【14 弱っている郁恵】

・【14 弱っている郁恵】


 放課後になっても郁恵は何だか元気の無い様子で、クラスメイトへいつもの道化を発揮できていない。

 へろへろの状態で私の元へやって来た郁恵は小声で、

「将暉に男子の愚痴をこぼしたい」

「杉咲将暉のこと? アイツも男子じゃん」

「でも将暉は分かってくれると思う」

「男子なんて結局根元はみんな同じだよ」

 するとじとっとした目で私のことを見てから、

「本当は将暉は違うってこと分かっているくせに」

「……まあ、ちょっとくらいは違うかもしんないけども、根元はきっと同じで女子のことをずっとエロい目で見ていると思うよ」

「ならさぁ、幼馴染の女子のためを思って、あんな別れ方しないと思うけども。嫌な言い方すると甘いこと言ってずっと飼っているほうがいいんじゃないの?」

 郁恵のくせになんていやらしい言い方をするんだ、卑しいというか。

 相当へこんでいることは分かったし、まあ将暉が本当に女子のことをただただエロい目で見ているのなら、そうやって女子の幼馴染に優しくしていたほうが、いやでも、

「私ってさ、美人でしょ?」

 郁恵は吹き出してから、

「急に何。そうだけどもっ」

 ウケたのは嬉しい誤算。まあ続けよう。

「だからさ、外歩いているとナンパされるんだよね、ナンパって見た目だけ見てじゃん、キモいよね。だから男子って全部そうだと思うよ」

「でもナンパしてこない男子もいるよ」

「まあ確かにそうだけども」

「硬派っぽい、それこそ将暉みたいな坊主でメガネの子にナンパされたことないよ」

「というか郁恵もナンパされたことあるんだ」

「まあ……なんというか……胸大きいしぃ……」

 と、なおもへこむというか肩を落としたところで、この話はしなくて良かったなと思った。

 というかそうか、杉咲将暉の話をしているんだもんな、男子全般の、いやいや、

「つまりは杉咲将暉もこうだって話だよ」

「そんなことないよ、将暉は分かってくれるよ」

「何でそんな杉咲将暉のことを信用してんの?」

「たまにSNSで話聞いてもらっているんだ」

 と郁恵は普通に、そう言ったんだけども、その言葉に何だか私はショックを受けてしまったのだ。

 この気持ちはなんだ? 郁恵をとられた、という思いか? いやいや郁恵は元々クラスメイト全員の道化で、でも本当はいろいろ悩んでいて。

 そんな一面を知っているのはきっと私だけで。なのにその一面を杉咲将暉も知っていたからの嫉妬か? そういうことなのか?

 なんて女々しい。私はなんて女々しいんだ。恥ずかしいくらいだ。

 それならもうここはドンと構えて、郁恵のやりたいことをやらせてあげればいい、何故なら私は恥ずかしい存在じゃないのだから。

「じゃあもう行こうか、杉咲将暉のところ」

 すると郁恵が、

「よくよく考えたら、アタシ一人で行けば良かったんだ。アタシ一人でも行けるから大丈夫だよ」

「いや私も行く!」

 と何故か語気を強めてそう言っている私がいた。

 郁恵は私の声の大きさに少し目を丸くしながらも、

「うん! 二人のほうが嬉しい!」

 と答えてくれて、二人でいつもの図書館の、あの隅っこの席に、杉咲将暉を囲むように座った。

 杉咲将暉は溜息をついてから、

「一応勉強中なので」

 と言ったんだけども、郁恵はたいして気にしている様子も無く、今日あったことを過不足無く説明した。

 すると杉咲将暉が、

「まあ攻撃性のある人間は男子女子限らずいますからね、現に盗むという行為だって攻撃性ですから、攻撃し返したって気持ちなのかもしれませんね」

 郁恵は小首を傾げながら、

「男子的に?」

「男子的に、ではなくて。男子も女子も関係無くです。もし女子が男子にアクセサリーを盗まれていたとして、犯人が確定したらその女子のほうが男子を罵倒してもおかしくないでしょう」

