「実は俺、勇者じゃないんだ」から始まるS級美少女たちの『花嫁競争』〜勇者じゃないなら誰とでも結婚できるんでしょ?なら私と結婚しよ?〜

わいん。

第1話 俺は勇者じゃない




「――勇者様は王女様と結婚する決まりなの」


 俺がその決まりを聞いたのは九歳の頃。

 

 母さんから、『勇者と魔王』という絵本を読み聞かせられた時だった。


「おうじょさま? ……母さん、王女様ってまさか、王様の娘のこと?」


「ええ、そうよ?」


「それは……絶対に結婚しなきゃダメなの?」

 

「勿論よ! 王族はそうやって勇者の血を取り入れて強くなっていくの……ちなみに決まりを破ったら、こわーい目に遭っちゃうのよ?」


 母さんは両手をだらんと垂らし、お化けの真似をする。


「母さん、そんなんじゃ怖がらないよー! それよりもさ――」


 その時の俺は、他人事のように聞き流していた。


 六年後に、『勇者として魔王を倒す旅に出る』ことになるなんて知らずに。



 ――――――――――――――――――――――――

 

 ――七年後。


 

「……よっしゃあ! なんとか四天王の一人を倒せたぞ……ッ!」


 薄暗い地下室にて。

 俺――勇者グロウは、地に伏す魔王軍四天王の魔族を見ながら、拳を天に突き上げた。


 魔王討伐の旅に出てから約一年――俺たちは、ついに一人目の魔王軍の四天王を討伐した。

 

「――グロウさん、お怪我はありませんか?」


 すると、純金で編み込まれたような美しい金髪をした女性――聖女であるリシアが俺の元に歩み寄ってきた。


「大丈夫、リシアの支援魔法のおかげで無傷だよ」


「でしたら、良かったです」


 すると、リシアは興味を無くしたのか、自身が持っている杖を点検し始めた。

 

 リシアは、いつもどこか機械的だ。

 もう旅を始めてから一年にもなるんだし……俺としては、もう少し打ち解けて欲しいんだけどなぁ……。


「他の二人も怪我はないか?」


「私は大丈夫ですっ!」


 そう言ったのはこのパーティの剣聖――ユリナだ。


「というか……センパイがほとんど一人で戦ってましたから、怪我のしようがないですよっ!」

 

 彼女は、俺にグイグイと近づいてくると――

 

「……でも、もうちょっと私たちを頼ってくれても良いんですよ?」 


 上目遣いで、そう言ってきた。

 その様子は少し、悲しげだ。


「――ユリナの言う通りね。いくら勇者だからって、あんたはでしゃばりすぎだわ」


「ら、ラミリア……」


 腰に手を当てて、口を挟んできた彼女はこのパーティの賢者――ラミリアだ。


 ラミリアは、紅玉のように輝く赤髪を耳にかけると、俺を覗き込む。


 そして、鋭い目線を俺に向けながら、口を尖らせた。


「そんなに、私たちが頼りにならないのかしら? これでも、私は魔法学院を首席で卒業した実力があるし……ユリナに関しては一人でドラゴンを討伐したこともあるのよ?」


「い、いや……頼りにならないってわけじゃないんだけど……」


「ふぅん……? まあいいわ! でも、そんなんじゃあ、いつか……大怪我するわよ?」


 彼女は心配するような、咎めるような目線を向けると地下室の出口へ歩いて行った。

 

 俺が彼女らを頼らないのは、彼女らが頼りにならないからではない。

 彼女らは、実際に凄く強かった。


「(でも……俺には、三人を頼れる資格なんてないんだよ)」


 だって、本当は俺は――のだから。









  

 魔王軍の四天王討伐を果たした日の深夜。

 

 俺は、三人に見つからないようにテントから抜け出し、森を散歩していた。

 

 そして、近くに誰もいないことを確認すると鞘から聖剣を取り出し――


「ふッ!」


 素振りを始めた。

 

