第2話
「帳簿も見せない、調査にも積極的じゃない、これじゃ会う意味も無いですね」
反応を伺うために、そう切り出した。待ってましたと思わず声に出しそうな顔で、同席していたサーファーのような風貌の税理士はソファーから身を乗り出して答えた。
「そんな言い方ないんじゃないかな? オーナーは日々多忙な中で、必死に時間をやり繰りして誠実に対応してるんじゃないの」
「会ってもこれじゃあ、意味が無いって言ってるんです」
「なんて? じゃあ会うつもりは無いってこと? こっちは誠実に対応してるのに、その言い方じゃ納税者の声を聞くつもりも無いってことじゃないのかな?」
「会うつもりは無いなんて言ってないじゃないですか?」
会う意思はあったのに、税務署側から拒絶された、そんな言質を取りたいのだろう。僕があからさまな失言はしないと分かったのか、税理士は目も合わせずに吐き捨てるように言葉を返した。
姫崎さんは中年ホストの挑発で火が付いたように、必死に伝票をめくっている。残念ながら答えはそこには無いだろう。再三の打ち合わせの末、問題の無い伝票類だけが目の前に用意されているはずだから。
『普通科』出身の彼女は、最初から税務署一本で公務員試験を目指した珍しいタイプだ。税務署では、大学を出て国税専門官試験に合格した者を『専科』、高卒で国税職員試験に合格した者を『普通科』と呼ぶが、いずれにせよハナから税務署勤務、しかも激務の調査官になりたい何て奴はそうはいない。純子ちゃんはドラマだったか漫画だったか、格好の良い女調査官が活躍する物語に憧れて入署したのだ。だが、純子ちゃんも自分が調査先で筋肉超人に例えられるとは思っていなかったはずだし、ドラマにも多分そんなシーンは無かっただろう。
「お兄さん、上席ってあるけど偉いの?」
中年ホストは、さっき渡した名刺を指でヒラヒラと震わせながら、『小森健』と僕の名前の上にある上席という文字を指さして、そう聞いてきた。
「いや、万年上席って言葉もあるくらいですから」
本当だ。今年で33になる僕は、専科出身の同期と比べても、お粗末な立ち位置だ。自嘲を交えて答えると、僕が謙遜していると受け取ったのか、本意を探りかねたのだろう、中年ホストは答えを求めるように税理士の方に向き直った。
税理士も曖昧に頷いたが、税理士の同情が僕の方に向けられていると気付いたのか、中年ホストも、「ふーん」と声にならない返事をして、退屈そうに座り直した。
「去年の6月に、泉南にあるマンションを売却してますよね?」
「なんでそんな事分かんの? スパイでも雇ってんのか?」
中年ホストは相変わらず緩い顔を戻さず、ヘラヘラと肝心な事に答えない。
「君、この前店にいなかったっけ?」
中年ホストは突然思い出したように、姫崎さんの方を指差して尋ねた。
「お客さんやったんか? それなら調査が入りますよって教えてくれたらええのに」
あまりにも勘が鈍い中年ホストに、税理士も呆れ顔になっている。純子ちゃんも復讐するタイミングを図っていたのか、「税務調査中でした、気付きませんでした?」と得意げに答えた。
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