キル・ブロディ・ジョンソン

takemura yu

第1話

 嘘を吐いていると、すぐに分かった。

 この仕事をしていると、そんなことなど珍しくはないが、目の前の太った中年ホストも一切悪びれず、嘘と挑発を繰り返した。


「すみませんね、忙しかったんで、なかなか対応できなくて」

 黒髪がまだらに混じった金髪を指で捻りながら、中年ホストは余裕たっぷりに申し訳なさそうなフリをする。


 僕らは、この中年ホストが経営する、大阪梅田にあるホストクラブの税務調査に来ていた。事前の調査で、物件の売買で得た利益二千万円以上が全くの無申告だったことが判明したのだ。


「寒くないっすか? 大変なお仕事ですね」

 中年ホストはソファーにふんぞり返るように座り、歯を見せて笑う。


 事務所内には窓から容赦無く冷気が入り込んで来ていた。クリスマス前、刺すように冷たい気温だが、中年ホストは僕らが部屋に入ると、「空気が悪くて」と見せつけるように窓を全開にして、自分はハロゲンヒーターがオレンジに照らすソファーに座り込んだ。


 僕がそう切り出しても、中年ホストは悪びれずにタバコで黄ばんだ天上を見上げている。税務調査が始まってから、何度も任意調査を申し込んでいたが、忙しいを理由に一切調査に応じ無かったのだ。

「もっと早く対応していただければ、ありがたかったんですけどね」

 僕がそう切り出すと、中年ホストは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。


「日々の多忙な業務のため、対応出来なかった事を、申し訳なく思っています」

 中年ホストは紙に書いた文字を無感情に音読するようにそう答えた。弁護士か税理士か、誰かの入れ知恵だという事は間違いない。後で調査拒否の証拠を残さないために、会う意思はあったと示しておきたいのだ。


「それでも少しは時間を取ってくれても、よかったんじゃないですか?」

 僕が再度、繰り返しても、勝ち誇った笑みを変えない。


「日々の多忙な業務のため、対応出来なかった事を、申し訳なく思っています」

 今度はもっとはっきりと、舐めるように挑発の意思を込めてそう発した。昨日と今日の税務調査中、何度も聞いた言葉だ。


「じゃあ、昨年度の帳簿を見せてもらえます?」

 これにも中年ホストは表情も姿勢も崩さずに、「業務の性質上お見せ出来ません、申し訳なく思っています」と繰り返した。税務署レベルで行う任意の税務調査では、国税局の強制捜査のように帳簿や原始記録の開示を請求出来ない。それを分かっているから、飄々と涼しい顔をする。


 同行していた姫崎さんの苛立つ熱気が伝わってくる。まだ二十歳そこらの彼女は、今回の調査が初めての現場だったが、感情を抑えて伝票をめくる手を止めない。


 それも仕方が無い、今回調査を許された時間は開店前のたった30分だけだった。それが終わればまた、忙しいを理由に調査にすら応じない気だろうが、今回の調査の記録を盾に「調査強力に積極的」という姿勢を主張したいのだろう。


「きみ中学生? どうしたのスーツなんか着て」

 姫崎さんの手先がプルプルと震えているのが分かった。挑発には絶対に乗るなと、統官からも言われているはずだ。感情的になって、現場で現金にでも触れてしまうと、後で無くなった、盗まれたと大騒ぎをする奴もいる。それが分かっているから、僕も姫崎さんちゃんも、ホストのヘラヘラ顔をなんとかやり過ごしていた。

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