34話 無闇に近づくな……食われるぞ

【アンネリースの視点】



 無目的に始まってしまった私たちの買い物だったが……次は、新しく出来たオペラハウスに向かって歩いていた。


私が知らない間にテレーズは演劇に興味を持ったらしく、「外観だけでも一度見たい」という事だった。


もはや買い物では無く観光になっていたが、久しぶりの外出は楽しく、あっという間に時間が過ぎていた。


 私の横を歩くシアンの黒髪のツインテールに、落ち始めた日が一瞬、反射する。


“彼女”の顔は少し下を向いていて、少し影が落ちていた。


「シアン……。いまさらですが、連れ回してしまってごめんなさい。……退屈じゃないですか?」


 驚いたように一瞬肩を振るわせたシアンが返事をする。


「い、いや……。べ、べつに退屈では無いし、ボクは楽しいよ?」


「そうですか? それなら良かったのですが……」


「そ、そう……。良かったです……」


 彼はどこか落ち着きが無かった。


 カフェに行ったあたりからシアンの様子がおかしいと思ってはいた。


私と目線を合わせるたびに逸らす……。どことなくよそよそしいように感じる。


 まだ話をしたかったが、シアンの様子に次の言葉が出なかった。


 ラケルは姿を現さず、『伝想』を私にする。


『ですから……「冷静に」とお伝えしましたのに……』


 私は無駄な反論をする。


『……だって……ネリだって、シアンに服を着せたりしてたじゃない』


『それでもネリ様は、一緒に試着室に入ったりはしませんでしたよ』


『それは……そうですけど……。でもシアンが心配で……』


『それだけではありませんよね……?』


『それは……まあ……今となっては否定はできませんが……』


『それでも、シアン様は一切拒否はされませんでした。でもだからこそ、アンネリース様が踏み込んでしまったのでしょうけど……』


『あるいは……「優しさは罪」とも言えるのかも……』


『それは……アンネリース様も同じですよ?』


『そうでしょうか……』


 私がラケルと心の中で会話をしていると、シアンはバベットに話しかけていた。


「バベットって、いつも重そうな荷物を抱えているけど、それって何?」


 バベットは、黒のゴシック調の肩掛け鞄を庇うようにして言う。


「その無遠慮に私をねぶるような視線……やはり元男。その心に秘められた魔物が疼くのか……。しかしシアン……。“それ”とか言うな。ここに居るには私の愛する“ガスパール”」


 シアンが疑問を浮かべる。


「ガスパール……?」


 シアンの後ろのネリがそれに答える。


「ガスパールは食虫植物。しかしその本質は、魔導生命体。要は化け物。だからシアン。無闇に近づくな……食われるぞ」


「え? 食われる!? 食虫植物に??」


 ——そのシアンたちの会話を見て、私は心の中で大きなため息をつく。


 なぜなら今私は、シアンと楽しく話すネリとバベットを見て、少しの嫉妬を感じたからだった……。


 そしてラケルに伝想し、弱音を漏らす。


『いやになってしまいそうだわ。……自分のことが』


 ラケルの応答がある。


『しかたがありません。なぜなら……それが恋だからです』


『だから……私の感情に名前を付けないで……』


『もう隠さずとも……すべてが漏れ出ているような気がしますが……』


『え? だとすると……もしかして、他の人も気づいているの?』


『どうでしょうか? テレイズ様とバベット様は気づいていらっしゃいませんが……。ネリ様はもしかすると……』


『ああ……。たしかにネリは、そうかもしれないわ……あの子は勘が鋭いから。だとすると……シアンにも?』


『シアン様について分かりません……。しかし、更衣室のあとから様子が変わったことを考えると……。何か思われることがあるのかもしれないですね……。しかし拒絶されていないのも事実です』


 それを聞いてさらに混乱が増した。


自分の混乱を改めて突きつけられたと気づいた。


シアンへの想いが全て混ざり合って、感情の渦が私の胸を掻き乱した。


 ……苦しい。……痛い。——どこまでも。


……それでも、とても甘い。——涙が出るほどに……。


 だから、私は決心した。


『分かりました。ここで何かを考え続けても意味がないということが……。だから私は、シアンを夕食に誘おうと思います』


 ラケルの声の音程が跳ね上がった。


『え……? 「だから?」 シアン様を夕食に?』


『はい。だから、夕食に……』


『どうしてそうなるのでしょうか?』


『諸々悩んでもしかたがないから、やはり私は正直にあるべきだと思うわ。だから……このまま進んで、砕け散っても……それで納得できるかも』


『なるほど……。アンネリース様らしい考え方とは思いますが……でも、「砕け散られて」は私はこまりますが』


『ええ。ともかく、私は”彼女”を夕食に誘います』


 そうして私が心の中で覚悟を決めると同時に、一同の中から歓声が上がった。


「わぁ素敵! アンネお姉様! 今度こそ、ここでわたしくしとラブラブデートを!」

「なんてデカさ……。ここなら1ヶ月の籠城戦もこなせるな……」

「シアンは見たことあるのか? オペラ? ちなみに誘っている訳じゃない。不必要に欲情しないで欲しい」

「欲情してないけど……。オペラなんて見た事ないよ。でも……すごくゴージャスな建物だね……」


 私も目を上げると、新しく建ったオペラハウスが見えた。


 大理石でできたそのゴシック調の建物は華美だが、重厚で壮観だった。


そして、その屋根に立つ金色の裸の妖精の彫刻は、指先を天に向かって高々と掲げていた。


 その彫刻の意味するところは分からなかったが、オレンジ色の日の光に彩られたそれは、輝いて見えた。

 

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