謝罪

へろおかへろすけ

謝罪

 中学校の渡り廊下にて、暗い表情で俯きボソボソと喋る男子中学1年生の佐伯。

 その足元では、そんな少年を安心させようと、努めて明るい表情で、横たわる寸胴から溢れ広がったカレーを雑巾で拭く担任の谷口。


「えぇー本日は私の不祥事により、皆様に多大な迷惑をおかけした事を深くお詫び申し上げたいと思います。大変……申し訳ございませんでした。

今回、私が起こした事は到底許される物ではございません。被害に遭われた方々、そして関係者の皆様誠に申し訳ございませんでした」


 仰々しい謝罪会見の様な文言を垂れ深々と頭を下げる佐伯の足元で、こぼれ広がるカレーを一人拭き続けながら担任は口を開く。


「佐伯が反省してるってことは先生よ〜く分かったから。だからな佐伯──」


 そんな谷口の優しい声音の呼びかけには応えず、佐伯は顔を顰めたまま喋り続ける。


「えー、今回起きた事件の原因は給食の前にした手指衛生の際に泡をしっかり落とし切れていなかった事が考えられます。いや……はしゃいでいたのかもしれません。浮かれていたのかもしれません。カレーだ……やったぜ……カレーだって……年甲斐もなく、友達が1人もいない僕は給食だけが楽しみで、だから……でも……はしゃぎ浮かれた自分が本当に……本当に……恥ずかしい限りでございますッ──」


 佐伯の声と握られた拳は震えていて、後悔が彼の全身から滲み出ている様だった。

 谷口は溢れたカレーを拭きながらも努めて明るい口調で、今にも責任感に押し潰されてしまいそうな佐伯に喋りかける。


「全然恥ずかしいことじゃないぞー佐伯。そりゃあ皆カレーは大好きだからな! 多少なり皆はしゃぐって! カレーって聞いたらさ!」


「そのカレーをッワタクシはッいや愚生はッ溢してしまったのですッ」


 さらに声音を熱くする生徒に対し、若干戸惑いつつも、谷口は佐伯に呼びかける。


「佐伯ぃ? いやっあの、なっ! 先生も一緒に謝るから! 皆だって許してくれる! だからな、佐伯──」


「私がしでかした愚行に許しがないことは重々承知なのです。溢れたカレーは元通りにはなりません。それは人間関係……しいてはクラスメイトの信頼は……もうッ元通りにならないことは重々承知なのですッ」


