【12 事件6.耳障り】

・【12 事件6.耳障り】


 何で郁恵は朝一を指定するのだろうか。いやまあ一番暇な時間帯なんだろうけども。

 今日も朝から静かな教室で、依頼人の言葉を聞いている。

 簡単に言うと、その子のクラスの男子が耳障りという話だった。

 まあジャップオスなんて勿論耳障りなんだろうけども、だからって、少し横暴と感じるところもあって。

 それは何を言っているか分からないところが逆に耳障り、という話だったから。

 どうせ知らんカードゲームとかの話をしているんだろうけども、言葉が分からないこそウザったいみたいな話で、それはさすがに言い過ぎだろと思った。私が。あのジャップオス大嫌いの私が。

 じゃあ女子高選べば良かったじゃんと思いつつ、依頼人との会話は終了した。

 というかそもそもオマエが男子に注意すればいいだけじゃん、結局これも探偵というよりも、文句の代行じゃんと思った。

 だからこそまあこの依頼を郁恵は快く受けたのかもしれないけども。前回のヤツが〇〇するだけで内申点を上げられる依頼だったし。まあ前回の依頼はよくよく考えれば異様に危険だったけども。

 今回こそ、というかまあ今回はジャップオスに注意するだけだから、まあ楽勝だろう、と思いながら時間が経つことを待ち、大体の生徒が登校してきたところで、私と郁恵はその依頼人の教室へ行った。

 何でこんなに初めて行く教室って違和感があるんだろうか。不思議と匂いも違うような気がする。親戚の家か。常在菌が違う?

 その依頼人の教室の隅では陰キャのジャップオスたちが何かデカい声で笑い合っていてウザい。

 耳を傾ける。

 確かに何か、聞いたこと無い言葉ばかりだ。

 それも何か、普通のカタカナ語みたいな感じじゃない。

 さらに言えば、接続詞というかそういう日本語の切れ目が無く、呪文を唱えているみたいで気持ちが悪い。

 何気にあの依頼人が言い過ぎていたわけじゃないということが分かる。確かに耳障り過ぎる。一体何を言って盛り上がっているのだろうか。

 でもまあいいや、ここはコミュ力ピエロの郁恵が解決してくれるだろう。

「ちょっとそこの男子、意味の分からない言葉って耳に入ってくると混乱するから慎んでほしい!」

 そう快活に手を挙げながら話し掛けていった郁恵。頼もし過ぎる。まあ元々そういう約束だけども、謎解決が私で、行動が郁恵って話だけども。

 するとその男子は水を差されたように少しムッとしながら、

「意味が分からないならいいじゃないかっ」

 と口答えしてきて、陰キャのくせにと思っていると、郁恵は語気を少し強めて、

「訳の分からない言葉は何だか呪文みたいで怖く感じるんだ!」

 と言って、何そのオバケ怖い感のある言い方は、とは思った。

 郁恵って結構オカルト苦手?

 すると陰キャのジャップオスたちがゲラゲラと笑ってから、

「呪文なんかを怖がるなよっ」

「ただの怖がりじゃん」

「女子は怖いの苦手かぁ」

「やっぱ女子だなっ」

 と”女子”という言葉を嫌な感じに使ってきて、本当口がクサいと思った。いや実際は、私は近くに立っていないのでクサさは分からないけども、多分クサいと思う。

 郁恵は意気消沈してこっちへ戻ってきて、

「何か、ダメっぽかったぁ……」

 と言うと、依頼人の女子が小声ながらも強めに吐き捨てるように、

「ちょっとぉっ、マジかよっ」

 と悪態をついてきて、こういう女子はこういう女子で嫌だなぁ、とは思った。

 そう、私は男子は勿論女子も好きじゃないのだ。女子のこの切り捨てる感じは本当に慣れない。

 郁恵は依頼人に対して申し訳無さそうな顔をして、依頼人は使えねぇな丸出しの顔をして、あの教室の隅のジャップオスたちは同じように意味分からん単語を連呼して笑い合って、最悪の教室だなとは思った。

 私はまあこんなもんだろと思って、郁恵と一緒にこの教室をあとにした。

 一応最後に私が「何か分かったらまた連絡します」と言っておくと、その依頼人が小声で「何が分かるんだよ」と言っていて、本当に嫌だった。こんなヤツのために動きたくねぇとは思った。

 でもちょっとだけ分かったことがある。

 それは言っている単語はそれほど多くないということだ。

 同じ単語を何度も連呼しているイメージ。

 あとはもう一つ。

「郁恵、言っている単語、録音したからあとで書きだしてみよう」

「録音……! さすが絵色!」

「頭脳労働は任せろって話だから」

 正直あんな依頼人のためになることは嫌なんだけども、それ以上に郁恵をバカにしたように喋ったあの陰キャのジャップオスたちが許せない……と思った時に、何でこんなに郁恵に肩入れしているんだ? と自分で思った。

