第4話「守護天使と戦乙女(ヴァルキリー)」その②


 特に道に迷うこともなく、リアは廃工場に到達することが出来た。ただ、彼女の想像以上にその場所は広かったようだった。かつてこの工場は自動車部品を生産していたようで、敷地内では廃棄された部品や産業廃棄物がいたるところに落ちており、この工場が放棄されて随分時間が経過していることを証明しているかのようであった。

 その敷地内をリアは調べ回っていたが、敷地の奥側にある工場入口には最近ついたような足跡が残っていた事に気がついた。

(最近訪れた形跡がある。例の脱走者なら良いんだが…。)

その施設内部に侵入しようとした矢先、背後から足音がうっすらと聞こえてきた。

  

(誰か来る…。)

 リアはこの施設内にいるか、別の場所で隠れていると思っていたためにやや油断していた結果となった。リアは慌てて隣の小さな倉庫の壁の裏へと隠れる。やってきたのは、外国人の女性であり、どうやら誰かがこの場所を訪れた事には全く気づいていないようだった。リアはその姿を遠目から確認する。そこには彼女の容姿は探していた人物の特徴と完全に合致しており、彼女こそが例の脱走者であった。 

(あれが例の…。まぁ確かに、美人と言えなくもないな。)


 その人物は辺りを見回しながら、ひっそりと工場の裏口を開け、素早く入りこんで扉を閉めた。リアは彼女の後を追い、銃を抜いて扉をゆっくりと開き、そして銃を室内へと構えた。どうやらそこは通路になっており、脱走者はすでに通路を通って3番目にある右の部屋にリアはその通路は朽ちた天井が抜け落ちて、その日差しが廊下を照らしているようであった。彼女は、足音が鳴らないように、ゆっくりと、床のごみを避けながら通路を歩いていた。そして脱走者が入った部屋へ、銃を構えながら侵入する。

 どうやらその部屋は元々工場内の休憩室のようであったが、撤去されたのか什器は残っておらず、窓しかめぼしいものがない空き部屋となっていた。リアは慎重に歩みを進める。休憩室に隣接するもう一つの部屋を覗いてみると、そこは大部屋となっており、そこの中心に、脱走者は立っていた。彼女は、古い折りたたみの携帯電話で、誰かに電話を掛けようとしていたところであった。リアは背後からゆっくりと忍び寄り、バレない距離まで近づいたあと、リアは叫んだ。


「動くな!」


 は、その声に特に動揺することもなく、リアの方へ振り向いた。間近で見てみてリアがまず思った印象は”陰のある美女”であった。至近から見ると、『芸能人に劣らぬほどに美人』という特徴がより一層輝きを増して見えたものの、その一方で幸薄な雰囲気があり、そしてその表情は悲愴を現しているのが分かった。


「追われているなら、日中から出かけないほうが良いぜ?」


 リアはそう言い少しずつ近づいていくが、脱走者は全く応じる気配が無い。

「警察…それとも軍人?その割に随分若いわね。」

「言ってろ。」

 

 脱走者はそこから少し考え、ある結論を導き出した。

「もしかして…WFUかしら?ってことは、あなたも能力者か…。私と同じ、。」

「はぁ?」

 

 今度は脱走者がリアの方へ近づいていく。そして、リアの方へ手を伸ばそうとする。

「貴方は本当に?」

「動くな!!」

 リアは近づいてくる脱走者へ銃を構えながら、先ほどとは逆に後ろに下がろうとするものの、すぐに何かにぶつかった。最初は壁か何かと思ったが、後ろをちらりと見ても、そのようなものは見当たらない。再び下がろうとしても、また何かにぶつかってしまい下がれない。リアはやむなく右側へと行こうとするが、見えない何かに阻まれている事に気付いた。いつのまにかリアの四方には見えない壁があり、閉じ込められているようであった。

 

「なんだよこれ…!」

「もう時間がないの、ごめんね。」

 彼女はそう言うと、見えない壁を必死に叩いているリアを尻目にそのまま部屋から出ていった。そしてこのホコリと窓から差し込む日差し以外には何もない部屋に、リアだけが取り残された。

