第35話 悪役聖女とサン・マドリアの夜明け

 太陽の騎士団の乱入は、まさに圧巻の一言だった。

 彼らは、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う「アルカナの天秤」の構成員たちを、熟練の動きで、しかし容赦なく、次々と制圧していく。仮面の男こそ取り逃がしたものの、地下工場は、あっという間に沈黙した。


 私は、その光景を呆然と見つめながら、ガウェイン団長の元へと歩み寄った。


「団長。なぜ、あなた方がここに?」


 私の問いに、巨漢の騎士団長は、恭しく膝をついた。


「はっ。アルフォンス殿下からの、緊急指令であります」

「殿下からの……?」

「はい。殿下は、聖女様が危険な調査に向かわれることを見越し、我々太陽の騎士団に、いつでも出動できるよう、王都近郊にて待機せよとの命令を下されておりました。そして、先ほど、聖女様がお持ちの『王家のお守り』から緊急信号が発せられ、我々が直ちに駆けつけた次第にございます」


 その言葉に、私は絶句した。あの王子、ただ私を悪夢から覚醒させてくれただけではなかったのだ。私の身に危険が迫ることを予測し、事前に軍を動かすという、王族としての最大級の権限を、的確に行使していた。


(……あの空っぽ王子が、いつの間に、こんな手を打てるようになったの……)


 驚きと、ほんの少しの感心。そして、素直に感謝できない、複雑な気持ちが胸の中で渦を巻いた。


 その後の事後処理は、迅速に進んだ。クロードは、拘束した構成員たちを尋問し、現場に残された資料を分析し始めた。やはり、彼らの目的は「眠り病」の患者から夢や活力を集めることだったらしい。そして、集められたエネルギーは、破壊されたオベリスクを通じて、どこかへ転送されていた、と。その転送先までは、末端の彼らでは分からないようだった。


 ライナーは、仮面の男が取り落としていった「黒い宝玉」の破片を拾い上げていた。それは、空間を瞬時に歪めて転移するための、非常に高度で危険な、古代の魔道具であるらしかった。


 そして、夜が明ける頃。サン・マドリアの街に、奇跡が起こった。呪いの元凶であるオベリスクが破壊されたことで、深い眠りに落ちていた人々が、次々と目を覚まし始めたのだ。

 街は、歓喜の渦に包まれた。私達は、街を救った英雄として、商人ギルドから最大限の感謝と称賛を受けた。だが、私の心は、晴れなかった。幹部は取り逃がし、敵の真の目的も、エネルギーの転送先も、何一つ分かっていない。本当の意味では、何も解決などしていないのだ。


 王都へ戻る前夜、私は、アルフォンス殿下から渡された通信魔道具を起動した。水晶に、彼の姿がぼんやりと浮かび上がる。


「……リディアか。報告は、騎士団から聞いている」


 その声は、相変わらずぶっきらぼうだった。


「……此度のこと、感謝いたしますわ、殿下。あなたの手配がなければ、危ういところでした」


 不本意極まりないが、礼は言っておく。それが、貴族の流儀というものだ。


「……当然のことをしたまでだ」


 彼は、ふい、と視線を逸らした。


「それより、お前は……無事、なのか」


 その言葉に、どきりとする。それは、紛れもなく、私個人の身を案じる響きを持っていた。

 私は、動揺を隠すように、早口で報告を続けた。仮面の男のこと、エネルギーの転送先が不明であること。

 殿下も、事態が想像以上に深刻であることを理解したのだろう。彼は、力強く言った。


「分かった。俺の謹慎が明けるのも、もう間もなくだ。その後は、俺も、表立って動ける。必ず、その『天秤』とやら、尻尾を掴んでやる」


 その言葉は、もはや上辺だけの「補佐役」のものではなく、共に戦う「運命共同体」のそれだった。


 通信を終えた後、私は、宿の窓から、活気を取り戻したサン・マドリアの夜景を見下ろした。

 一つの事件は、終わった。だが、その向こうに、より巨大で、深い闇が広がっているのが、朧げに見える。


「アルカナの天秤」の真の目的。暗躍するヒロインの正体。そして、私という「影の器」に課せられた、本当の役割。

 多くの謎と、次なる戦いへの決意を胸に、私は、港町に吹く、新しい時代の風を感じていた。

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