凍てつく水曜日
水曜日の朝。
アラームの音にまどろみから引き戻され、白葵は無意識のうちに手を伸ばしスマホの画面を伏せた。
眩しい光が目に入るのを避けるための反射だった。目の奥はまだぼんやりと霞み、身体のだるさは全身を包んで離さない。どこか熱く、どこか重くて、抜け出せない疲労感が染みついていた。
(……行きたくない)
声に出すことはできず、ただ心の中で繰り返すだけだった。
ここ数日、少しだけ前に進んだ気がしていた。鏡の前で髪を整え、制服にアイロンをかけ、いつもより少し丁寧にメイクもした。外に出るのが怖くなかっ
たわけじゃない。だけどその怖さを押し込んで、無理やり歩き出せた自分がいた。
けれど、今日は違った。今日は何もできなかった。
そういえば水曜日はこうなる前も疲れ切ってばかりだった。
朝食は抜いた。髪は束ねたまま。
制服は無造作に着て、アイロンをかけていない二軍のもの。
顔には日焼け止めと眉だけを描いて、あとは何もしない。
それが、今の私にとっての「社会の輪郭に触れないための最低限のカモフラージュ」だった。
それでも、会社に行くことだけはできた。
それだけで、よくやったと言ってもいいのかもしれない。
昼前、給湯室の前でぼんやりと立っていると、どこからか軽やかな声がかかった。
「白葵さん、お疲れさまです」
振り返ると、美晴が両手に大量のコピー書類を抱えて、忙しそうに立ち働いていた。
「なにか、手伝いましょうか」
言葉が自然に口からこぼれたのは、自分でも驚いた。心のどこかで、ただ無でいたかっただけなのに。
美晴は驚いたように一瞬こちらを見て、そして柔らかな笑みを浮かべた。
「今日はなんだか疲れてる顔してるよ? 大丈夫?」
疲れてる顔──それはいつもなら、鋭い刃のように刺さる言葉だった。
しかし、美晴の言い方は違った。まるで単なる天気の話をするかのように、批判や評価ではなくただの“観察”として。
だから、不思議と胸にすっと入ってきた。
「大丈夫です。動くより、止まってるほうがきついんで」
白葵はそう答えて、彼女から書類を受け取った。自分でもどこか「それっぽいことを言ったな」と思いながら。
美晴は軽く肩をすくめて、ニコッと笑う。
「疲れてるときこそ、気分転換にちょっと話そうよ! ね、今からランチ行かない?」
白葵は少し戸惑いながらも、うなずく。
「うん、ありがとう」
美晴はその笑顔のまま去っていく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます