20話 私は気づいてしまいました……
バンシィを睨み、魔法を編む。
——【Vapor Howl / Nebulis】
(
目前の銀色のルーンが、濃い魔法の蒸気により、一瞬でフェードアウトする。
両腕から、圧縮された蒸気を繰り出す。15発、20発、23発、繰り返す。
バンシィが大鎌を振るう。僕が放った蒸気の連打と、それが交差した。
白い放流が爆発を繰り返し、方々で散る。獣の咆哮のような音が、空気を切り裂いた。
ボクは地面に降り立って、見上げた。
『爆蒸の咆哮』を受けたバンシィは、上半身を大きくのけ反らせていた。
バンシィの巨体が完全に硬直した。
灰色の空とバンシィの黒い影の中で、ゾアライトが赤黒く輝く。
サロメの声が、湿度の高い空気を
「今よ!! バンシィのゾアライトを貫いて!!」
「分かった!! これでッ!!」
僕は今までで最も大きなルーンを、空間に刻み込んだ。
——【Fallen Heaven Ray / Nebulis】
(
腕と腕を、内側で合わせ、手を開く。
ルーンが回転をはじめ、銀色の渦を描く。
手のひらの直線上に、蒸気が集まる。
『蒸気の柱』が突き上がる。雲に届くほどの長さになる。
だがその一瞬、バンシィのゾアライトが光る。バンシィの目と僕の目が交差した。
バンシィの暗い瞳に確実な殺意が漂っていた。……もしかして『爆蒸の咆哮』が浅かったのか?
しかし、そんな僕の逡巡を破壊するように、魔法で圧縮された蒸気が一気に
『蒸気の柱』は、一瞬で真っ赤に破裂した。
雲まで深紅に染まる。
象の断末魔のような爆音が、ボクの身体を揺らす。
一瞬バンシィの影が、揺らいだような気がした。でも次の瞬間、蒸気の嵐がすべてを呑み込み、僕の視界がもやで包まれた。
グレイの
霧のカーテンがゆらりと揺らいだ。ボクは悪寒を感じた。
同時に、霧の中で何かが光る。
「!?」
とっさに、5m飛び上がった。
空中の僕の足の数センチ下を、バンシィの大鎌が通り過ぎる。
突風により、ボクは空中で吹き飛ばされた。
「くッ!!!!」
何度か宙返りをして、着地する。
霧が晴れて、バンシィの姿を見る事ができた。
彼女の右の大鎌は、ボクの『
「完全に攻撃が読まれている!!」
サロメが言う。
「やはり戦闘経験は”バンシィ”……というか”アデル”の方が、私達より上ね。まあ今回の戦闘は、シアンと私の『初体験』みたいな物だから、しかたないかしら?」
ボクは、バンシィの赤黒いゾアライトを睨んで言う。
「もう一発……今の『レーザーみたいな魔法』を撃つしかない」
「それは良いけど……でも『穿天の獄熱の軌閃』は、普通の魔導士が使えば一発で
「あ、あれってそんなにヤバイ魔法なんだ」
「ヤバいわ。あの魔法は、街の城門すら一撃で溶解する威力よ。……だから、今の一発でシアンの
ボクは“少女の声”で素っ頓狂に驚く。
「14%も!? じゃ、じゃあ……あと何発かしか打てないの??」
「そうよ。シアンが『穿天の獄熱の軌閃』を打てるのは、あと何発か……。もしそれ以上打つと……
バンシィを見ながら呟く。
「それじゃあ……次の戦闘で、確実にバンシィを倒さないといけないって訳だ。……でも、一体どうすれば良いんだ?」
ボクの疑問に、後ろから少女の声が答える。
「
振り向くとそこには、ネリが佇んでいた。
「ネリ!? 戦えるの!?」
「当り前だ。アンねーさんが守ってくれた。無事に決まっている」
しかしその表情は……どこか硬く……なんか怖かった。殺意すら感じる。
でも、どうしたんだろう……? ちょっと親しくなれたと思ったのに? 機嫌でも悪いのだろうか? それとも、拾い食いでもしたのか?
サロメがネリに質問する。
「ネリが言った“囮作戦”ってヤツ……。アタシも良いと思うんだけど、でもそれって誰がバンシィの囮になるの?」
「もちろん、あたしに決まっている。あたしがバンシィを引き付けてやる」
僕はさらに心配になる。
「ネリ、大丈夫なのか?? さっき怪我したばっかりなのに」
「安心しろ。私はアンねーさんよりも、機動戦が得意だ。私に任せろ。……だから行くぞ。作戦開始だ」
そう言ったネリは、手に持った巨大すぎる震刀を「ぶん」と振るった。
一気に緊張が高まる。
……しかし臨戦態勢になったネリは、思い出したように呟く。
「それにしても、シアン……まじでツインテール美少女。ワンチャン、あたしより美少女。さっきまで、『ノーパンしていた男』とは、思えない……」
「……え……? ノ、ノーパンしてた……? てことは……も、もしかしてネリも……み、見てたの?」
ネリは真顔で、答える。
「うん。……私も、見た……。シアンのやつ……」
そう言ったネリは、僕と真剣な視線を合わせたまま、頬だけ赤くなった。
だから僕も、頬を真っ赤に染めてしまった。完全な『共感性羞恥』だった。
いや……『共犯性羞恥』……?
