編み始めは5月

茶村 鈴香

編み始めは5月

連休明け


腰まであった

ストレートの髪を

ためらいもなく君は

切ってきた


肩の少し上で

揃えられた黒い髪

「もう乾かすのが楽で楽で」

笑っている


髪も背筋もまっすぐな

後ろ姿が好きだった

追いかけてふざけて

抱きしめた


エスカレーター式に

上の女子大に進む私

君は新天地を求め

国境まで越えて進学する


「何かと手軽がいいからさ」


さびしいとか

うらやましいとか

すごいなぁとか

おいていかれるんだとか


ひととおりのぐずぐずの

私の感情みたいなものは

すぱん、と断ち切られる

君の長い髪と共に


語学を極める為でもなく

研究に勤しむ訳でもなく

ただ ちょっと違う座標から 

景色を見たいと君は言う


「バックパッカーみたいなもの

帰ったら就職先なんてないよ

でも先の事より

いまどうしたいか考えてる」


おかっぱになって

色白の頬はほんのり紅くて

幼く見える横顔の

瞳だけは確実に大人びてる


「私は女子大行ったら 髪に

ローライトとハイライト入れて

スリット入ったロングタイト

ルブタンのヒールで歩く」


「ねぇ それもう古くない?」


「いまは 多様性とか言ってさ

街歩いてみ 流行りものの定義

ぐちゃぐちゃだよ」


「とりあえずこの制服の要素を

全否定したいのは分かる」


何がなんでも膝下丈とのスカート

くるぶし丈ソックスは白か紺

くるみボタンのついた

花紺のブレザー


ブレザーの背中沿いの長い髪

ゆっくり話す低めの声

3年未満 恋してたなんて

絶対言わない


北米より北の国に行く君

首筋が寒くて後悔するかもよ


あと3か月以上 あるか

くすんだ赤なら似合いそう

女友達が編むマフラーなんて

気持ち悪いだけかな


連休明けて暑くなってきた

クーラー入れて

ちくちくしないアクリル毛糸で

無心に二目ゴム編み


涼しくなる頃 旅立つ君に

ラッピングもしないで

風邪引くなよって渡すため

無心の二目ゴム編み


3年未満 恋してたなんて

絶対言わない

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編み始めは5月 茶村 鈴香 @perumi

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