第三話【地上への道-1-】

ダンジョンに潜り、魔物を狩り、資源を持ち帰り生活の糧を得る者を、世間は「探索者」と呼ぶ。

 そして、探索の様子をリアルタイムで世界中へ発信する者たちを、人々はこう称した――


 【ダンジョン配信者】。


 その一人であるアイナは、古龍すら喰らった謎の銀髪少女・ルベルゼと共に、崩れかけた下層通路を歩いていた。


「それで、ルベルゼさんは……どうして下層にいたんですか?」


 震える声で問いかけると、少女は首を傾げる。


「そもそも、その“下層”とか“上層”とかいう分類も初耳だな」


「……え?」


やつがれはお前がいたあの場所より、遥かに深い底で目を覚ましたのだ。このアギトと共に、な」


 傍らをふよふよと飛ぶ翼蛇――アギトは、聞き慣れぬ単語を発するたびに紅玉のような瞳でアイナを見つめてくる。


「まさか……そこに人間は?」


「初めて見たぞ。お前がな、アイナ」


 平然と告げられた事実に、アイナは目を剥く。


「そ、それって……つまりずっと魔物だけの中で……!?」


「そう驚くことでもあるまい。やつがれが人間であるという保証も無いのだし」


「……え?」


「高度な知性を持つ魔物――例えば、ゴブリンやオーガ。人型に近く、簡単な言語も使うと聞いたことがあるだろう」


「そ、それは……」


やつがれも、似たようなものかもしれんな」


 ルベルゼは愉快げに口角を上げるが、アイナは笑えなかった。彼女の姿は明らかに人間だ。けれど、その力は常軌を逸している。


 ――本当に、彼女は人間なのだろうか。


 その思索を断ち切るように、頭上から羽音が響く。数体のバット系魔物が、二人の上を旋回していた。


「鬱陶しいな、羽付き鼠どもが……」


 ルベルゼは目を細めた。


「アギト、片付けろ」


『承知した』


 言葉と同時にアギトの身体が淡く光り、周囲に重苦しい魔力の波が広がる。あまりの圧に、アイナは頭を抑えてその場にしゃがみ込んだ。


斬餉ザンゲ


 刹那、空気が裂ける音とともに、鳴き声が消えた。


 コウモリたちは真っ二つに斬り裂かれ、音もなく地面へと落ちていく。


「ふむ、静かになったな」


 血に塗れた死骸を一瞥し、ルベルゼは満足げに言った。


「な、何をしたんですか……?」


「喰ったまでだ」


「え……?」


「アギトを通して、魔力ごと胃に送った。あれらはやつがれの糧になったのだ」


 冗談のような口調。しかし、その紅の瞳は嘘を言っていないと語っていた。


「……喰ったって、あの数を、まとめて……?」


「空腹は敵だ。何より……ここを早く出ねばな」


 ルベルゼはそう言って歩き始める。


「ま、待ってください!」


 我に返ったアイナが慌てて彼女の背中を追いかける。震える足取りながらも、ついて行くほかはなかった。


 この“人間の皮を被った怪物”が、唯一の希望なのだから――。

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暴喰ノ蛮顎-ボウショクノアギト- Some/How @Somehow

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