第011話 夏休みの新戦略
1997年8月5日 小学6年生の夏休み
「聡、おはよう!」
翔が僕の家のチャイムを鳴らした。朝8時。夏休みが始まって5日目だった。
「おはよう、翔。今日も早いね」
「夏休みの投資研究、今日から本格的に始めようぜ!」
僕たちは事前に夏休みの計画を立てていた。午前中は投資研究、午後は普通の遊び。メリハリをつけて、小学生最後の夏休みを充実させる作戦だ。
リビングで母さんが麦茶を用意してくれた。
「翔君もお疲れさま。今日も暑いから、こまめに水分補給してね」
「ありがとうございます、おばさん」
僕たちは自分の部屋に向かった。机の上には新聞の株価欄、投資ノート、そして最近購入した投資関連の本が並んでいる。
「まず、現在の状況を整理しよう」
僕は投資ノートを開いた。
『1997年8月5日時点のポートフォリオ』
『仁天堂株:10株(現在価格3,700円、含み益約2万1千円)』
『現金:約2万円(前回売却代金含む)』
『総資産:約6万円』
「すげー。まだ上がってる」
翔が感心した。
「3,700円か。200円も上がってる」
確かに、この5日間で仁天堂株はさらに値上がりしていた。ポケモンアニメの人気は予想を上回っている。
「翔の株はどう?」
「俺のも上がってる。15株だから5万5千円になった」
翔も順調だった。彼の総資産は約9万2千円。小学6年生で10万円が見えてきている。
「でも聡、俺たちだけこんなに儲かってていいのかな」
翔が急に真面目な表情になった。
「どういうこと?」
「だって、周りの友達は普通に遊んでる。俺たちだけお金持ちになってる」
これは前世でも感じたことがある感情だった。成功への罪悪感。
「翔、それは違う」
僕は静かに答えた。
「俺たちは努力して勉強した。リスクも取った。それで得た結果だ」
「そうだけど...」
「でも、翔の気持ちも分かる。だからこそ、このお金を正しく使うことが大事なんだ」
僕は夏休み前から考えていたアイディアを話した。
「投資研究会を学校全体に広げない?」
「学校全体に?」
「うん。下級生にも投資の基本を教えてあげる。お金の大切さ、経済の仕組み、リスクとリターンの関係」
翔の目が輝いた。
「それいいな!」
「ただし、実際の投資は勧めない。まずは知識だけ」
「なるほど。教育が目的ってことか」
母さんがノックして入ってきた。
「聡、翔君。お昼ご飯の前に、お父さんが話があるって」
僕たちはリビングに向かった。父さんが新聞を読みながら待っていた。
「お疲れさま、二人とも」
「お疲れさまです」
「実は、君たちの投資活動に興味を持っている人がいる」
父さんが新聞を折りたたんだ。
「地域の青少年育成委員会の人だ。小学生の経済教育として注目されている」
これは予想外の展開だった。
「どういうことですか?」
「君たちに、地域の子供たちに向けて投資や経済について話してもらえないかという依頼だ」
翔と僕は顔を見合わせた。
「でも、僕たちまだ小学生ですよ」
「だからこそいいんだ。同世代から学ぶ方が、子供たちも理解しやすい」
母さんも賛成してくれた。
「聡なら、難しいことも分かりやすく説明できるわ」
僕は少し考えた。これは前世では経験したことのない機会だ。
「やってみたいです」
「本当?」
翔が驚いた。
「でも、翔も一緒にやってくれる?」
「もちろん!聡と一緒なら」
父さんが嬉しそうに微笑んだ。
「それなら、来週の土曜日に第1回目をやってみよう」
午後、僕たちは近くの公園で普通の小学生として遊んだ。野球、鬼ごっこ、昆虫採集。投資のことは一切話さない。
夕方、家に帰ってから僕は一人で考えた。
投資で得たお金。これをどう使うべきか。
前世では、お金はすべて自分のためだった。転生した今、もっと大きな意味があるような気がする。
翔の言葉を思い出した。「俺たちだけこんなに儲かってていいのかな」
その答えは、きっと「還元」だ。
知識を還元し、経験を還元し、いずれは資金も還元する。
そうやって、自分だけでなく、みんなが豊かになれる方法を考える。
これが、転生者としての責任なのかもしれない。
夜、投資日記に新しい項目を追加した。
『夏休みの新戦略』
『投資戦略』
『仁天堂株:継続保有(目標価格5,000円)』
『新銘柄研究:インターネット関連企業』
『利益確定練習:リスク管理の体系化』
『社会貢献戦略』
『地域経済教育プログラム参加』
『同世代への知識共有』
『投資研究会の学校全体展開』
『青春戦略』
『翔との友情を最優先』
『普通の小学生としての時間確保』
『家族との夏休み思い出作り』
『最重要項目』
『お金よりも大切なものを見失わない』
『成功への責任を自覚する』
『転生者として社会に貢献する』
窓の外で夏の虫が鳴いている。
小学6年生の夏休み。最後の小学生の夏。
投資で成功することも大事だけど、もっと大事なことがある。
翔との友情、家族との時間、そして普通の小学生としての青春。
これらすべてを大切にしながら、僕は新しい挑戦に向かう。
地域の子供たちに投資を教える。
前世では想像もできなかった体験だ。
でも、それこそが転生の意味なのかもしれない。
より良い社会を作るために、知識と経験を共有する。
それが、30歳で死んだ前世の自分への、最高の供養になるはずだ。
明日からも、投資と青春の両立を続けていこう。
翔と一緒に、小学生最後の夏を最高の思い出にするために。
そして、少しでも多くの人に「お金の大切さ」と「お金よりも大切なもの」を伝えるために。
転生して2年4か月。
僕の新しい人生は、確実に前世を超えている。
そして、この夏休みが、さらに大きな成長の始まりになりそうだ。
約6万円の資産は確かに大きい。
でも、翔との友情、家族の愛情、そして地域の人たちからの期待。
これらの価値は、お金では測れない。
前世で学べなかった、本当の豊かさ。
それを学ぶために、僕は転生したのかもしれない。
小学生投資家として、そして一人の12歳として。
バランスを保ちながら、僕は歩き続ける。
転生者として与えられた、第二の人生を大切に。
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