「おい!待て!というかここから出せ…!クソっ!」

 リアの必死の叫びは、反響して虚空へ響き、すぐに無音がやってくるばかりであった。

 


 一方、こころとモモコはようやくリアと脱走者がいると思われる廃工場へとようやく足を踏み入れた。しかし、その場所は敷地の広さからリアが居る場所を特定するのは困難で、こころはどうしようかと悩んでいた。

 

「なんか思ったよりも広いなー。どうせ使わないんだったら、ここにテーマパークでも作ってほしいよ。能力者をやってると、ホント退屈で仕方ないんだから。」

「アハハ…。」

 

「でも、どうするの?ここで人探しは…、なかなかにめんどくさくない?」

「私に任せて!」


 そうするとこころは手をかざすと能力を展開し、往年のSF映画で出てきそうなホログラムで出来た仮想PCを出現させた。

「うわ、なにこれ。凄い能力…!」

 その仮想PCでこころが仮想キーボードを叩いて操作をしていく。モモコはそれを興味深く眺めていたが、1分もかからずに事態が進展する。

「居た!奥の工場からリアのスマホの反応がある!モモコは付いてきて!」

「わっ、ちょっ、ちょっと待って…。」

 こころはすぐに仮想PCを消失させ、すぐにリアがいる方向へと走り出す。ただ、モモコはそのスピード感について行けずに少しばかりか呆然と立ち尽くしていたものの、なんとか足を引きずりながら、こころを追いかけた。

 

「リアはこの部屋に居るはず…。」

「ハァ…。こころ、足速いね…。」

 ようやくリアがいる部屋の前へとたどり着く。こころはモモコに合図を送り、その部屋に慎重に入りこみ、モモコが後に続いた。そして部屋の内部で二人は驚くべき光景を目撃する。

 

「あっ!?」

 そこには、見えない壁にペタペタと手を貼り付けているリアの後ろ姿があった。こころもモモコも呆気に取られていたが、モモコはその行動にシュールさを覚え、思わず笑みを浮かべた。

「…何やってんの?それ、パントマイム?」

 

 リアはその声で二人に気が付き、振り返って見えない壁を叩きながら彼女たちに向けて何か大声で喋っているようであったが、何も聞き取ることが出来なかった。それを見てこころは、彼女の置かれた状況に気がついた。

「もしかして…、見えない壁に閉じ込められてるの?」

 

 リアはこころの発言を聞いて頷く。理解したこころはリアの状況を把握するために、全体を見ると、彼女の足元には薬莢と弾(※1)が、四方の見えない壁に阻まれ、溢れかえっているのに気がついた。それは透明な壁のそれは突破する方法が見つからずに困ったリアが何発も拳銃を撃ちまくり、この壁を打ち破ろうとしたあとであった。

 

「す、凄い薬莢と弾の量」

「なにこれ〜、凄い凄い!ねぇ、ちょっと触ってみてもいい?これ、面白い能力じゃ~ん!」

モモコは至近距離でこの壁を見てみると、うっすらと膜のようなものが張られている事に気づいた。何も考えずにこの壁に触るのは危険であるという認識はモモコにもあったものの、結局、彼女の好奇心が抑えきれずにこれに触ってしまった。すると、グニューっとまるで柔らかいゴムのように伸びていった。モモコがどこまで伸びるのか気になり、指から手、腕へとどんどん力を加えていった。そしてモモコの肩に差し掛かるほどに壁が伸び切った瞬間であった。


「うわっ!」

 壁がシャボン玉のように弾け、そのまま消えていった。どうやらこの壁は外からの圧力にはかなり弱いようであった。リアがこの空間から解放されるとともに、中に溜まっていた薬莢が床一面にばらまかれたようだった。

