの?"メダカ"の話は聞いた?」
「おおよそは話したよ。それでいて、多分だけど"メダカ"についての詳細ももうわかったと思う」
「はい、"メダカ"についてはもうとことん。頭にきています。後輩が被害にあった、なんとか報復したい、とまで思っています」
「相変わらずアツいねえ、もうちょい冷静になった方がいいんじゃないの」
「"メダカ"のせいで貞操の危機に陥れられそうになって、彼氏と別れて、あの子は涙を流した、それだけが理由じゃダメですか」
「そもそも、あんたは"メダカ"に入ってなかったでしょ」
「入ってなかった…海周さん入ってたの?」
「俺は入ってたよ、入ってたし、D社まで行った」
驚きだった、"メダカ"でも成績が優秀だったのだ、大学に、バイトに、"メダカ"?すごすぎる。
「いざ入社前のインターンで、座り仕事ばっかだったから耐えられなくてね、蹴っちゃったけど。周りからは散々言われたから、うんざりしてフィリピンまで行ってコンサルしてた。そっちはあんま座り仕事なかったから相性よかったなあ」
と、口にし、カランと球体の氷が溶けてグラスの中で回る音がした。
「だから今、フィリピンでやれることやりきって、宮城でビールお兄さんとして働いて、フィリピンから"タガメ"まで銃を提供するお仕事をしてるってわけ」
サラッと、言った。
「…銃?」
「うん、ピストル、鉄砲、なんて言ったら伝わる?火縄銃?」
「いや、いやいや、伝わるよ。そんなことしてるの?」
"タガメ"は銃を取り扱っているのか?
人を殺すための道具、銃だ。
寒気がした、なにをするつもりなんだ。
「人を殺そうというわけではありません、抑止力としての、銃です」
と、田辺は言った。
「大きな話題にする、隠しきれないほど、とお伝えしたと思います。銃ならとにかく話題になる」
クイとグラスを傾け、田辺は続けた。
「言ってしまえば、我々は反社会組織です。サークルとは名目だけで、とにかく"メダカ"に抵抗すべく、存在している、そんな団体です」
私は言葉を失った。
正義感のためだけに銃を握らなければならないのか?
すると、それを読み取ったかのように田辺はこう言った。
「あなたが銃を握り、撃つことはありません。ないことを願っています。柄の部分で、めだかの水槽を割るだけです」
これもまたサラッと新しいことを言われた。
「入ってすぐの人が銃を撃つ機会を我々は作りません。撃つのは私たちのような人間で、頑強に守られた"めだか"の育成のデータやそれらに基づく"めだか"の根絶のために撃つのです。これはもう既に何度も行われている行為です。その度にD社は隠蔽し、何事もなかったかのように経済活動を続けます」
さらにクイとグラスを傾け、タバコを手に取り、蒸した。
「"タガメ"は全国に無数とあります。そしてその活動を、D社は隠蔽できなくなりつつあり、揺らいでいるのです。これは好機です。どうにかしてあの不純なD社の行いを絶やさねばならないのです」
私は、私は動揺した。
撃つことはないにしても、銃なんて持つだけで違法だ。
「ハンマーなどで代用できないのですか?」
「ハンマーのようなものを持ち歩けますか?話題性を生み、小型でポケットに入るサイズで破壊力のある、銃がよいのです」
「まあこうは言ってるけどさ、俺はハンマーでもいいと思うよ」
「そこが甘いんだよなあ、前からそうだ」
「俺は儲かるからいいんだよ、それでまた美味い酒が飲める」
と、海周さんはウイスキーを飲み干し、ビールをオーダーした。
「俺も、"メダカ"は正直言っていい思い出はない。それによくないことをした覚えもある。ラッキーと思うこともあれば、これは良くないなあ、と思うこともあった。できることなら、必ずあの会社は痛い目にあわなければならない、と思う」
ビールがすぐに提供され、ナイススピード!と海周さんはマスターを褒めた。
そのビールを飲みながら、また続けた。
「好きな人が泣かされた、それだけで動くのも悪くないと、俺は思うよ。動機がどうあれ、俺はお前がこっちにいるのは心強い。その分、活動しやすくなる、冷静でホットな奴がいるってのはチームに必ずよく作用する」
質問しようとしていたことは全て暴力性に訴える方向であることがわかった。至って平和的な結末が訪れないことを理解した。
それでいて、結論づけた。
"タガメ"は必要悪だ。
人を殺すことはない。
器物損壊と銃刀法違反だけで済むのなら、と、酒に飲まれた頭は判断した。
石鹸の中にマイクがあったことを思い出し、伝えた。
すると田辺が身を乗り出し
「それ以外に異変はありませんでしたか?トイレットペーパーの芯の中だったり、時計の置いてあった場所が変わったりはしていませんでしたか?」
と早口で言った。
「石鹸以外に特に異変はなかった、と思います。朴訥とした部屋なので、異変が起きて気づくような部屋ではありませんので…」
すると安心し、落ち着いた様子で
「ならいいのですが…、いずれにせよ、D社にマークされてしまったのは事実ですね。あなたのお部屋で、"メダカ"や"タガメ"について語るのはお控えください、我々の行動まで先読みされてしまってはいけません」
バナと話した際にはもうあったかもしれない、ということを付随して伝え、その話の内容を赤裸々に語った。
二人とも苦い顔をし、俺らの時にもあったな、と口にしていた。
「彼女に、これ以上"メダカ"のことを言ってはならない、となんとかしてお伝えください。当然"タガメ"のことはもってのほかです」
私はわかりました、と相槌し、氷が溶け切った頃にようやくウイスキーを口にした。
気分がどんどんと悪くなってきた。
「では、あなたは"タガメ"の一員として今後我々の活動に参加していただく、それで良いですね」
「はい、それで結構です。お力添えができれば、と思います」
すると、田辺はカバンをごそごそと漁り、書類をテーブルの上に載せ、見せた。
名前と指印が押してあり、傘連判状のような体裁になっていた。
「こちらにお名前と、指印を、お願いします」
酔った私は、もう言われるがまま、なされるがままだった。
これで立派な反社だ、とずんと沈んでいく感覚に陥った。
すっかり吐きそうなほどに気持ちが悪くなり、きちんと連絡先を交換して、代金を払って先に帰らせてもらおうとしたが、代金はいらない、と返され、またじっくり話をしよう、と伝えられ、わかりました、と口から出たと思うが、それすらもわからないままフラフラと店を出た。
外に出て、すっかり冷え込んだ夜の中に溶けていくうちに、BUMP OF CHICKENというバンドの太陽という曲のワンフレーズを思い出した。
「このくらい寒い方がいい 本当の震えに気づかずに済む」
その通りだと思った。
今私が震えてるのは、寒さか、酔いか、指印を押してしまったことかわからなかった。
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