 いやでもまあ一応ある程度仲良くしているし、これくらい、と思って、何かこの感情は深入りせずに蓋をすることにした。あんま長々と脳内で考えていると、何だか狂いだしそうな気がして。

 その後、ホームルームがあって、授業&授業で昼休み。

 私と郁恵はいつもの屋上で弁当を食べ始めた。

「今日はサンドイッチだぁぁああああああああああ!」

 嬉しそうな声を上げる郁恵の顔を見て、ついニヤけそうになってしまう。危ない危ない、急なニヤけヅラはキモイと相場が決まっているから。

 すると私の顔を見た郁恵が笑顔で、

「楽しいね!」

 と言ってきて、それは一方的に弁当をもらっている郁恵だけだろと思いつつ「あぁ、そう」と適当に返事しておいた。

 いやもしかすると私の表情筋、ちょっとおかしくなっていたか? いやいや、全然冷静さを保っていたはず。だってずっとそうだったろ、私。

 あの日以来、私は道化を止めて、自分の感情ができるだけ出ないように、ゼロになるように生きてきたんだから。

 そうやってきたんだから、それができているはずだ。

「何か絵色も笑ってくれると本当にアタシ今幸せだと思う」

 と郁恵がお花畑に囲まれているように喋った時に、吹き出してしまった。

 別に郁恵がバカ過ぎておかしいとかじゃなくて、というか、

「私何か柔和になってた?」

「柔和というか笑顔だったよっ」

「そんなわけねぇだろ」

「えーっ、アタシばっか楽しいと思っていたのーっ!」

「そうだろ、絶対そうだろ」

「そんなことないと思うけどなぁ」

「いいから早く食え」

 とあしらうように言ってから、私も自分の弁当を開けて食べ始めた。

 食べていれば喋らなくて済むから。

「サンドウィッチのこのジャム、というかジャム? すごく美味しい! カボチャだぁ! カボチャのペーストって美味しいよねぇ! もしかすると手作りぃっ?」

「まあ手作りだけども。カボチャ自体は安いけども、カボチャのペーストとなるとまた高くなるから、できる時は全部手作りだ」

「すごい! 自分で作れるんだね!」

「作れるよ、別に。食物繊維も栄養素だからこしてないし。カボチャを甘く煮るだけじゃん。しょっぱくしたらパンプキンスープね」

「応用できるんだぁ!」

「当たり前だろ」

 と言いつつも、手放しに賞賛してくれる郁恵にやっぱりニヤついてしまっているかもしれない。口元が緩い気がする。

 でもまあいいか、郁恵になら見られていいか、他の連中のことは信じていないから嫌だけども……これだと郁恵を信じているみたいだな、いやいやそんなわけは別に無いんだが。

「このトマト煮も美味しい! トマトにパプリカにズッキーニ、タマネギの甘さも際立って、本当喉に流し込みたいね!」

 最後ビールみたいな言い方したけども、まあなんだ、言わないと分からないか、いや言う必要も無いか、と思っていると、郁恵が、

「な、何か今の文句あった?」

 と目を丸くしながら言ってきたので、

「え、私、顔に出てる?」

「うん、何かめっちゃう~んって感じ」

 マジか、ここまで表情が崩れていたなんて。

 一から修行のやり直しだな、いや何の? って話だが。

 まあ顔に出ていたという話なので、言ってやるか。

「トマト煮じゃなくてラタトゥイユな」

「ららた? えっ?」

「ラタトゥイユという料理名な、トマト煮じゃなくて」

「あっ! 料理名! ラタトゥーユーという料理名ね!」

「言えてねぇわ、ハッピーバースデートゥーユーみたいになってんぞ」

「何だっけ?」

「ラタトゥイユ、いや言えないなら別にいいけども」

 すると郁恵がちょっと大きな声で、

「言いたいよ! 絵色と同じ言葉を言いたい!」

 な、何その鬼気迫る感じ……って、勝手に思っただけか?

 私と同じ言葉を言いたいだなんて、そんな、でも、私も、郁恵と同じ言葉を言える仲ならいいな、とふと思ってしまい、すぐに脳内で首を横に振った。

 何勝手におセンチになっているんだバカらしい、いやとはいえ今の文はいいな、今度夢小説で使おうっと。

「ラタトゥイユね、ラ・タ・トゥ・イ・ユだな」

「ラタトゥイユ……言えた?」

「言えたよ」

「言えたぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!」

 絶対落ちるヤツのお受験? 目標を授権できないだろ、この段階のヤツ。

 そんなこんなで食事も終わり、そのまま屋上で、録音した音声を聞くことにした。

 同時に言っている単語の回数を記録する。

 何回か聞いて私が、

「ペイトス多いな」

 と言うと、郁恵は頷きながら、

「セェクソォも多いけども、つまりクソ野郎! みたいな話なのかな?」

「でも何か笑っているし、フンヌって感じじゃなかったなぁ」

「ボケッチやエスペーマは少なめだったね」

「まあもう何が少なくて多いのかよく分かんないけどな」

 スマホで音声認識をしても、そのカタカナが表示されるだけでよく分からない。

 まあ私が当初思ったカードゲームの単語とかなら、こういう音声認識では出ないだろうし。

 とはいえ、カードゲームの単語なら『と』とか『に』とか言わない?

