サンデーのカフェ 再び
「出かけてみようかな、晋太郎」
つぶやくように言ったその瞬間、 充電完了のピピッという音とともに、視界の右奥に光の残像がにじむ。
そして──あの焼きそばみたいなカールヘアが現れる。
「へえ、土曜の朝に出かけようなんて……誰?俺の知らない白葵ちゃんじゃん」
「……そうかも」
壁にもたれて足を組んでいる晋太郎は、いつものように軽口をたたきながらも、どこかほんのり嬉しそうだった。
「で、行き先は?」
「まだ決めてない。ただ、昨日……ちょっとだけ、佐川くんと話した」
「おう、進展あったんだ?」
「……ないけど、別に何もなかったけど、でも……なんか、昨日の帰り道、自分がちょっと違う人になった気がした」
「いいじゃん。昨日と今日で、ちょっとずつ違う白葵になる。成長してる証拠だな」
「成長……ねえ、そうかな」
「じゃあ、今日は“出かけられる白葵”ってことで、バージョン1.1ってとこだな」
私はソファ代わりの毛布の山から立ち上がると、クローゼットを開けた。 目に入るのは、くすんだ色のトップス、何度も洗って生地がやわくなったデニム、そして買ったことすら忘れていたライトグレーのカットソー。
「……まあいいか。行ったことが勝ちって、あんた言ってたしね」
晋太郎が片目を閉じてウインクする。
「名言メーカーだからな、俺」
玄関のドアを開けると、外はもう秋の空気だった。 ちょっとだけ冷たい風が、首筋をくすぐる。
駅前の再開発エリアにできたチェーン系カフェ「ルファポリス」
カップから立ち上る湯気を、ぼんやりと見つめながら、美晴はスマホの画面をスクロールしていた。 通知が来るたびにちらと目をやるが、内容は大したことじゃない。 ──今日、話すことを整理するつもりで来たはずだったけど、いざ言葉にしようとすると、なんだか難しい。
入り口のドアベルが、やわらかく鳴った。 顔を上げると、佐川が少しだけ気まずそうに笑って、手を挙げていた。
「来てくれて、ありがとう。木曜の続き、みたいな感じだね」
「……そうですね。あの時から、なんか……話したいことが増えちゃって」
佐川は軽く頭をかいて、美晴の向かい側に座る。 まもなく注文したドリンクが運ばれてきて、ふたりの間には小さなテーブルだけ。 背もたれに体を預けると、空気が少しずつ和らいでいくのがわかった。
「白葵さん、最近ちょっと変わってきたよね。嬉しいって思う反面、心配になることもあるの」
「僕も同じです。前より、ちゃんと顔を上げてるというか……自分の言葉で話そうとしてる感じがして。でも、少し急ぎすぎてる気もして」
「うん。頑張ってるの、すごく伝わってくる。だけど、ひとりで全部背負わないでって、言いたくなる」
美晴が、小さく笑った。 どこか、自分にも言い聞かせているような、やわらかい表情。
「……だから、焦らず見守ろうって。木曜もそう話してたよね」
「はい。……でも、白葵さんのことを考えていたら、自分も何か変えたくなってきて」
「……私も。白葵さんだけじゃなくて、自分自身のことも」
ふと、視線が合う。 そこにあるのは余計な感情じゃない。静かな、共感。 同じ何かを見て、同じように感じている──それだけで、十分な気がした。
「こうして話せる場所があるって、ありがたいです。会社だと、どうしても言いにくくて」
「わかる。誰かとちゃんと話すって、エネルギー使うけど、終わったあとは少し安心するよね」
「はい、ほんとに。……また来週も、こうやって話せたら、嬉しいです」
「うん。またここで」
ふたりはグラスを傾けた。 午後の陽光が、テーブルの上にやわらかく差している。
その瞬間──ドアのベルが、再び鳴った。
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