市民警察推奨インモラルシティ

ちびまるフォイ

悪ありきで成立する平和

「お前がこのインモラルシティに配属された新人だな?」


「はい! よろしくお願いします! 頑張ります!」


「いや頑張らなくていい」


「そう……ですか?

 このインモラルシティは非常に治安が悪いと聞いてます。

 人手不足だから私が配属されたのだと」


「ああ……。上層部は世間の状況には疎いからな」


「え?」


「まあ、街に出りゃわかるよ」


「拳銃は持っていきますか?」


「いるわけないだろ」


ベテラン警察官と新人はインモラルシティへと出た。


かつて治安の悪さで世界に認められたいわくつきの街。

犯罪が日常のこの街はすっかり正常化されていた。


ひっきりなしに鳴っていたパトカーのサイレンも今や何も聞こえない。


「静かですね……。これが噂のインモラルシティですか?」


「当たり前だろ。市民警察法になってからこんなものさ」


「市民警察法……?」


「新人。お前は何も知らないんだな。その法律は……」


言いかけたときだった。

コンビニから走って逃げていく黒づくめの男。


「泥棒だ! 誰かそいつを捕まえてくれーー!!」


コンビニ店員が声をはりあげる。


「先輩! 仕事です!」

「いやいい。待て」


「犯人逃げちゃいますよ!?」


「それはない。見てろ」


ベテラン警察が制止すると、近くにいた市民が一斉に発砲。

捕獲用の網が泥棒をつかまえて動けなくする。


「っしゃあ!! 一番乗り!!」

「くそ! 一歩遅かった!」

「もう少しだったのに!!」


最初に犯人を捕まえた人はスマホで警察公式サイトにアクセス。

犯人の情報を投稿すると、警察ふたりのスマホに通知が入る。


「いくぞ」

「は、はい!」


「ご協力ありがとうございます。こちらが謝礼となります」


「やったーー!!」


逮捕した市民のもとに行き、報酬金を手渡した。

犯人はパトカーにのせられて運ばれる。


車中ではおずおずと新人が尋ねる。


「あの、市民警察法って……」


「今見てただろ。人手不足の警察に変わって市民が捕まえるんだ。

 おかげで犯罪件数は一気に減って楽ができるんだよ」


「私たち警察の存在意義は……?」


「今こうして犯人を運んでいるだろ?」


「いやこんなのは……」


「ドラマみたいな警察官に憧れたかもしれないがな。

 今じゃ市民逮捕がすべてだ。下手に手を出せば市民がキレる」


「間違って逮捕とかしないんです……?」


「警察公式で掲載されている犯人や、

 現行犯以外を逮捕すると市民警察ランク下がるからな。

 ランク下がれば逮捕1件あたりの評価報酬金が減る」


「なんてよくできたカスのシステム……」


「実際、治安はよくなっているんだ。文句ないだろう?」


「そうですけど……」


新人はどこか腑に落ちない違和感を感じつつも、

交番で日がな一日だらだらするだけの仕事にも慣れていった。


そんな間にも市民警察はますます活発になってゆく。


誰もが目を光らせて犯罪者が現れたなら

いつでもすぐ捕まえられるように目を光らせる。


おじいちゃんもおばあちゃんも。

小学生も中学生も。

男性も女性も。


最近ではイヌや猫も遠隔操作で捕縛網を発射できる。


「警察の仕事ってなんなんだろう……」


ぼやく新人のもとにスマホの通知が入る。

まるでデリバリーサービスのように指定された場所へ向かった。


そこには逮捕した市民と軽犯罪者が待っていた。


「お、警察。遅いですよ、ほら逮捕したので報酬金くれよ」


「ご協力ありがとうございます。こちらです」


新人は違和感を感じた。

犯罪者がヘラヘラしている。


普通、警察がきたら観念するとか逆ギレするとかのはず。

わかっていたような、むしろ喜んでいるようにさえ見える様子。


違和感を感じつつもその場は気にせず交番へ戻った。

数日後、ふたたび犯罪通知により現場に向かう。


すると前に逮捕された人が、前に捕まえた人を逮捕していた。


「さあ、報酬金をください」


「ご、ご協力ありがとうございます……」


「やったーー! これで時計が買える!」


「あの、二人は知り合いですか?」


