月明かり(三) 前
「シルビオとセナがいない――?」
――エンツァとパティが襲われた翌日。
ロウトでは館から出るのは危険なため、娼婦たちに外出禁止が言い渡された。
どうしても外に出掛けたい時は護衛付きで、外出の許可が必要になる。
エマから知らせを受けたセヴェーロは、無意識にいつもシルビオが寝こけている受付へ目を向けた。
そこにシルビオの姿はなく、代わりに別の娼婦が入っている。
「さっきまでいたのよ。でも『トイレに行くから受付を変わってほしい』ってリサに頼んでから戻ってきていないの……確認したらセナも一緒に消えていて、裏口のドアが開けっ放しになってたわ……」
エマは組んでいた腕で頭を抱えると、軽く首を振った。
綺麗な顔には青い線が入り、昨日よりも若干頬が
セヴェーロの後ろにいたオスカーも、不安気に眉を下げた。
「探して来ますか」
「ああ……いや、俺が行ってくる。街の様子も見てきたい。オスカーはここを守ってくれ」
「お一人で、大丈夫ですか」
心配そうにこちらを見つめる大型犬のような瞳に、セヴェーロは「問題ない」と頷いた。
「エンツァが怪我をしたばかりで、二人とも娼館から離れる訳にはいかない。街中でここが一番Ωの多い場所だ、狙われる可能性は高い。――二人が行きそうな場所は分かりますか?」
エマに問いかけると「そうねぇ……」と顔を顰める。
そもそも、シルビオとセナは外へ出るのがあまり好きなタイプではない。休みの日でもシルビオはラウンジで客とポーカーをしているし、セナは部屋で化粧の練習や爪の手入れに勤しんでいた。
「あの……もしかしたら、光市かもしれないです」
その声に再び受付へ顔を向けると、長いウェーブヘアの少女が綺麗に右手を上げて「リサです!」と自己紹介をしている。
「光市?」
「はい。三ヶ月に一度、食品街の端っこにアクセサリーの露店が出るんです。イヤリングとかネックレスとか……この街では普段買えないから、夕方頃にはいつも売り切れちゃうんです。セナ姉さん……外出の許可取ってたら遅くなると思ってシルビオを連れて買いに行ったのかも」
「そう言えばそうだわ……!ちょうど今の時期ね」
ハッとしてエマも顔を上げた。
一人で行くよりは、Ωでも男のシルビオと一緒にいれば多少安全だと思ったのだろう。
「食品街か……」
セヴェーロは腰元の銃とダガーの位置を手で確認すると、オスカーを見上げた。
「夕暮れ前には戻る。ここは頼んだ」
「分かりました……どうか、お気を付けて」
革靴を鳴らし娼館を出ると、そのまま食品街へと駆け出す。
辺りに異変はなく、いつもと何も変わらない日差しの良い昼だった。
※
「わぁ〜!素敵……やっぱり来て良かったぁ。どれにしようかな~」
食品街の片隅に設置された小さな露店で、セナは机の上に並べられたアクセサリーの数々に目を輝かせた。
その後ろで、一緒に連れてこられたシルビオは退屈そうに欠伸をしている。
「なぁ、早くしろよ。エマにバレたら一生掃除当番させられるぞ」
「わかってるよー。……ねぇ、これとこれならどっちが可愛い?」
セナは振り返り二種類のイヤリングを耳元に掲げた。だがシルビオからすれば、両方ともキラキラとした金物が垂れ下がっているようにしか見えない。
「……同じようなもんだろ?安い方で良いんじゃない」
「もう、つまんない男。綺麗なことはΩの生まれ持った武器だよ!着飾らないと!……シルビオも一つぐらい買ったら?顔は良いんだし、受付だけじゃ稼げないでしょ」
ぴっと顔の前に人差し指を立てられ、シルビオはムッと口を尖らせた。
Ωの男は身を売ったとて女のようには稼げないし、人気もない。稼ぎたかったら値を下げるしかないが、安さに惹かれてやって来る客なんてクソ野郎しかいない。
「いらねぇよ!そんなもん!誰が男娼なんてやるか!」
第一同じ野郎相手に足を開いて、媚を売って稼ぐなんて大金貰ったって御免だ。男としてそれだけは譲れない。
「俺は金を貯めて、そのうち王都に戻って店を出すんだ。自分の店ならΩだからって辞めさせられたりしないだろ」
「……ふーん、王都ねぇ。あそこに住むには滅茶苦茶お金掛かるよ。一体いつになるやら」
「うるせぇ、その分ポーカーで勝って稼ぐから良いんだよ」
結局それかと、セナは肩をすくめて鼻を鳴らした。
再び店のアクセサリーに目を向け、今度はお洒落な銀のブレスレットを手のひらに乗せる。
シルビオはその様子に(まだ時間が掛かりそうだ……)とため息を吐きながら腕を組んだ。
……何が『綺麗なことはΩの生まれ持った武器』だ。どれだけ着飾ろうと、結局βやαに好きなように扱われて擦り減っていくだけじゃないか。
――俺は絶対、食われる側にはならないぞ。
「……ん?」
ふと、背後に視線を感じ……何気なく振り返った。
食品街の端っこにある露店の後ろを、買い物に来た人たちが歩いている。
変な違和感を覚え、キョロキョロと辺りを見回すと……人通りを挟んだ向こう側で、三人の男たちがジィッ……とこちらを凝視している事に気がついた。
露店でも、人波でもない。
それは間違いなく自分たちを見つめている。
――何だよ、あいつら。
ゾッと背筋に恐怖が走り、シルビオはまだアクセサリーを選んでいるセナの腕を掴んだ。
「セナ!行くぞ!」
「えっ!?やっ、ちょっと!」
強引に手を引いて走り出すと、すぐに後ろにいた奴らも乱暴に人混みを押し退け追いかけて来る。
セナもそれに気が付くと、ヒャっと悲鳴を呑んで地面を蹴った。
「何!ルッソの手下!?」
「知るかよ!いいから走れ!」
まるで追い込み漁の獲にでもなったように、決められた方向へと真っ直ぐ走っていった。
※
セヴェーロは近くの建物の屋根から、食品街を見渡した。
……今の所、異変はなさそうだが……今日はいつもより人通りが多い。
リサが言っていたアクセサリー屋は少し先だろうか……と目を凝らしていれば、頭上の先を一匹の鷹が悠々と飛んでいくのが見えた。
――見物好きの若鷹。
食品街のゴミやネズミでも獲りに来たのかと思ったが……何か様子がおかしい。
道沿いにふわふわと飛びながら、高みから楽しそうに下を眺めている。
若鷹は時折旋回しては、そのまま東側へとゆっくり羽ばたいていた。
何か追ってる。いや……逃げてるのか?
――まさか。
「駄目だ、そっちに行くな」
東は、ルッソの――ヘルクリスの縄張りだ。
屋根から壁を伝い身軽に飛び降りると、先回りするため裏道へと入った。
若鷹の行き先を読んでは、東の荒地へと向かい走っていく。
【tUbeRose】番を殺した運命のΩ わじゅき @wajuki
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