「確かにそうだなぁ」

 と納得したように頷いた郁恵。

 何それ、それくらいのことなら私だって言えたし、とモヤモヤしていると、郁恵がさらに、

「でもそういうことを言うなって、男子には男子が、女子には女子が言えるといいよねぇ。今後、女子の犯人にはアタシたちが、男子の犯人には杉咲将暉が言ってくれないかな」

「そんなん無理ですよ。僕に何の力も無いですから」

「でも一緒に探偵すれば、説教にも説得力が出るじゃん」

「僕の言葉は男子には届きませんから」

 とぴしゃりとそう言った杉咲将暉。まあ一緒に探偵する気も無いけども、何で杉咲将暉の言葉が男子に届かないのか気になって、

「いやそこは男子同士で言うほうがいいじゃん。男子って女子の言うこと聞かないし」

「僕の話だって聞かれませんよ、特に僕のことを知っている人には」

「何で? 杉咲将暉ってまあしっかりしてるじゃん。知っている人ほど説得力無いの?」

 と自分で言って、ちょっとビックリしてしまった。

 自分がちゃんと杉咲将暉のことを評価していることに。

 いやでもまあ杉咲将暉は男子の割にはしっかりしているし、これくらいは別にギリギリ、と思っていると、杉咲将暉は、

「僕は……とにかく説得力が無いんです。男子の中では」

 何でだろう、男子の中では説得力が無いってどういう意味なんだろう。

 もっと詳しく聞くか、

「どういう意味? 男子の中では説得力が無いって、杉咲将暉って男子内で何か変なことしたの?」

 郁恵も私に加勢するように、

「そうそう、でも将暉がそんなことするとは思えないし。将暉ってもしかするとイジメられている? 大丈夫?」

 いやそれは踏み込み過ぎだろと思ったその時だった。

 杉咲将暉は深い溜息をついてから、

「二人で攻めないでください。ハッキリ言いますけども、異性が苦手なのは女子だけじゃないですから。金井さんに文字で話を聞くのはまだしも、こうやって土倉さんと一緒に言われるのは嫌なんです」

 嫌なんて、強い言葉を言わないでほしい……まるで私のことが嫌みたいじゃん……郁恵だけならいいみたいな感じにさ……何だよ、何なんだよ、私だってどんな男子にもこう、というわけじゃないのに、何か落ち込む、めっちゃへこむ、何この感覚、杉咲将暉にこんな言い方されることがつらいというか、結構今まで喋ってきたじゃん、こっちは多少なりに認めていたつもりなのに、何か一方的に閉ざされたみたいな感覚、嫌だなぁ、悲しいなぁ、何かいつも通り意趣返しとか単純に冷たいこと言いたい気分じゃない、私は私なんだから言っていてもおかしくないのに、何だろうこの感情、まさか私、杉咲将暉のことを気になっているとか? いやいや男女のそういうのはキモいし、でも杉咲将暉と普通に友達になるくらいなら別になってやってもギリギリいいけども……なんて思うこと、今まで一度も無かったのに、私、何か変……と思ったところで、ハッとして、二人の顔を見ると、郁恵が何だかあわあわしていて、杉咲将暉はちょっと申し訳そうな顔をしながら、こう言った。

「いや……別に嫌いってわけではないです。ちょっと踏み込まれたので追い返してしまいました。そんな落ち込むとは思っていなかったです。すみません、僕の言葉選びが間違っていました。前言撤回させてください。ただ言い訳するのなら、ちょっと僕のほうもキャパを越えてしまい」

 ちゃんと謝罪とかもするんだ……と思ったら、何だか嬉しくなってきて、私は呼吸を整えてから、

「うん、別に。何かこっちも聞き過ぎたし、踏み込み過ぎたし、ゴメン」

 と言うと、杉咲将暉は柔和な顔になって、

「良かったぁ、キツイ言い方してしまって本当に申し訳御座いませんでしたっ」

 と言った時に、あっ、悪くないかも、と思ってしまった。いや何が悪くないんだ。意味が分からないぞ、私。忌みしか沸かない自分じゃないの、男子に対して。

 あーぁ、でもそうか、これはそういうことか、郁恵をとられてしまうという嫉妬じゃなくて、郁恵が杉咲将暉と仲良いことに嫉妬していたんだ、もっと良くなくない?

 いやあんま深く考えないようにしよう、まるで私は杉咲将暉のことが好きみたいだ。そんなことはまあ別に無いはずというかうん、まあいいや、私には獅童玄應様がいる! それだけ!

「じゃあ私たちはこんなもんでっ」

 と言って立ち上がると、郁恵もそれに合わせて立ち上がりながら、

「アタシもゴメンね、何か深く踏み込み過ぎちゃってっ。また詳しくはLINEするからっ」

 LINEする仲なんだぁ、いいなぁ……いやいいなぁじゃなくて、いいなぁじゃなくて!

 私はできる限り杉咲将暉のほうを見ないようにそのまま図書館から出て行った。

 そのあとは二人で玄関のところまで一緒に歩いてバイバイした。

 ちょっとだけ郁恵に説教してしまった。

 イジメられている? とか聞くなということは、強めには言った。

 郁恵は猛省していたので、まあもういいや。

 電車に揺られて帰宅して、玄関を開けたところでちょうど弟の恵太がいて、

「おかえり!」

 と言いながらまた全身を舐め回すように見てきて、本当にキモいと思った。

 横を通り過ぎたけども、そのまま後ろ姿も見られているような感覚がする。背筋がゾッとする。

 杉咲将暉のように、ちょっとはできる人間なら良かったのに、と思ってしまった。

 いや杉咲将暉のことはもう考えない! これで終わり!

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