第023話 友情と恋心の境界線

 1998年6月10日 梅雨の図書室


「田中君、今日もインターネットの本ですか?」


 美桜さんが僕の隣に座りながら聞いた。図書委員会の活動後、僕たちは一緒に勉強することが多くなった。


「はい。でも今日は美桜さんにお勧めの小説も読もうと思って」


 僕は『坊っちゃん』を手に取った。


「夏目漱石ですね。面白いですよ」


 美桜さんの目が輝いた。


 この1か月で、僕たちはよく話すようになった。文学、勉強、そして最近では投資についても。


「ところで、田中君の株式投資、調子はいかがですか?」


 美桜さんが興味深そうに聞いた。


「おかげさまで、順調です」


 実際、先月ついに10万円を突破していた。


『1998年6月10日 投資状況』

『ヤブー株:12株(現在価格4,200円、評価額50,400円)』

『ソフトバンキ株:8株(現在価格6,500円、評価額52,000円)』

『現金:7,000円』

『総資産:約109,000円』


「すごいですね。中学1年生で10万円なんて」


 美桜さんが感心していた。


「美桜さんも興味があれば、基本的なことから教えますよ」


「本当ですか?でも、私にはお金がないので...」


「投資は実際にお金を使わなくても勉強できます。まずは仕組みを理解することから」


 僕は丁寧に説明した。


「企業の成長を予測して、その会社の株を買う。会社が成功すれば株価が上がって利益が出る」


「なるほど...田中君はどうやって会社を選ぶんですか?」


「将来性ですね。例えば、インターネットは確実に普及すると思うから、関連企業に投資しています」


 美桜さんが真剣に聞いている。


 その時、翔が図書室にやってきた。


「聡、また勉強してるのか」


 翔が苦笑いした。


「翔、野球部の練習は?」


「今日は雨で中止になった」


 翔が僕たちの机に近づいた。


「美桜さんも一緒ですね」


「はい。田中君に投資のことを教えてもらっています」


 美桜さんが説明した。


 翔が僕を見た。その表情に、何か複雑なものを感じた。


「聡、最近美桜さんとよく一緒にいるよな」


 翔が小声で言った。


「図書委員会の活動だから」


 僕は答えたが、確かに委員会以外でも話すことが増えていた。


「まあ、それはいいけど...」


 翔が言いかけて止めた。


「何?」


「いや、別に」


 翔の態度が気になった。


 美桜さんは本を読んでいるふりをしていたが、僕たちの会話を聞いているようだった。


「美桜さん、明日も図書委員会ですね」


 僕が話しかけた。


「はい。新刊の整理がありますね」


「一緒に頑張りましょう」


 美桜さんが微笑んだ。その笑顔を見ていると、なぜか胸が温かくなる。


 帰り道、翔と二人になった。


「聡、君は美桜さんのことをどう思ってる?」


 翔が突然聞いた。


「どうって...いい人だと思うよ。知的だし、話しやすいし」


「それだけ?」


 翔の質問が鋭い。


「それだけって...」


 僕は困惑した。確かに、美桜さんと話していると特別な気持ちになる。でも、それが何なのかよく分からない。


「聡、君は美桜さんに特別な感情を持ってるんじゃないか?」


 翔の指摘に、僕は動揺した。


「特別って...」


「恋愛感情だよ」


 翔がはっきりと言った。


 恋愛感情。その言葉を聞いて、僕は自分の気持ちを理解した。


 確かに、美桜さんのことを考えている時間が長くなっている。彼女の笑顔を見ると嬉しくなるし、一緒にいると時間があっという間に過ぎる。


「もしかして...そうかもしれない」


 僕は正直に答えた。


「やっぱりな」


 翔が納得したように頷いた。


「でも、どうしたらいいのか分からない」


 前世では、こんな感情を経験したことがなかった。


「まずは、自分の気持ちをはっきりさせることだ」


 翔がアドバイスしてくれた。


「君は美桜さんが好きなのか?」


 その質問に、僕は答えられなかった。


 好きという感情がどういうものなのか、まだよく分からない。


 でも、美桜さんといると幸せな気持ちになるのは確かだった。


 家に帰って、投資日記を書いた。


『1998年6月10日 感情の変化』


『投資状況』

『総資産:約109,000円』

『10万円突破達成』

『IT関連株継続好調』


『美桜さんとの関係』

『投資について教える機会増加』

『文学的会話の深化』

『特別な感情の芽生え?』


『翔からの指摘』

『恋愛感情の可能性』

『自分の気持ちの混乱』

『友情と恋愛の境界線』


『今後の課題』

『自分の気持ちの整理』

『美桜さんとの適切な距離』

『翔との友情維持』


 続いて、青春日記も書いた。


『初めての恋愛感情?』


『美桜さんへの気持ち』

『一緒にいると幸せ』

『笑顔を見ると嬉しくなる』

『時間があっという間に過ぎる』


『翔の役割』

『親友としての鋭い観察力』

『恋愛への適切なアドバイス』

『僕の成長を見守ってくれる』


『混乱する気持ち』

『恋愛感情の理解不足』

『友情との違いが分からない』

『どう行動すべきか迷い』


『大切な気づき』

『投資以外の感情の発見』

『人間関係の複雑さ』

『青春期特有の体験』


 その夜、僕は長い間眠れなかった。


 美桜さんの笑顔が頭に浮かんで離れない。


 これが恋愛感情なのだろうか?


 前世では、こんな純粋な気持ちを経験したことがなかった。


 翔の指摘は正しいかもしれない。


 僕は美桜さんに特別な感情を持っている。


 でも、その気持ちをどう扱えばいいのか分からない。


 まだ中学1年生。恋愛について考えるには早すぎるのかもしれない。


 でも、この気持ちは確かに存在している。


 投資では冷静な判断ができるのに、恋愛となると全く分からない。


 人間の感情は、株価よりもはるかに複雑だ。


 明日、美桜さんと会ったとき、どんな顔をすればいいのだろう。


 いつものように自然に話せるだろうか。


 窓の外では、梅雨の雨が静かに降っている。


 この雨のように、僕の心にも新しい感情が降り始めている。


 転生して初めて経験する、恋愛という感情。


 大切に育てていきたい。


 でも、翔との友情も、勉強も、投資も、すべて大切だ。


 バランスを保ちながら、この新しい感情と向き合っていこう。


 中学生活は、思っていた以上に複雑で、そして美しい。

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