第4話 美食の誘惑と変身の片鱗
旅の途中、大介と玉藻は、珍しいキノコが自生する森に立ち寄った。木漏れ日がダンスを踊るように揺れ、ひんやりとした風が頬を撫でる。土と湿った木の葉の匂いが混じり合い、どこか懐かしいような香りが鼻腔をくすぐった。足元には苔むした石が点在し、鳥のさえずりが遠くで聞こえる。
「へえ、これは……ヤマドリタケモドキに、コウタケ、それにアミガサタケまで!」
大介は目を輝かせ、プロの知識で次々と珍しい食材を見つけ出す。彼の目は獲物を狙うハンターのそれだ。玉藻はそんな大介を呆れたように見ていた。
「人間、キノコ拾いなんかでそんなに喜ぶなや。しょーもない」
そう言いながらも、玉藻の視線は、大介が見つける色とりどりのキノコに吸い寄せられていた。
日も傾き始めた頃、大介は採れたてのキノコと、持参した鶏肉を使ってシンプルな料理を振る舞った。焚き火のパチパチと爆ぜる音が心地よい。湯気が立ち上る土鍋には、キノコと鶏肉がたっぷり入ったスープが煮込まれている。香り豊かな出汁の匂いが、玉藻の食欲を刺激する。大介はキノコを調理する前に、その色と匂いを慎重に確認する。(色と匂いから推測するに、たぶん毒はない。野生のキノコは慎重に扱うべきだが……今は背に腹は代えられない)
玉藻は「別に、うまそうとか思ってないからな!」そう言いながら、大介が差し出した木の器を受け取った。一口スープを口に含むと、玉藻の舌に、鶏の旨みとキノコの香りが爆ぜるように広がった。まるで、舌の上で魔力が舞っているような感覚だった。彼女の瞳が大きく見開かれた。
「う、うまいやんけ……!」
熱気を帯びた吐息が、わずかに大介の肌を掠める。玉藻は夢中になって食べ始めた。夢中でキノコを頬張るうちに、彼女の頬に、小さなキノコのカケラが付いてしまった。
「ああ、玉藻、ここに付いてるぞ」
大介がそう言って、何気なく指先で玉藻の頬に触れ、キノコのカケラを取ってやった。その瞬間、玉藻の体が、微かに震える。玉藻の身体から、微かな光が漏れ、まるで小さな火花が弾けるように、変身ゲージが急上昇するのを、大介は確かに感じた。玉藻は「あれ? なんか体がムズムズするんやけど…?」と、無自覚ながらも変身の兆候を感じて、落ち着かない様子だった。玉藻のモノローグに「(……この体の熱、魔力のせいか? それとも……まさかな)」という恋と混乱の狭間のつぶやきが挿入される。
その時だった。
「ふっ…!」
玉藻は突如、まばゆい光に包まれた。今回は、光と共に、彼女の身体を構成する魔素が、甘く、誘うような、微細な粒子となって舞い上がり、周囲の空気を震わせた。大介は思わず目を細める。光が収まった時、そこにいたのは、先ほどの幼女ではない。銀色の髪を夜闇に溶かすように長く伸ばし、妖艶な瞳で大介を見つめる、大人の女性の姿だった。
(……やばい、今の玉藻、綺麗すぎて、目が離せねぇ……)
大介のモノローグが、動揺と美しさへの感情を足す。
「え、な、なになにこれ!? どないなってんの!?」
玉藻自身も何が起きたか分からず、動揺を隠せない。彼女の口調は、ロリ姿の時の関西弁とは異なり、どこか神秘的で、それでいて冷静だった。
(……また、や。これで二回目……やっぱり、あの料理のせいか……?)
玉藻のモノローグが、経験値の蓄積を明示する言葉として追加される。(見ろ、かつては魔獣に支配されていたというのに……この安寧よ)玉藻の意識の片隅で、魔王としての記憶がかすかに揺らめいた。かつての荒廃した世界を知る彼女にとって、この森の静けさは、まさに奇跡だった。
「玉藻、なのか?」
大介が呆然と呟くと、大人の玉藻は小さく頷いた。その姿は、ロリ姿とは比べ物にならないほど、圧倒的な存在感を放っていた。
「私の力は、この姿の時にこそ真価を発揮する」
大人の玉藻はそう言って、周囲の空気が金色に震えるような魔力を放つ。大介はその圧倒的な力に驚きつつも、目の前の妖艶な玉藻に戸惑いを隠せない。大人の玉藻は、ロリ姿の時のツンデレとは異なる、どこか余裕のある微笑みを浮かべている。
(この姿、なかなかええやんけ……。王様どもに土下座させる準備、今から始めたろか。)
大人の玉藻は、内心でそう計算していた。この姿であれば、国王への復讐も、新たな魔王城の建立も、より具体的に計画できるだろう。だが、同時に、大介の鈍感な対応に、やきもきする自分がいた。
「玉藻、すげえな。……って、え、どうしたら元に戻るんだ?」
大介の言葉に、大人の玉藻はため息をついた。
「フン。それは、いずれ分かることや。今は、このワシの力を存分に利用することやな」
彼女はそう言い放ち、再び森の奥へと視線を向けた。
——魔王の力が、今、新たな形で目覚めようとしていた。
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【魔王のわるだくみノート】
フン! 人間め、まさかワシの力がこんな風に戻ってくるとはな。この人間の料理、案外ワシの力に影響しとるんか? まあ、おかげで真の姿に戻れたし、感謝したるわ。この姿やったら、もっと色々わるだくみもできるしな。アホな人間が、ワシの掌で踊っとるん、見てるの、なかなか面白いやんけ。
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次回予告
フンッ! 人間め、ワシの真の姿にビビってたな! 当然やろ! この玉藻様が、いつまでもロリの姿でいると思ったんか? まあ、あんたの料理が、ワシの力を引き出すきっかけになったのは認めてやる。感謝しいや! 次は、しょーもない村長と、ポン助のしょーもない料理バトルやで! ワシの人間、まさか負けへんやろうな!
次回 第5話 ポン助の悲劇と再会
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