7話 “魔法使い”の血に刻まれた業に

 僕の頬はアデルのビンタで赤くなっていた。


それを見たサロメは、羽で飛びながら嬉しそうに聞く。


「気持ちよかった?」


「気持ち良いはずないよね? 『痛かった?』の間違いだよね?」


 僕の頭の後ろから、巫女の少女——『アデル』の声が聞こえる。


「降ろしてって……言ってるでしょ……」


 弱々しい力で、アデルは僕の肩を叩いた。


僕は、アデルをおぶっていた。


 僕は彼女の意見に構わず歩き続ける。


「でも、あんな状態の君を放っておけないよ」


「……おっぱい、見たくせに……」


 ふつうに焦る。


「だ、だからあれは違うって! サロメが勝手に君のおっぱいを!!」


 サロメが割って入る。


「でもシアン。鼻の下、確実に伸びていたわよね?」


「……たしかにそうかも知れないけど、今言うことじゃ無いよね」


 アデルの声が聞こえる。


「というか……あなた何者? 心造妖精イデアを使役できる資質があるのに……行動はあきらかに素人……」


 サロメは僕の後ろに飛んで行って、アデルに自慢げに言う。


「シアンはね? 『素人』じゃ無いの。『天才』なの」


 アデルの呆れた声が聞こえる。


「……はあ? 天才? ……何の?」


 そのとき、目の前の蒸気が少し晴れた。


風向きが変わったみたいだった。


同時に、小さな丘の向こうで、激しい光の点滅があった。


銃撃音が連なる。


 思わずしゃがむ。


——爆発音、

——軍靴の音、

——叫び声、

——蒸気が激しく漏れる音……


それらの不協和音が連続で聞こえた。


額に冷や汗が垂れた。


 ……戦闘だ。


明らかに戦闘が近くで始まっている。


ただよう蒸気が、足元から身体にまとわりつくような気がした。


 ひそひそ声ながら、強い語調のアデルの声が耳を刺す。


「(おろしてって……ば!)」


「(ちょ! まって! なんで今? いたいいたいいたい!!)」


 アデルが、膝で僕の脇腹を絞めていた。


 息ができない!! なんだよこの子!? 殺す気か!?!?


 僕は、地面に膝を突いてしまった。


 アデルの芯のある声が聞こえる。


「隊に戻らないと……」


 アデルが僕の背中から降りた。


 振り向くとアデルは這いずり、立ち上がろうとしていた。


雑草を握った彼女の手が震えていた。ローブから覗くブーツの足も震えている。


 どう考えても無茶だ。まるで重病人じゃないか。


 だから僕は彼女に声をかけようとした。


しかし、20cmに縮んだサロメが両手を広げ、僕の視界を塞ぐ。


「放っておきなさいってば」


僕はドアップになったサロメのトレンカの太ももから、目を上げる。


「なぜだよ!? どう考えても、彼女の体調は悪いだろ!!」


 サロメは腕組みする。


「あの子も望んでいないじゃない」


「だからって!」


「反乱軍の肩を持つことになるのよ? 戦争に巻き込まれるわよ?」


「僕には関係無いだろ!!」


 そうやって僕がサロメと口論している間にも、アデルは前に進んでいた。——小走りに。


 てか、立てたの?


