第15話 ポン助の秘密と国王の罠
王城の一室、国王の執務室。国王は不機嫌そうに書類を睨んでいた。机の上には、勇者召喚のために国民から特別に徴収した予算の報告書が散乱している。その横には、無数のスキルカードが山と積まれていた。彼が国民の税金をスキルカードのガチャに使っていることは、その苛立ちの中で仄めかされている。
「勇者が見つからんとはどういうことだ、ポン助! わしがどれだけこの計画に金をかけたと思っている!」
国王は、目の前で平伏している一匹のタヌキ獣人に怒鳴りつけた。その獣人こそ、へっぽこ召喚士ポン助だった。国王の怒声に、ポン助のタヌキの耳はびくりと震え、尻尾は情けないほどに垂れ下がっている。
「も、申し訳ございません、陛下! 勇者様は確かに召喚陣に一瞬、そのお姿を現しましたが、すぐに消えてしまい……! このような現象は、前例がございませんで……! わたくしめは勇者様を見失ってしまいました……」
「言い訳など聞きたくないわ! お前は無能だ! この安上がりな召喚で、わしの計画は台無しだ!」
国王は立ち上がり、書類の束をポン助に投げつけた。その足元で、無数のスキルカードが音もなく砕け散った。
「くっ……安上がりだからって、この仕打ち……」
ポン助は内心で恨み言を呟いた。彼には、召喚の功績を立てて、憧れの「彼女」を作るという個人的な野望があった。それが、この国王の身勝手な振る舞いで潰えようとしている。
「貴様のような無能はもういらん! この王城から叩き出せ!」
国王の命令で、ポン助は屈強な衛兵に引きずられ、王城の外へと追放された。
路頭に迷ったポン助は、森の中を彷徨っていた。真面目な性格ゆえに、国王に捨てられた事実が彼を深く打ちのめす。タヌキの耳はしょんぼりと垂れ、尻尾は力なく地面を引きずる。彼の頭は必死に回転していた。(どこかで、安寧に暮らせる場所はないか。あるいは、再び功績を立てられる機会はないか。あわよくば、可愛い女の子がいて、僕の偉業にうっとりしてくれるような……)彼はへっぽこ召喚士であると同時に、ずる賢さも持ち合わせていた。
その日の夕暮れ、ポン助は煙の匂いに気づいた。森の奥から漂う香ばしい匂いに、彼の腹がグゥと鳴る。警戒しつつも、匂いの元へと近づくと、そこには焚き火を囲む二人の人影。一人は青年、もう一人は幼い少女だった。
ポン助は物陰に隠れ、息をひそめた。焚き火の明かりに照らされた青年の背格好は、召喚陣に一瞬現れた時に、ちらっと見えた姿と重なるような、かすかな既視感を覚える。そして、その隣にいる幼い少女からは、確かにあの魔王の、しかし今は弱々しい気配が感じられた。(もしかして……あのときの勇者様と、まさかあの魔王が……こんなところで、仲良く飯を食っているのか!?)ポン助の頭の中で、混乱が渦巻く。目の前の穏やかで平和な光景は、ポン助の知る『魔王』や『勇者』、そして彼が想定していた「勇者による魔王討伐」とはかけ離れていた。
だが、空腹でよろめいたポン助の足元から、乾いた小枝がパキリと折れる音が響いた。
「誰だ、そこにいるのは」
大介の声が響き、ポン助はびくりと肩を震わせた。隠れていた木陰から姿を現すと、大介は優しそうに微笑んだ。彼の目は、ポン助の疲れ切った様子と、泥だらけの服を見て、その困窮を察したのだろう。
「大丈夫ですか? 何か困っているようですが」
大介は、困っているポン助を放っておけなかった。彼は、見知らぬ異世界で、困っているタヌキ獣人を見捨てるほど冷たい人間ではなかった。大介は温かいスープを振る舞った。ポン助は警戒しつつも、差し出された器を受け取った。一口スープを口に含むと、その美味しさに、彼の目から大粒の涙が溢れ落ちた。
「うっ……うまいっス……!」
ポン助は嗚咽を漏らしながら、スープを飲み干した。大介のプロ以上の料理と、玉藻たち、そして小さな少女が加わった奇妙だが温かい雰囲気に安堵し、これまでの疲労と絶望が溶けていくのを感じた。
彼は、国王の横暴や、勇者召喚の裏側について、彼が知り得る範囲でぽつりぽつりと話し始めた。
「……あの人、国の金で、カード引きまくってたっス……。僕にも、黙ってろって言って……」
大介はそれをマイペースに聞き流す。
「そりゃ、大変だったな。でも今はもう大丈夫だ」
