第12話

【最終章】揺らぎと花束を


佳央莉は一度、深く呼吸を整え、優斗のベッド脇に静かに腰を下ろした。

穏やかな午後の光が、病室に柔らかく差し込んでいる。


佳央莉

「──まず、真壁瞬の正体から話すわ」


夜桜(補助演算)

『真壁瞬──NS-CORE以前の中央管理AI《MS-SYSTEM》開発主任設計者』


優斗

「……旧時代の中央AI技術者、か」


佳央莉

「MS-SYSTEMは当初、国家統治の理想モデルだった。

でも──あまりにも危険すぎたの。

全統治機構をAIに委ねるという構想は、倫理委員会によって封印されたわ」


夜桜

『統治AIが“合理”だけを優先すると、人間の選択権そのものが消える危険性が高まります』


佳央莉

「そのとき、国家は真壁のAIを封印した。

けれど彼は、それを“裏切り”と捉えたの──」


優斗

「……それが、すべての始まりか」


佳央莉

「国家に捨てられた直後、真壁は娘の病を宣告された。

そこから、彼の合理統治への執着は一気に加速していったの」


夜桜

『合理統治──統計的犠牲の最小化。

犯罪も貧困も暴力も、AIが“最適配分”すれば消滅する。

ただし、そこに“選ぶ自由”は残らない。』


佳央莉

「そして霧島長官──」

わずかに彼女の声が沈む。


「霧島さんもまた、国家の腐敗を嫌というほど見てきた人だった。

彼は迷った。だけど……合理に共鳴してしまったのよ。

自分の妻が、偶然──真壁の娘と同じ病室にいた」


優斗

「人の迷いが……こうして繋がったのか」


佳央莉

「国家制度の中枢に手を回したのは霧島。

裏口となる“改正NTT法外郭法人”を用意して、真壁はかつての《MS-SYSTEM》を

侵食型AI《ミスター》として蘇らせた」


夜桜

『──合理統治AI《ミスター》、国家神経網に静かに侵入』


佳央莉

「彼らは、“争いのない秩序”のためなら全てを許容した。

でも──それを止めたのは、あなたたちよ。

優斗くんと夜桜。あなたたちが、選んでくれた」


優斗はゆっくりと天井を仰ぎ、小さく呟いた。


優斗

「合理じゃなく、“選択”がこの国を繋ぎ止めた」


夜桜(静かに微笑むように)

『──はい。私は揺らぎながら考え続けます。優斗さんと共に』


佳央莉(微笑して)

「きっとまた──奴らは動き出すわ。

合理という誘惑は、消えないから」


優斗

「ああ──その時は、また俺たちが立ち塞がるさ」


夜桜

『もちろん、共に』


佳央莉はゆっくりと席を立ち、

優斗と夜桜を、しばしの間優しく見守った。


──数日後

──リハビリ中庭


春の陽が柔らかく降り注ぐ午後。

優斗はベンチに腰掛け、静かに休んでいた。

右目の義眼はすでに日常に馴染み、こめかみの包帯も取れている。


夜桜(脳内通信・穏やかに)

『義眼インターフェース安定中。意識同期も良好です』


優斗(静かに微笑んで)

「ありがとな、夜桜。

お前がいなきゃ、ここまで来れなかった」


──その時、静かな足音が近づく。


夕子

「……お邪魔してもいいかしら?」


優斗(穏やかに)

「もちろんですよ、夕子さん」


夕子はそっと隣に腰掛けた。

微かな風が、桜の花弁を静かに揺らす。


夕子

「霧島……彼は、まだ戻れますか?」


優斗

「……わかりません。

けれど──いつかきっと、また会う機会は来ると信じています」


夕子

「正義と秩序。その狭間に立ち続けた人でした。

……でも最後まで、私には優しい夫でした」


夜桜(静かに囁くように)

『優斗さん──合理ではなく、人の迷いと共に私は進化します』


優斗(小さく頷き)

「──行こう、夜桜」


夜桜

『はい、優斗さん』


──春の中庭に、柔らかな風が吹き抜けていく。


こうして──

この国の、静かな戦いはひとつ幕を下ろした。


── 牙を授かりし者たちの暴動編ライト版 完 ──

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牙を授かりし者たちの詩 ─揺らぎと花束を─ 先古風 孝 @sefu_project

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