いや……


足を引きずっている。


「アデル!!!!」


 しかし僕の声を無視してアデルは進む。着実に、小さな丘の中腹まで達する。


 その先は当然ながら、戦場だ。


「やっぱ、放ってはおけない!!」


 僕は「待ちなさいって!」と叫ぶサロメを避けて、アデルに続いて走った。



———

————

——



 アデルに追いつき、丘の上に立つと霧が晴れた。


 小川が見えて、平原が広がる。


僕は、そこで目にした『戦闘』に戦慄した。


「なんだ……これ?」


——化学物質の匂い。

——何かが燃える匂い。

——うねる蒸気。


——兵士の手には機関銃。

——敗走する兵士を追う爆術弾ミサイル

——さらにそれを追う、蒸気を発する武器を持った重装兵……。


 爆炎が方々で上がっていた。

銃弾が飛び交っていた。

死体が連なっていた。


 その様子は僕が想像する魔法ファンタジーの戦いとは違っていて、“現実世界の戦争”の風景に限りなく近かった。


 悲鳴のような叫びが聞こえる。


「ナディム!!」


 突然叫んだアデルは、再び走り出そうとする。


「アデル!?」


 僕は彼女を止めようと手を伸ばす。


かろうじて彼女の手を捉える。


 しかしアデルは、僕の右手を振り解こうと暴れる。


「離して!!!!」


 僕も叫ぶ。


「だめだ!! オーバーロードが近づいてるんだろ! 死にに行くつもりか!?」


 彼女は暴れ続ける。


「そんなこと! 分かってる!!」


「……じゃあ、どうして!?」


「敗走兵の中に! 愛する人がいるの!!」


 僕を睨んだアデルの目には、大粒の涙が浮かんでいた。


そしてアデルが指差す100m先には、敗走する兵たちの群れが見えた。


 彼らの顔には、絶望が張り付いていた。


 だからその瞬間に僕は、詩歌にどうしても手が届かなかった自分を、思い出した。


だから僕は思わず、アデルの手を離してしまった。


 その一瞬の不意をついて……。


 アデルが駆け出した。


「アデルッ!!」


 僕の叫びを無視して、アデルは5m離れた地点で片膝をついた。


アデルは両手を祈るように握りしめる。


アデルは目を閉じる。


 彼女の周囲に、紫のルーンが張り巡らされた。


——【Extended Aegis / Voltis】

   (広域結界/雷術)


 アデルの両手が眩しく輝く。


 アデルを中心に、球状のバリアが拡張する。


 その紫色のバリアは広がり続け……半径100mほどのドーム状になった。


 思わず見上げた。


「な、なんだ? これ!?!?」


 アデルの広域結界のサイズは圧倒的で、空まで届くほどだった。


 いつの間にか僕の横に居たサロメが、呟く。


サロメのその声は、哀れみに満ちていた。


「広域結界……。巫女がシールダーと呼ばれる所以よ……。でも、あの子……本当にバカな子ね……」


 アデルの広域結界の影響で、戦場は大混乱に陥っていた。


なぜなら、追われる兵たちと、それを追う兵たちのど真ん中をアデルの結界が横切ったからだ。


 発射された兵器は、広域結界で阻まれ、空中で爆発し、銃弾は跳ね返る。


その影響で数十名が自爆し、いくつかの死体が、野に転がった。


 敗走していた反乱軍たちは、一瞬呆気に取られていたが……敵の混乱を察し、すぐに攻勢に転じる。


敗走兵達の一斉射がはじまった。その銃弾は、アデルの結界を抜け、彼らの敵を射抜く。


 つまり、アデルの広域結界により戦況が一気にひっくり返ったわけだ。


勢い付いた敗走兵達は、どんどん前線を押し上げる。


 しかし……攻勢に転じた敗走兵の中で、一人だけ、僕たちの方を見る人物が居た。


その人物は、金属の鎧に身をつつんだ褐色の肌の男性だった。


 彼は、こっちを悲しそうに見て口を開いた。


——その口は『アデル』と動いたように見えた。


 広域結界の光の中のアデルは、涙を一筋流した。


 そしてアデルは……かすれた悲鳴を、呟く……。


「ナディム…………愛してる……」


 その瞬間……




……全ての音が止まった。



全てがモノクロに見えた。


時間が止まったように、僕は感じた。


 気付いた時には、アデルの胸元から赤黒い光が天まで立ち昇っていた。


その赤黒い閃光は神々しく、同時に背筋が凍るほど異質だった。


 そして天を貫いた『赤黒い線』から、真っ黒な渦が広がる。


空も雲も、全てが黒くなった。


 そして、低音が湧き上がる。


 地面が、揺れた。


【OverLoad】【OverLoad】【OverLoad】【OverLoad】【OverLoad】【OverLoad】【OverLoad】……というルーンが狂ったように、空間を蹂躙した。


