山のみ狼煙

野々宮茉白の行方

野々宮茉白が、図書室で手にした本に記述されていた。

ある地方、███の付近に山が大きく聳え立っている。山奥の集落では、狼煙をあげる役目を担う、███家という家系があるとのこと。「山のみ狼煙」と呼ばれていて、どうやら外界との接触は無いらしいが、小さくて辺鄙な山村では、常に狼煙があがっているのを見たことがある。朝でも、夕方でも、夜でも、上空に舞う煙が見えた。空が汚れるような感覚に胸がざわつく感覚があった。意味なんてないが、鑢で削られているような焦燥感と言った方が正しいか。

そう、どんな因果なのか、私の住んでいる場所から山への距離はあるものの、遠目で見れば狼煙が立ち上っているのが見てわかるのだ。私は、大学での自由研究───すなわち、自分でテーマを設定して提出する課題に頭を悩ませていたので、私は「山のみ狼煙」を調べあげることにした。


数日後、登山用の服に着替えて登頂してみる。地図にも載っていない場所なのに、不思議とさほど時間も掛からずに山奥の集落と思わしき建物を発見して住人に声をかけると、みんなが笑顔で出迎えてくれた。

「いらっしゃい、よく来たねえ。お飲み物だすわあ」

「べっぴんさんが来てくれた」

「おい!久々の客人だ!出迎える準備をしろ!」

住人の数は両手で数えて事足りるくらいで、それもお年を召した方ばかりだ。みんながみんな、これほどないくらい歓迎してくれている。山奥なのもあって、廃れた風景は心が痛むが、それに負けないように息衝いている彼らに感動を覚えた。今日は泊まっていけ、観光もしたいだろう。という押しに負けて、私は部屋をを借りることにした。こじんまりとした部屋にびっしりと何かの御札が貼られていて、この時点で不気味に感じたが……幽霊や、宗教関連の話ではよくある話だから、霊感のない自分には関係ないのだと払拭した。

「狼煙をあげろ!」

「山のみが来るぞ!」

「急げ、急げ!」

部屋の小さな一室:を借りて布団で眠っていた早朝に、大きな声が私の意識を呼び起こす。起き上がりそのまま身支度を済ませると、家を出た。すると遠目から、否、いつも見る風景よりも大きく広く、黒煙が舞い上がっている。噎せてしまいそうなほどだ。住人達は人数が少ないからそれぞれ馬車馬のように動いていて、理由を聞く暇も無さそうだったので、私は許可を貰ってから山頂を目指す旨を伝えると、おばあちゃんが深刻そうな顔を浮かべていた。咎めるわけでもなく、嘆くわけでもなく、ただ苦虫を噛み潰したような表情で私を見送ってくれた。


もともと登山には興味があったから嬉しい。山頂を目指して歩いていくと、複数の狼煙台があったのを見た。それぞれびっしりと刻まれた文字を見て、ギョッとした。「のろしを絶やすな」「のろし」「山のみ目覚めるぞ」「山のみを怒らせるな」本当にびっしりと、イタズラにしてはやりすぎだと感じたし、不気味さを覚えた私は急いで来た道を帰ろうとしていた。夕陽が差し込む時間に、既に狼煙は消えていた。珍しいと思いながら、私は集落へと戻ったら、とんでもないものを見た。────人の気配がない、きょろきょろと探しても人っ子一人見つかりやしない。活気も無かった、完全なもぬけの殻で。頭がパニックになった私はスマホを手に、助けを呼ぼうとして液晶にノイズが走る。

「オマエヲマッテイタ……」

何かが這いずる音に悪寒を感じて、後ろを振り向けないでいた。嫌な汗が滲む。手が震えてスマホを落とした。

「……誰ですか」

「山のみ狼煙」「山のみ狼煙」「山のみ狼煙」「山のみ狼煙」「山のみ狼煙」「山のみ狼煙」「山のみ狼煙」「山のみ狼煙」「山のみ狼煙」「山のみ狼煙」「山のみ狼煙」「山のみ狼煙」────鼓膜ではなく脳に直接訴えかけるような声に身を震わせた。怖い、逃げなければ。腰の力が抜けてその場にへたれこむ。

「オマエのナマエぎ、カギだ」

「え?」

「ノノミヤマシロ、……ヤマノミノロシ」

「…………」

「山のみ狼煙……オマエを、ココに呼んで、ヨカッタ」


ある地方、███の付近に山が大きく聳え立っている。山奥の集落では、狼煙をあげる役目を担う、野々宮家という家系があるとのこと。「山のみ狼煙」と呼ばれている。

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