玉藻はポン助の言葉に、納得したように頷いた。
「なんや、やっぱりあんた絡んでたんか……」
玉藻はそう言い放ちながらも、ポン助の様子を興味深そうに見守っていた。彼女の内心では、新たな駒が増えたと計算しつつも、ポン助の純粋さに呆れている自分がいた。
ポン助は、スープの温かさで満たされた腹をさすりながら、意を決したように頭を下げた。
「あの、もしよろしければ……この旅、わたくしめも、お、お供させていただけないでしょうか!?」
彼の尻尾が、期待に震える。国王に見捨てられた今、この温かい焚き火のそばに居場所を見出したいという、切実な願いがそこにはあった。
大介は、ポン助の真剣な眼差しに、一瞬考えるように黙り込んだ。そして、ふわりと笑った。
「いいですよ。ただし、ご飯は自分で用意してくださいね。あと、何か困ったことがあったら、頼りにしてますよ、召喚士さん」
「へいっ!」
ポン助は感激で涙ぐんだ。これで、再び安寧な生活が送れるかもしれない。
安心したせいか、あるいは旅の疲れが限界だったのか、ポン助の目がとろりと落ちてくる。彼はこくん、こくんと舟を漕ぎ始め、やがて糸が切れたように、大介の膝にコテン、と頭を乗せた。
「……あ、おい」
大介は思わず声を上げたが、ポン助はすでに規則正しい寝息を立てている。そのタヌキの尻尾が、大介の膝の上で安堵を示すように、小さく、しかし確かな幸せを表現するように、ゆっくりと、しかし確実に、ふわりふわりと揺れている。
玉藻は、その光景を横目でじっと見ていた。(なんやの、この人間。また余計な好かれ方して)彼女の銀色の瞳には、呆れと、そしてごく微かな、無自覚の不機嫌さが宿っていた。
玉藻は、不機嫌そうな顔で、眠りこけるポン助の頭を、ごつん、と軽く小突いた。
「あんたの寝床ちゃうわ、そこ。テント、そっちや」
ポン助は「ひ、ひぃっ!?」と情けない声を上げて飛び起き、額を押さえた。玉藻を恨めしそうに睨むが、次の瞬間、大介の優しい眼差しと、温かい焚き火の光景を見て、ふっと安堵の息を漏らした。
彼の目にはまだうっすらと涙が浮かんでいたが、口元は嬉しそうに緩んでいる。まるで泣き笑いのような顔だった。
(なんで……僕なんかが、こんな力……?)
ポン助のモノローグが、自身も謎に感じている力を示唆する。
大介がふと、ぽつりと呟いた。
「小動物にまで懐かれるとは……俺、もしかしてけっこう魅力ある?」
玉藻が彼の言葉に「調子乗んな」と呟きつつ、頬を染めているのを見て、ポン助は小さく笑った。
ポン助は、旅の空を見上げ、独りごちた。(あれ……なんでやろ……あの子のこと、思い出しても、胸がなんとも動かないっス……)
この旅は、これからどうなるのだろう。ポン助の心に、これまでになかった微かな希望が芽生え始めていた。
——新たな仲間を得た旅は、少しずつ世界を変えていく。
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【魔王のわるだくみノート】
フン! 人間め、また余計な奴を拾ってきたな! ポン助とかいうへっぽこタヌキ、国王に捨てられたとか、しょーもないにも程があるわ! まあ、ワシの新たな魔王城を作るためなら、使えんこともないか。こいつのへっぽこな情報網も、案外役に立つかもしれんな! それにしても、この人間、ワシの膝の上でタヌキに寝られるなんて、ほんまアホやな。ワシの隣はワシの特等席やのに。まあ、このわるだくみ、誰も邪魔させへんしな!
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次回予告
フンッ! 人間め、また余計な奴を拾ってきたな! ポン助とかいうへっぽこタヌキ、国王に捨てられたとか、しょーもないにも程があるわ! まあ、ワシの新たな魔王城を作るためなら、使えんこともないか。こいつのへっぽこな情報網も、案外役に立つかもしれんな! 次はいよいよ、ワシの昔のへっぽこな部下たちが登場やで! あんまりワシを困らせんといてほしいもんやな!
次回 第16話 希望の光、集う獣人たち
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