 あーぁ、上手くいかないなぁ、と思っていると、郁恵が、

「また将暉に頼ってみる? 図書館に行ったらいるんじゃない?」

 坊主メガネの杉咲将暉か。

 アイツは普通にジャップオスだから頼りたくないけども、とはいえジャップオスの中ではまあ見所のあるヤツだけどもな。

 う~ん、でもジャップオスではあるからなぁ……と思った時、私は一つ浮かんだ。

「これ、ジャップオスの最悪行為なんじゃないか?」

「ジャップオス……って何?」

「あ、男子の最悪行為」

「男子の最悪行為って?」

「今さっきさ、ラタトゥイユという郁恵的には聞き慣れない単語があったでしょ?」

「うん、ラタトゥイユは今日初めて聞いたよ」

「ラタトゥイユはフランス語なんだけども、もしかするとあの男子たちが言っていた言葉って海外の言葉なんじゃないかな?」

 私がそう言ってみると、郁恵は腑に落ちた面持ちをしながら、

「それはありえるかも、それも英語とかじゃなくてもっと馴染み無い外国語」

「そうそう、だから単語で、しかも種類が少なかったんじゃない? 知っている単語が少なくて」

 すると郁恵は納得いっていないように唸りながら、

「外国語なのは分かったけども、何で種類が少ないんだぁ?」

 ここにそのジャップオスのジャップオスたるゆえんがあると予想される。

 でもきっと合っていると思う。

 それは、

「下ネタ、なんじゃないか? だから卑しく笑っているんじゃないか?」

「そ! それだぁぁあああああああああ!」

「だからまあ杉咲将暉に話を聞きに行くのは半分正解かもな、そういう男子にはどう言えばいいか男子目線のこと聞くか」

「じゃあ行こう!」

 私と郁恵は前と同じように、弁当を教室に置いて、図書館に行った。

 いつも通り、折り畳み式のテーブルの角に座って勉強している杉咲将暉がいた。

 今回はまだ時間があったので、郁恵と一緒に歩いてきたので、同じ足並みで杉咲将暉を取り囲むように座った。

 すると杉咲将暉が、

「普通こんな近くに座りませんけどね、席まだまだありますし」

 私はぶっきらぼうに、

「流れで大体分かるだろ」

 と言ってから本題の説明をし、また録音した音声も聞かせると、杉咲将暉がこう言った。

「土倉さんの言った通りですよ、下ネタですね。これは。多分ポルトガル語です」

 郁恵は答えが分かったことが嬉しいのか、跳ねるような声で、

「じゃあこのビッシャー・・・」

「やめてください。口にしないで結構です」

 と割って入るように止めた杉咲将暉。

 余程ダメな単語なんだな、それは。

 杉咲将暉は少し斜め上を見て、考えるような恰好をしてから、

「普通に言えばいいと思います。意味が分かったからキモイって。できるだけキツく」

「というか杉咲将暉が代わりに言うとかないのか? 同じ男子同士さ」

 と私が言うと、杉咲将暉が首を横に振って、

「同じ男子同士とかないですし、そもそもこれは多分女子がキツく言ったほうが刺さると思います」

 確かにそうかもしれないなぁ、と思いながら頷いていると、郁恵が、

「男子って下ネタが大好きなもんなの?」

 と杉咲将暉に直接聞いていて、それは逆にセクハラだろと思っていると、杉咲将暉が、

「みんなではないですけども、そのポルトガル語で下ネタを言っている行為が秘密基地感のある行為という言い回しにするのなら、そうかもしれませんね」

 秘密基地感のある行為か、それなら逆に私でも分かる。夢小説のサイトを運営している人間だから。

 まあ隠れてこそこそ楽しむことは心が躍るということか、でもまあ、

「教室でやるのはキモイなぁ」

「そういうことです」

 と頷いた杉咲将暉。

 まあ多少なりに有意義な答えが聞けて良かったなと思いつつ、私と郁恵はその足で依頼人の教室に直行。

 すると依頼人も教室の隅の陰キャジャップオスもいたので、依頼人の注目を向けさせてから、陰キャジャップオスに対して、

「ポルトガル語で下ネタ言ってんじゃねぇよ、こっち録音してんだからな、犯罪じゃね? キモいんだよ」

 と流れで、つい私が感情たっぷりにそう言ってしまうと、陰キャジャップオスは平謝りをした。

 事件は解決したので、依頼人には先生に報告してもらうことにして、さっさと自分たちの教室に戻ることにした。

 依頼人が手のひら返しして、こっちを賞賛してくれる言葉は聞いてられなかったから。

 やっぱり私は人間が嫌いだ。

 でも郁恵のことは別にそうでもないかもしれない、って、脳内で勝手に言い訳してしまうところがもう本当にそうなのかもしれない。

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