 本来、勇者が持っているはずの超人的な身体能力を、当然ながら俺は持っていない。

 だから、寝る間も惜しんで鍛錬を積み重ねなければいけないのだ。


「(全ては、あの時の約束を果たすために――)」


 俺は何度も何度も、虚空に剣を振る。


 そうして、三千回を超えたあたりで、俺は力尽き、地面に大の字で転がった。


「はあ、はあ……今日は、こんなもんでいいか」


 いつもは、ここからさらに二千回素振りするのだが……流石に四天王を討伐した後だからか、疲労が溜まっていた。


 俺は、立ち上がり、聖剣を鞘に収めると、テントへ戻ろうとした。


 その時だった。


「――そうですよね、わかります! 本当に理想の男性って感じですよね……!」


 どこかからか、そんな声が聞こえてきたのだ。


「(この声……聞き覚えがあるような……?)」


 俺は声が聞こえた方向へ、足音を消しながらこっそり近づいた。


 すると――そこには切り株に腰を下ろし、仲睦まじく雑談をする三人の美少女の姿があった。


 そう、俺の仲間――勇者パーティのみんなだ。


「(一体、俺抜きでなんの話をしているんだ……?)」


 本当はよくないことだとわかっていながら、俺はこっそり彼女らに近づき、話に耳を澄ませた。


「――グロウ先輩は誰よりも強いのも魅力的ですけど……それだけじゃないんですっ!」


 意気揚々と言ったのは俺の教え子であり、剣聖である――ユリナだ。

 月光を反射して輝く、肩までで切り揃えられた彼女の銀髪を揺らしながら、彼女は、嬉しそうに話を続ける。


「一年前、生意気にもセンパイに決闘を仕掛けた私を、殺すどころか鍛えてくれたり、仲間に入れてくれたり……心がすっごく広くて、優しいんですっ!」


 すると、ラミリアが「うんうん」と頷いた。


「じゃあ、次は私の番ね? そうねえ……やっぱり、一番は努力熱心なところね。みんなも知っていると思うけど、グロウは毎朝四時に起きて自主練したり、ちょっとした時間があったら作戦を考えてるのよ……私は、グロウほど勤勉な人を知らないわ」


「わかります……! センパイの努力は本当に凄いですよねっ!」


 ユリナが激しく同意すると――


「最後に私ですね?」


 リシアは『待ってました』と言わんばかりに話し始めた。


「なんといっても、グロウさんの良いところは、気配りができることですね……グロウさんは――」


「(いや、これ……聞いちゃいけないやつじゃね……?)」


 聞いていると、俺の頬が熱くなっていくのを自分でも感じた。

 

 彼女たちは俺に惚れているというわけではないが……俺というに助けられたことに恩を感じ、尊敬してくれているのだろう。


「(でも……俺は、本当は勇者じゃない……ただの復讐のために勇者と偽ってるだけの、汚れた凡人なんだよ)」


 俺は罪悪感でいつの間にかに、拳を強く握っていた。


 そして、このまま盗み聞きを続けるのも悪いので、すぐにこの場を後にした。

 

 









 ――グロウが立ち去った後。


 勇者パーティの聖女であるリシアが「はあ」とため息をつくと――


「――もしも、グロウさんが勇者様じゃなかったら、すぐにでも告白しているんですけどね〜♡」


 心底残念そうに、そう言った。

 

「王様からの命令で、『』って定められてますからね……っ!」


「そのせいで、私たちとグロウは絶対に結婚できないのよねえ……」


 三人は物憂げそうにため息をついた。


「確か……決まりを破った女性は、処刑されてしまうんでしたっけ?」


「全く、酷い話です……国は勇者を血を強くするための道具としてしか思っていないのでしょうか」


「……なんなら、今から王城に乗り込んで王様を脅してこようかしら」


 ラミリアはそう言うと、持っていた杖をブンブンを振り回してみせた。

 

「ラミリアちゃん? そんなことしたら指名手配されちゃうよ?」


「冗談よ冗談……でも、グロウが勇者じゃなかったらなぁ……」


 三人は運命を呪うように、ため息をつくのであった。




《後書き》


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