「拭こうよッ」


「えっ?」


 ついに堪えきれなくなった谷口が突然声を荒げてしまう。

 佐伯は戸惑い、体をびくりと震わせ、体を縮こませた。


「佐伯、ごめんな急に大きい声出しちゃって。ビックリさせちゃったな。でももう先生には佐伯が反省してるってこと十分に伝わったからさ、だからさ佐伯、拭こうよ」


 そう落ち着きを取り戻した谷口が佐伯に優しい声音で語り掛ければ、佐伯はなぜか力強い口調で言う。


「谷口先生……分かってます。自分のケツくらいちゃんと自分で拭きますよッ」


「そういうことじゃないんだ佐伯。カレーをね、拭こうよ。一緒にさ」


「谷口先生、俺が中1の若輩者だからって舐めてません? 自分のケツくらいちゃんと自分で拭きますよッ。いやッ拭かせてくださいよッ」


 的はずれな方向に熱くなる佐伯に対し、痺れを切らした谷口は声を荒げてしまう。


「いやまずカレー拭けよっ。さっきからケツケツ言ってっけど、今佐伯のケツ拭いてんの全っ部先生だぞッ」


「えっ……。つぅ……。あっ……」


 谷口が声を荒げたことにより、呼吸が乱れ戸惑う生徒。


「ごめんごめん佐伯。先生ついカッとなって声荒げちゃったな!」と、慌てて明るく生徒に呼びかける谷口。

 佐伯は呆然と突っ立ったまま、目線を下に向け、ぶつぶつと喋りだす。

 その声音は普段の彼からは聞いたことがないくらいにひどく明るいものだった。


「やぁ僕は佐伯! シルバニアファミリーの新しい家族さ!」


「佐伯?」


「えっ? 他のシルバニアファミリーと違って僕には毛がないって? これから生えてくるのさ!   主に下の毛がね!」


「佐伯ぃ!? 佐伯!! 下の毛という概念はシルバニアの世界には存在しない気がするぞ」


 慌てて呼びかける谷口。

 尚も喋り続ける生徒。


「あいつらの中身は所詮、綿さ。でもね、僕には一杯中身が詰まってるんだ! 主に夢と内臓がね!」


先生は佐伯を正気に戻そうと慌てて肩を掴み揺する。


「佐伯!? 佐伯!!」


 谷口に肩をゆすられハッと我に戻る佐伯。

 現実に戻ってまだ間も無い佐伯は、虚な目で問う。


「谷口先生? 先生もシルバニアファミリーの一員になったの?」


「佐伯……すぐシルバニアファミリーの世界に逃げる癖、治せっていつも言ってるだろう……」


 谷口は数秒真顔で押し黙ったのちに、そう指摘すれば「……ごめんなさい。」と、素直に謝る佐伯。


「あとなんだ、主に夢と内臓が詰まってるって、あんまりその2つの言葉並べることはないぞ」


 と、再び溢れたカレーを拭きながら明るく谷口は言った。

 そんな谷口に対し、少し困惑した表情で佐伯は聞く。


「谷口先生……先生はどうして俺をこんなにまで助けてくれるの?」


 突っ立ちながら問う佐伯。

 その足元で四つん這いになりカレーを拭く谷口は自分の過去を話しはじめた。


「先生なぁ、佐伯くらいの歳の時、佐伯とおんなじで友達がいなかったんだ」


「谷口先生もぼっちだったの?」


 ぼっちという言葉に一瞬手が止まる谷口だったが、そのまま話を続ける。


「……そうだ。先生もぼっちだったんだ。それでな、ある日給食のカレーを溢してしまったんだ」


「俺と一緒だ」


「うん。でも今の佐伯と違って、誰1人として、溢れたカレーを拭くのを手伝ってくれる人はいなかった。その時、1人でカレーの片付けをしている時に思ったんだ。もし、溢れたカレーを1人で片付けてる生徒がいたらその生徒と一緒に拭いてあげられる先生になろうって」


