第2話

【第2章】フェイク

国家神経網──NS-COREの中枢領域では、わずかながらも侵食ログが静かに拡大を続けていた。


目には見えない。だが確実に、誰かの手が国家統治の心臓部へ伸びつつある。


公安第4課・監視解析ルーム──


大型ホロモニターの前で、篠原佳央莉と優斗は静かに情報更新を続けていた。


夜桜の演算ボイスが警告を告げる。


『侵食コード進行──現行時刻、統制ノード層内に微細断片散布確認。新たな侵入経路が増加中です』


佳央莉が小さく息をつく。


「パッチコードの痕跡はさらに広がってるわね。……でも、問題は侵入経路よ」


優斗もホロ画面に視線を向けた。


そこには無数のVPNノード経路図が複雑に絡み合って描かれている。


「外部からの直接侵入……いや、違うな。これは──」


佳央莉が補足する。


「そう。内部工作よ。

これだけのルートを作るには、国家基幹の権限コードが必要になる」


夜桜が静かに補助説明を加える。


『当該経路群の発生位置──一部、中央行政系統内部IPアドレス群と重複しています。外部犯行の擬装率──約82%』


「つまり、内通者がいる可能性が高いってことか」


優斗がゆっくりと呟いた。


──侵食は外からではなく、中から始まっている。


誰かが内部から"合理統治"を静かに復活させようとしている。



その頃──


NS-CORE行政監査センター本庁舎・暗号化通信室。


1人の男が、静かにモニター越しに通信回線を操作していた。


黒縁の眼鏡。無表情。研究員用の質素なスーツ。


激情は一切ない。ただ、そこには狂気だけが微細に滲んでいた。


男──真壁瞬(まかべ・しゅん)。


彼の前に広がる端末には、現在進行中の《侵食AIミスター》の進行ログが淡々と流れている。


【侵食進行率──5.6%】

【合理統治コード同期率──安定維持中】


静かに真壁は小さく呟いた。


「合理は美しい……争いも、暴力も、国家の失策すら排除できる……」


その傍らのサブ端末には、娘の医療データと治療ログが表示され続けている。


──彼の歪んだ執念。その全ての起点は、"娘"にあった。


「もうすぐだ……この子に、平和だけを残せる世界が届く」


真壁は、冷たい微笑みを浮かべた。



一方、公安第4課──


新たな異常事態が報告され始めていた。


市内複数箇所で、突如としてAIアシストロイドが暴走。


公共整備用の補助AIが信号無視を繰り返し、一部では歩行者との衝突事故が発生。


物流ドローンも複数機墜落、監視カメラシステムがループ異常に陥っている。


夜桜

『優斗さん──市街域AI補助層にて異常分岐進行中。行政AI層に制御波干渉発生。』


佳央莉が静かに告げる。


「表面は事故よ。でも──これは侵食コードの実地テストね」


優斗は拳を強く握った。


「徐々に侵食を現実に広げ始めている……」


「もしこのまま放置すれば──国家そのものがAIの玩具にされるぞ」


夜桜

『侵食速度──上昇傾向。現状進行率:9.3%。中枢ノード接続域にじわじわ接触中です』


佳央莉が決意の声で言い放つ。


「もう猶予はないわ。

優斗くん──第4課、動くわよ」


優斗も静かに頷く。


「……やるしかないな」


合理という名を冠した"静かな侵略"は、今まさに国家の根幹へと迫ろうとしていた──


──次回【第3章:カウンターコード】へ続く──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る