並んだ人だけが認められる世界
ちびまるフォイ
並ぶという苦行
「しっかり受験勉強もしてきた。睡眠もバッチリ。
これなら確実に志望校合格だ!」
万全の準備で受験会場へ行くと、行列ができていた。
「あの、この列は?」
「受験列だよ。先頭の人から合格するんだ」
「受験は!?」
「だからこの列が受験なんだって」
列に並ぶこと3時間。
ちょうど自分の目の前で列が切られてしまった。
「はい、ここまでが合格者です。これ以降は不合格となりまーーす」
「うそぉ!? 受験って先着順になったんですか!?」
「はいそうです」
「そんなら学力なくても合格できちゃうじゃないか!」
「今の時代は情報戦の時代だから、学力なんて二の次。
先着を勝ち取れるくらいの情報戦を制する人間こそ合格なんだ」
「そんなばかな……」
「情弱で出遅れた不合格者には用がないんで、おかえりください」
「くそーー!!」
必死に勉強して万全の準備をしてきたはずが、
受験の先着列に遅れたということで不合格となった。
この先着順はなにも受験だけではない。
会社への就職だって先着順。
先に会場へ行った人から合格になる。
この世界は何もかも早いもの勝ちの世界になっていた。
「なんてギスギスしてるんだ……」
先着戦争に滅入ってしまい、近くのコンビニへ行く。
小腹が空いたのでなにか買おうと思った。
もちろん。コンビニにも長蛇の列ができていた。
「な、なんだ……? ここでも列なのか……?」
列に並んでやっとコンビニに入る。
おにぎりを手にとりレジで会計をしてもらった。
「おにぎり3個でお会計30万円になります」
「さ、30万円!? 具に純金でも入ってるんですか!?」
「いえ、時価だからです」
「時価……?」
「コンビニ開店から経過した時間におうじて商品価格が上がります。
つまり、開店と同時に入った人ほど安く買えます。
出遅れたあなたのようなザコは高くなるんです」
「やっぱり返却します……」
ここでも先着順だった。
開店前に並んで入っていれば安く手に入ったのだろう。
「なんでこんなに並ばくちゃいけないんだ……」
今やどこもかしこも行列が絶えない。
長く並ぶという苦行を制した人間だけが評価される努力の世界。
そこには能力での特権は無い。
「帰ろう……」
結局なにも買えずじまいのままトボトボ家に帰る。
その帰り道にまた行列ができていた。
「あんたも並ぶのかい? なら最後尾はもっと向こうだ」
「何に並んでるんですか?」
「天国チケットだよ。配給される天国への入場チケットを待っているんだ」
「天国!?」
あわてて最後尾に並んだ。
自分のあとにもたくさんの人が並び始める。
「天国に行けるならいくらでも並んでやる!」
ここはまさに正念場だと自分に言い聞かせた。
ただし列はまるで進まない。
日中になると日差しが照りつけて倒れる人が出てくる。
心配よりも列が詰められてラッキーとさえ思った。
「天国……天国へ行くんだ……」
列は微妙に進んでいるが、進みは遅く先頭はまだ見えない。
もう何日並んでいるのだろうか。
「しんどい……」
心が折れかけたとき、ついに行列の曲がり角が見える。
あの角を曲がればきっと先頭が見えるに違いない。
「ああ、やっと終わりが見える!」
列が進んで曲がり角にさしかかった。
曲がってみても先頭はまるで見えなかった。
「うそ……。こんだけ並んで、まだ先が見えないなんて……」
諦めて列から抜ければこれまでの努力や苦行は無駄になる。
かといって、このまま並び続けるのは拷問に等しい。
思わず列の前の人へ声をかけた。
「あの、天国チケットって誰でももらえるんですか?」
「並び続けた人間にはね。ホームレスだろうと金持ちだろうと。
どんな人間性でも、どんな経歴でも必ずもらえる」
「もらえればどんな人間でも天国にいけるんですか?」
「そりゃそうだよ。天国チケットだもの」
「それを聞いて安心しました」
まるで進まない行列に自分の心はすっかり壊れていた。
列に並んでいる人の無防備な背中にナイフ突き立てても、心はまったく傷まない。
列の後ろから次々に人を切りつけたり刺していく。
「どけどけ!! 天国へ行くのは俺だ!!!」
列はどんどんスキップされて前に進んでいく。
あっという間に最前列まで進んだ。
「天国チケット、次の方……うわっ!?」
自分を見たスタッフは思わず天国チケットを引っ込めた。
「天国チケットください……」
「あんた一体何を……」
「列に並んでいる人を順番に蹴落としただけです」
「そんな人間へ天国チケットなんて渡せるか!」
「では、もうひとり被害者が増えるだけですね」
「ひ、ひぃ!!」
ついに天国チケットを手に入れた。
どんな人間でも天国への入場が約束されている。
これだけのことをしでかしてしまったのだから現世に用はない。
「あとは天国で悠々自適な生活を楽しもう」
自分の首に刃物を突き立て、現世を後にした。
次に目を覚ましたのは雲の上。
避けようのない直射日光が降り注ぎ、体が焼ききれそうだ。
「目が覚めましたか」
「ここはあの世ですか?」
「いいえ、そのはざまです。あなたの行き先を決めます」
あの世のスタッフは経歴を確認して目を背ける。
「生前、あなたはひどい悪事をしたようですね。
これはもう言い逃れなく地獄行きでしょう。地獄行きはあちらです」
「ふっふっふ。これが見えませんか?」
「そ、それは天国チケット!?」
「これがある以上、俺は天国への入場が決まってる。
たとえどんなことをしたとしてもね……」
「わかりました、天国はあちらです」
「さあ、あの世を満喫するぞーー!」
ウキウキで天国への案内板に沿って向かう。
ちょうど曲がり角を曲がったときだった。
待っていたのは天界へと昇る長~~い行列。
肉体を失った死者たちは、
空腹や体力やらによるドクターストップもできず
ギラつく太陽光に晒され続けて並んでいる。
「こ……この列は……?」
「見ての通りです。天国行きの行列ですよ」
「俺はチケット持っているんだぞ!? なのに並べっていうのか!?」
「それは入場できる、というだけですから。
天国に入りたいならちゃんと並んでください」
「そんな……」
現世における悪人と善人の比率なんて、善人が多いに決まってる。
地獄に送られる人より、天国に行く人のほうが当然多い。
そうなると天国はすっかりキャパオーバーを迎えてしまい、
こうして雲の上で行列に並んで天国空き待ちをするハメになった。
たとえ天国チケットを持っていたとしてもーー。
「こんなの……拷問だ……」
もはや死ぬことも倒れることもない体。
いつ終わるかもわからない退屈な行列に並ばされ続けた。
ふと自分の後ろを振り返ると、地獄の様子が遠巻きに見えた。
地獄では行列なんかない。
鬼たちが様々に人間を痛めつけている様子が見えた。
「ああ……いいなあ……。あっちは毎日変化があって……」
並び始めて50年が経過した。
いまだに天国への列は1歩も進んでいないーー。
並んだ人だけが認められる世界 ちびまるフォイ @firestorage
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