「谷口先生……。」


佐伯はそう呟くと、腰を下ろし、カレーを拭く谷口の肩に手を置く。


「佐伯……。」と一言呟き、四つん這いのまま顔をあげ生徒と見つめ合う谷口の目はほんの少しばかり潤っていた。


「よかったね、谷口先生。夢が叶って」


 一瞬にして目の潤いが渇く谷口は真顔で否定する。


「うん、叶ってない。佐伯……拭けよッカレー」


「え?」


「え?じゃないよッ。あとそういうとこだぞ、佐伯。ナチュラルにサイコな言葉口にするから友達ができないんだぞッ」


 普段身近にいる谷口の指摘にショックを受けたのか、立ち上がった佐伯は再び俯いてぶつぶつと喋り出し、自分の頭の中にあるシルバニアの世界へと逃避してしまう。


「ある日、平和なシルバニアの世界に突如としてヤリラフィー村の住人達が襲いかかってきた」


「佐伯?」


「やつらに襲われたシルバニアの住人達は次々にパイパンにされてしまう」


「えっなに?」


「僕の前で毛をかられパイパンにされる家族達。

なにもできずに……元からパイパンの僕はその凄惨な現場をただ見詰めている他なかった」


「シルバニアの世界にパイパンという概念は存在しないと思うぞ、佐伯」


「僕に……僕に力さえあれば。

怒りと悔しさで握られた拳を震わせていたその時だった」


「いや佐伯……ちょっ、待っ──」


「シルバニアの仲間……もといパイパン達が僕にあるパワーを授けてくれた」


「なにかその……良くない人達に毛を刈られてしまったからといって、家族をパイパン呼ばわりするのは間違ってると先生は思うぞ、佐伯」


「それは悲痛に刈られていった……パイパンの願いであり恨みの力なのかもしれない。パワーがみなぎってゆくのを感じるッ!」


「ちょっと世界観が混沌としすぎてやいないか?佐伯」


「見てろよヤリラフィーッ! 僕は絶対にお前らを許さないッ!」


「佐伯ッやめなさいッシルバニアの世界にヤリラフィーは絶対にいないッ」


 妄想に浸りすぎて暴走する佐伯を慌てて止めに入った担任である谷口の右の頬に、彼は張り手を喰らわしてしまう。

 驚きカレーが広がる床に倒れ、呆然と右頬を抑える谷口。


「えっ……?」


生徒は張り手した右手をじっと見つめ呟く。


……これが……これがプリキュアの力か……。」


「もう怖いッ訳わかんなすぎて俺は怖いッ」


 ハッと我に還る佐伯。


「先生……僕はプリキュアに──」


「なってないッなってないからッ」


「じゃあ僕は……」


「お前は給食のカレーを溢して焦り戸惑うただの中学一年生だッ」


「まぢかよ……」


「マヂだよッ。あともう二度と先生を殴るなよ。

停学もんの問題行動だぞッ」


 自分がしでかしてしまった罪悪感で震える佐伯。


 これ以上妄想の世界に逃げられたらどうしようもないと慌てた谷口は、佐伯の肩を両手で揺する。


「大丈夫だから! 先生、今回のことは多めに見るから! な!」


肩を振るわせ啜り声で佐伯は口を開く。


「谷口先生……ごめんなさい。」


「いいから! なっ佐伯! 先生と一緒にカレー拭こう!」


「僕に触れるなッ!」


 佐伯はバッと谷口を両手で押して、突き放す。

 谷口を見遣るその冷たい目には、明らかな侮蔑が込められている。

 突然のことにキョトンとした表情で谷口は問う。


「ん? どうした佐伯?」


「先生から、いい匂いがしました」


 そう冷たい目付き同様な冷たい声音で応える佐伯。

 何を言っているのか分からない谷口は、シャツの二の腕辺りを少し嗅いでいた。


「ん?カレーの匂いじゃないか?ずっと拭いてたから」


「いや違う。なんか甘い匂いがしました」


「じゃあ柔軟剤の匂いじゃないか?」


「……先生はクズなんですか?」


「えっ、なに?」


「クズって大体良い匂いするじゃないですかッ」


「佐伯ぃ……匂いで人を判断するなぁ」


「先生はクズなんだ……どうしよう……先生なのにクズなんだ。もうどうしようもない……どうしようどうしよう──」


 まるで手詰まりといった感じに両の手で目を押さえその場でしゃがみ込むんでしまう佐伯。谷口はやや引きながらも冷静な指摘を入れる。


「いや佐伯、先生はクズじゃないし、どうしようもないのは今のお前だと先生は思うぞ」


 谷口はやや引きながらも冷静な指摘を入れる。


「はぁはぁはぁ──」


 困惑し混乱状態にあるのか、谷口の言葉がたぶん耳に届いていない様子の佐伯の息が段々と荒くなっていく。

 見るに見かねた谷口がしゃがみ込む佐伯の傍にまで近づき、そっと肩に手をおいた。


「頼むから落ち着いてくれ佐伯」


「黙れクズッ」


「えっ?ちょっ」


 佐伯は谷口の手を払いのけ、廊下を走り抜けていった。

 そんな佐伯の背に谷口は声を荒げる。


「佐伯ッ佐伯ッ──せめて拭いてからいけよッカレーッ」


 しかし彼にはなにも届かなかった。

 一人取り残された谷口は、片手にドロドロとしたカレーが染み込む雑巾を持ち、もう片方の手を腰に当て上を見上げる。

 そして、悲しみのこもった明るい口調で彼は呟いた。


「……あー。もう、教師やめようかな!」

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謝罪 へろおかへろすけ @herookaherosuke

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