「あっちー。撃ち過ぎて火傷するところ(※2)だった。あぶねえあぶねえ…。」

「こんなに撃ったの?耳大丈夫?」

「流石にやりすぎたよ。難聴になったかも知れねえな…。まったく。」

「そんな事より、アイツとすれ違わなかったか?まぁ、その感じだと…。」

「ここに入ってからは誰にも会わなかったよ。」

 

「…アイツが誰だか分かった。まぁ、使って言われて思い当たる所はあったんだがな…。」

「え?」

。バリアを張ることが出来る能力者だ。」

「ラナサウス…。やっぱりそうだったんだ…。」

 こころはリアに同調するも、モモコはその名前を聞いてもちんぷんかんぷんで、戸惑いを隠すことを出来なかった。


「…ら、ラナサウスって誰?ずっと施設にいるはずのアタシがまったく知らないんだけど…。」


 リアはため息を付いたあと、彼女に向けて仕方なく説明を始めた。

「…大戦で、核兵器から町を無傷で守った、伝説の能力者だ。」



 ―――ラナは元々看護学生であったが、大戦となり彼女も医療従事者に携わる者として、戦争に関わることとなった。彼女の仕事は戦傷者の簡易的な治療や看護の他にも、住民の避難をさせていた。その際ラナの能力は、非常に効力を発揮し、多くの避難者が救われることとなった。その功績から、避難民の間で彼女の事を『守護天使ガーディアンエンジェル』と言い称えたのである。

 やがて戦争末期になり、ある核保有国が自身の首都中心まで攻勢が伸び、さらに能力者による攻撃も激しく、遂には国家の存亡に関わる事態となった。その時、その国はなんの躊躇もなく、その激しい攻勢に抵抗するために核を発射したのである。そのとき、ラナが居た難民キャンプは、爆心地グラウンド・ゼロ(※3)から約5kmの地点にあった。ラナは偶然にも、外で難民の子どもと遊んでおり、彼女は爆発する瞬間を目撃していた。ただそれが幸いして確認することが出来たお陰で、爆発の衝撃が来る前に、キャンプの敷地にバリアを張ることに成功したのである。そしてそこから約1ヶ月の間、バリアを長いあいだ貼り続け、放射線や汚染された放射能物質から難民たちを救う事が出来たのだ―――。


 リアとこころからその説明を受け、モモコは何故かショックを受けたようであった。

「そんな凄い人だったんだ、あの人。アタシ、てっきり元モデルの能力者だと単純に思ってたけど…。」

「…Aクラス級の能力者は大抵何かしらの苦労をしてるんだよ。」

「というか、早く探しに行かないと!せっかく見つけたのに逃げられちゃうよ!」

「大丈夫だ。というのも実はあの女、一昔前のフィーチャーフォン(※4)を持ってたんだ。どこから手に入れたのかは分からんが…。こころ、そこからハッキングして調べられないか?」

「わ、分かった。やってみる!」

「機種は分からなかったが、これだけでかなり的を絞れるはずだ。」

 リアがどういった方法でラナサウスを捕まえるつもりなのか、こころには分からなかった。そして、リアが何故そこまで余裕を持っているのかも気になっていた。

「リア、ラナサウスがバリアを張る能力者なら、どうやって捕まえるつもりなの?」

「それそれ。またさっきみたいに閉じ込められたら、アウトじゃーん。」

 モモコもこころの意見に同調するが、リアには何かがあるようだった。

 

「…ああいった能力者は真っ直ぐ攻めても駄目だ。アイツにはで挑む。」


 ※1 薬莢…銃の弾丸を打つのに必要な火薬を詰める、小型の筒形の容器のこと…

 ※2 銃の危険性…こういった閉所で銃を撃った場合、跳弾する確率が非常に高いため危険である。さらに、銃身は撃てば撃つほど発熱する。薬莢も撃った直後はかなり熱い場合がある(諸説あり)。

 ※3 爆心地グラウンド・ゼロ…原子爆弾などの核兵器が爆発した地点の真下を指す。

 ※4 フューチャーフォン…スマートフォンが登場以前に主流だった携帯端末の事。ガラケーともいう。

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