———
————
——
【アンネリースの視点】
私の頭の中は、『少年のシアン』と『美少女のシアン』の儚い微笑みに、蹂躙されていた。
胸の奥の心臓が、戦闘中であることだけでは説明が付かないほどに、早く打ち鳴らされていた。
頭の中でシアンのふたつの身体が、消えては浮かぶ。
少年のシアンは男性としては華奢で、だから私は彼をどこか頼りなく感じていた。
しかし少女になった彼の美しい身体を見て、彼の男性の時の華奢な身体すら、妖しく思えた。
少女になったシアンの、脚の滑らかな曲線、儚くも存在感のある胸、濡れて青く光る黒髪……それら全てが、私の彼に対する認識を狂わせていた。
しかし同時に私は、ネリが戦線に加わるのをただ座って眺めていている自分を、惨めだとも思った。
私は魔殻兵であり大尉であり、それ以前に、ネリとテレーズの姉だ。
だから誰かを守る事が私の使命であり、責務だと思っていた。
だから私は、今の自分を惨めだと……
しかしそれでも私は甘美な多幸感に溺れてしまう。
どう抗っても私の視線は、戦うシアンの肢体から、目を離せない。
彼の全てが私の心を潰れるほどに握りしめ、私の血と身体を温め続けていた。
『なぜ? なにが? どうして?』という想いが、何度も何度も去来する。
そのように……シアンに知覚の全てを奪われてしまった私に、ラケルが現れる。
片手で胸を抑えた彼女の表情は、どこか苦しそうだった。
「……アンネリース様、私は気づいてしまいました……」
ラケルは一瞬言いよどむ。しかし直ぐに、”意見“を述べる。
「……これは……『恋』……という物では……?」
思わず声が裏返る。
「……え”えっ!?」
顔が赤くなった事が、自分でも分かった。
考えがまとまらず、しかし声は出る。
「そ、そんな、まさか? わ、私が、シ、シアンに?? しかも戦中に??」
ラケルは表情を変えずに頷く。
「……ええ。そうです。アンネリース様が、シアン様に……。しかも、戦闘中に……」
否定する。
「で、でも『彼』は! 『彼女』なのですよ!?」
「落ち着いて下さい。アンネリース様。確かに、シアン様が突然目の前で女性になられて、混乱されているお気持ちは理解できます。なぜならアンネリース様は、『彼』の……その……裸を、確認されたばかりですから……」
ラケルは少し顔を赤らめる。だから私もさらに顔を赤らめる。
動揺がさらに増す。
「そ、それに!! 彼はまだ少年なんですよ??」
「もちろん。知っております……。しかし私からして、いくつか心当たりがあります……」
「こ、心当たり??」
草原に腰を降ろしたままの私は、ラケルの次の言葉に集中してしまう。
ラケルは言葉を確かめるように続ける。
「この際ですから、申しますが……。アンネリース様のマリナ様への想いは……部下と上司を超えるものがあったと、私は愚考しております。……違いますか?」
ラケルのその問いで、マリナ様の凛とした立ち姿がよぎる。一瞬考えるが、しかし答えはすぐに出る。……あれは秘められた恋慕だったと。
「……そ、それに関しては……。私も、そうだと……思います」
「付け加えるとすると……。『義理の姉妹』であるネリ様とテレーズ様とも……。アンネリース様は、『そのような感情』を双方向的に授与されているようなところが……あります。これも……違いますか?」
その事は考えるまでも無かった。私達三姉妹は、ノルヴェナの貧民街で生き残る為に全てを分け合ったのだ。命も時間もそして……恋心すらも……。
「……そ、それについても。そうかもしれません……」
ラケルは結論を出す。
「つまり私は、シアン様がオーバークロックされて女性になられて……アンネリース様を助けられて。……そして何よりも、『どこまでも純粋』にアンネリース様の命を思われて……」
ここで、ラケルは少し言葉に詰まる。
だから私は、思わず彼女を見た。
驚いた。
なぜなら、ラケルの目に涙の様な物が浮かんだように見えたからだ。
しかし、心造妖精であるラケルにそこまでの感情があるとは考えられない。
だからそれは、興奮状態にあった私の幻視なのかもしれなかった。
そしてラケルは言う。
「……シアン様ほど繊細に純粋にアンネリース様を思われた殿方は、私の記憶の中では一人もいらっしゃいません。ですから、そんなシアン様に……心を惹かれない人が、わたくしの主様である筈がありません。ですから、アンネリース様……? 良いのですよ? 正直になられても……」
そのラケルの言葉を聞いて、全てが結びついたような気がした。
『男性だったシアン』と『女性になったシアン』の象が、私の中で一つになり、微笑んだような気すらした。
だから、不意に目頭が熱くなった。
涙が頬を伝ったような気がした。
しかしそれも、戦場の乱暴な轟音で中断される。
意識が一気に、『この世の地獄』に集約される。
バンシィの
熱く溶けた大地の割れ目を縫うように、ネリとシアンが戦場で舞っている。
ネリとシアンとバンシィの死闘が、遂に始まってしまっていた。
彼女達の身を挺した作戦行動に、私の心臓は痛み。しかし、強く確実に鼓動を始めた。
だから私は、切り刻まれるように痛む身体を、持ち上げる。
血の味が溢れた。
握りこぶしの中から、千切れた雑草が何本も零れ落ちた。
そして「ア、アンネリース様?」と心配するラケルに答えず、胸の間からゾアライトを取り出して質問を返す。
「あなたの『恋』という言葉……私は認めるわけにはいきません。加えて……ゾアライトを見る限り、私の
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