「え? なんで?」


「だってお互いを逮捕していたので。知り合いなのかなと……」


「いいえ、知り合いではありません。

 僕らはただ。お互いを逮捕して報酬金で生活しているだけです」


「は?」


「彼とはネット上で知り合っただけの協力者で、別に知り合いではないです」


市民警察法の浸透により、

インモラルシティにおける自然犯罪発生率は0.000001%。


一方で、故意の報酬金目当ての相互犯罪件数は増加していた。


「先輩! こんな状況を許していいんですか!」


「わめくな新人。なにが問題なんだ」


「せっかく治安がよくなったのに、

 報酬金めあてで軽犯罪が増えてるんですよ!

 お互いを逮捕役と犯人役で切り替えて! こんなのおかしい!」


「結構なことじゃないか」


「なんでそう言えるんですか!」


「俺ら警察はどうやって活動してる? 市民の税金だ。

 彼らが相互犯罪でふところを潤わせれば税金が増える。

 ひいては俺らの生活も楽になるってわけだ」


「犯罪を取り締まるのが警察の役目なんじゃないんですか!?」


「ちがう。街を良くするのが警察の仕事だ。結果的によくなってるだろ?」


「もういい!! 本部に直談判してきます!!」


「おいこら新人!!」


新人警察官はついに警察本部へと向かった。

警察本部の前にはたくさんの人だかりができていた。


「いったいなんの集まりだ……?」


彼らは一斉に何か警察本部へ訴えているようだった。

その内容まではわからない。


「きっと、自分のように今の警察に不満を持った善良な市民なんだ」


自分はひとりじゃないと元気が出た。

警察本部に入り、警察長まで直行した。


「警察長!! お話しがあります!!」


「なんだね君は」


「私が誰だってよいでしょう!

 それより今のインモラルシティの状況をご存知ですか!?」


「犯罪件数が減って治安もよくなったと聞いとるよ」


「いいえ、治安はよくなったように見せてるだけで

 実際には巧妙な逮捕ビジネスが広まってる状況です!」


「それも知っているよ」


「え!? し、知ってるんですか!?」


「警察長なんだから当然だろう。で、君は何をしにきた?」


「で……ですから、その逮捕ビジネスを正そうと思って……」


「君は若いな」


まだ二人が話しているさなか、警察長のもとへ犯罪者がしょっぴかれてくる。


「警察長!! 指名手配犯を逮捕しました!」


「おお、ご苦労さま」


それはかつて何億円ものお金を持ち逃げした犯罪者。

市民警察法のもとでは、どこへ隠れてどう逃げようと捕まってしまう。


「警察長、この男はどうしますか? 刑務所ですか? 死刑ですか?」


「いや、すぐに解放しろ」


警察長の言葉に新人は目が点になった。


「ほ、本気ですか警察長!? なんの罰も与えずに解放なんて!」


「いいから」


新人の言葉なんか誰も聞いちゃいなかった。

わかっていたように手錠ははずされ、犯罪者はすぐに警察本部から逃げた。


「新人くん、君も見ておくと良い」


警察長はブラインドを上げて外の様子を眺めた。

警察本部からダッシュで逃げた犯人だったが、出たところですぐ市民に捕まった。


市民は報酬金を受取り、さっき捕まえた警察官がまた本部に連れ帰っている。


連れ帰られた犯罪者はまたすぐに手錠を外され、

警察本部から別ルートで逃げてみたがやっぱり捕まって連行された。


それが何度も繰り返されるうち、犯罪者も逃げることを諦めた。


警察長はため息をついて新人に教えてあげた。


「やれやれ市民には困ったものだよ。

 今や犯罪者の需要に対して、供給がおっつかないんだから」



今も警察本部の前には、犯罪者を求める人達がプラカードを持って抗議していた。


「警察はもっと犯罪者を解放しろーー!」

「さっさと捕まえさせろーー!」

「犯罪者はまだかーー!!」



声が大きくなると、警察は地下の備蓄犯罪者も解放した。

もちろんそんなのは焼け石に水。


犯罪者需要は今も高まり続けているのだから。

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