涙を流したアデルの姿は、そのルーンで飲み込まれ、見えなくなった。


 その瞬間、爆風が起こった。


 僕は、吹き飛んだ。


転がる。


空と草原が混ざり合った。


 サロメの声が聞こえる。


「シアン!!!」


 なんとか受け身を取る。


 雑草を掴んで態勢を立て直す。


 サロメの声が直ぐ近くで聞こえる。


「大丈夫? シアン?」


 前を見たままサロメに答える。


「大丈夫だよ……って……




……あ……」


 僕は、ふたたび唖然とした。


 圧倒された。


恐怖で足が震えさえした。


 なぜなら、さっきまでアデルがいた場所に「魔物」が立っていたからだ。


 その魔物の高さは、10mを超えていた。


それは女性のように、見えた。


でもその姿は人間には程遠く、灰色のローブの袖から大鎌が生えている。


その魔物は、まるで『ローブを纏った大きな骸骨の亡霊』のようだった。


 そしてそれ・・は、咽ぶような大声で大気を揺らす。


その声は、女性の泣き声と調律が狂った弦楽器を混ぜ合わせたような音だった。


「オアアアアアアアッッ!!!!」


 絶望というものが姿を得たとするなら、今目の前の魔物こそが、それに違いない……。


 そう思った僕は、草原に両膝から崩れ落ちた。


また助けられなかった。詩歌の時と同じみたいになってしまった……。


絶望に心を捉えられた僕の歯が、カチカチと鳴った。



——しかしこの時——


突然あらわれた『彼女』が、魔物の前に立ちはだかった。



 年齢は20代中ごろ。


——青い光を漏らす流線型のメタルブラックの重鎧。紺色のマント。

——蒸気を纏う、大きな盾のような盾矛パイルバンカー

——水色のショートボブ。

——優しくもキリッとした青い瞳。すらっと長く美しい脚。


——あと……鎧を着けていても分かるめっちゃ大い、胸。



 そんな“彼女”の心造妖精イデアが現れ、告げる。


「アンネリース様。……なんとか間に合いました。今ならオーバーロードの初期段階……。ゾアライトを破壊すれば、アデル様を救える可能性が37%ございます」


 『アンネリース』と呼ばれた美女の声は、ハッキリとしていたけど、どこまでも澄んでいる。


「ありがとうございます。ラケル……。もしかすると、今度こそ一矢報いることができるかもしれないですね……」


 アンネリースは、黒の手袋を締め直す。


 そして、魔物を睨みつける。


「……我々、“魔法使い”の血に刻まれたカルマに……」


 そして振り返ったアンネリースと、僕の目が合った。


その『水色ショートボブの美女』の微かな笑顔は、どう考えても“女神”だった。


「それで……あなたは、どなたでしょうか?」


 サロメが嬉しそうに飛んできて、その質問に答える。


「紫安はね……天才なの」


 アンネリースはサロメを見て、目をまん丸にする。


「て、天才? ……というかあなたは……まさか、心造妖精?」


「そう。私はシアンの心造妖精イデアのサロメよ。よろしくお願いするわ。アンネリース? そして……」


 サロメが僕の方を向く。


アンネリースさんもこちらを向いた。


 僕は呆気に取られていたけど、アンネリースさんに見つめられて、なぜか恥ずかしくなった。



 ——ともかく……この時のアンネリースさんの立ち姿はどこまでも美しく、それでも雄々しくて、僕には彼女が『美し過ぎるイケメンの女神』に見えていた。



 僕はそんな彼女のイケメン美女っぷりに、猛烈に照れながらも言う。


 頭をかきながら……。


「そ、そうなんです……。僕がたぶん、天才かもしれない……。城崎 紫安です……」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る