欠ける太陽に満ちる月 〜聖女に育てられた魔王〜

つかさあき

第一章 1話 凱歌と挽歌

1


 働きに出ていた大人たちが、アデンの村に戻ってきた。村の者は『収穫』に歓喜していたが、それを冷ややかに見つめる視線も少ないながらもあった。

 アデンの村は大陸南部にあるベルゼン王国の端も端、いわゆる辺境と言われる土地柄であったが、ベルゼン王国は肥沃な穀倉地帯を有しており、辺境のアデンと言えどもその恩恵を受けていたので、平時なら田畑は大地の恵みに満たされていた。

「狩るは作物にあらず、人の首」

 まだ幼いドーラは年齢不相応な笑みを浮かべながら、低く呟いた。

「ドーラ、聞こえたら大変ですよ」

 隣にいた、ハルハは聞き逃さなかったらしく、注意する。

「でも、ドーラの言う通りね……」

 ハルハはそう言って、ドーラの頭に手をやった。

 ハルハはドーラより年上の、と言っても歳の頃は二十歳にも満たない。それでもドーラの倍は生きており、実際、戦災孤児であるドーラの姉であり、母であった。

 今から十年前、人類と魔王との壮絶な戦いがあった。数百年の長きに渡り大陸を支配していた魔王に、英雄アルトゥールとその仲間が勇敢に立ち向かい、これを撃破したのだ。

 アルトゥールは見事、魔王を倒したものの、相討ちという形で命を落とし、彼を支えていた仲間たちも、僧侶のエネを除いて同じく戦場に散った。

 魔王の支配が解けた後に、平和が訪れるはずだった。しかし待っていたのは、魔王に取って代わって大陸の覇権を握ろうとする各国の思惑であった。

 北方のギール連邦、南方のベルゼン王国、西方の都市国家連合ワラキア。主にこの三つの勢力が覇権を競い、各地で大小様々な規模の戦いを展開していたのだ。

 ベルゼン王国の辺境に位置するアデンも例外なく戦禍に巻き込まれ、村は破壊と略奪の憂き目に遭った。それでも人々は生きて行かなければならない。

 辺境の小さな村にわざわざ救援の軍を派遣する必要も余裕もない中央政府は頼りにならず、アデンの人々はすきくわ持つ手に手製の槍や剣を持つようになり、近くの戦場に赴いては死体から金目のものを奪う、野盗の集団へと変貌していった。

「おい、ハルハ!」

「は、はい!」

 に出ていた、ダンという名の男がハルハに近づき、

「あいつらの様子はどうだ? 売りに出せそうか?」

と、聞いてきた。

「いえ、まだ体調が思わしくないので……」

 言い終える前に、平手で黙らさせられた。たまらずハルハは地面に倒れるが、ダンは更に、

「おめえはよ、ガキどもの面倒を見るのが仕事だろうが! さっさとあいつらを治して売れるようにしとけ!」

 文字通り吐き捨てると、ベッと唾を吐く。

「申し訳ありません、申し訳ありません!」

 ハルハは唾を吐かれようとも、地面に額を擦り付けてダンの許しを乞うばかりだ。

 この光景もいつもの事で、他の村人も止める事はしない。ひどい時は止めるどころかダンに加勢し、こぞってハルハを責めたてることもしばしばだ。

「まあいい。あいつらの事は引き続き、面倒見とけ。それと──」

 ダンは平伏するハルハに顔を近づけ、小さな声で、

「アレは出来ているか?」

 と、聞いてきた。ハルハは黙って頷き、懐から小さな包みを取り出し、誰にも見咎められないよう、こっそりと渡す。

 ダンは包みの中身を確認し、満足げに頷くと、無造作に皮袋をハルハの頭に投げ捨てた。

「お前らの取り分だ」

 ハルハは皮袋を拾い上げ、

「過大なご慈悲、ありがとうございます」

 礼を述べた。

「お前に調合の特技がなければ、さっさと売っぱらってたんだがな。ま、そんな容姿ナリじゃ買い手もつかねえか」

 ひゃっひゃっ、と下卑た笑い声を上げるダン。その耳障りな笑い声が不意に止まった。

 何事かと思ったハルハは、そろりと顔を上げると、ダンとドーラが睨み合っていた。

「おい、ガキ。何見てやがる」

 ダンは敢えてドスの効いた声で脅してみたが、ドーラは眉一つ動かさない。それどころか不敵な笑みを見せ、

「そのクスリでいい夢が見れて、羨ましいと思ったんだ」

 と、言い返しさえした。

「ナマ言ってんじゃねえぞ」

「やめてください!」

 ダンの怒号とハルハの哀願が交差する。しかしドーラは身じろぎすらしない。

 自分と同じように殴られる、とハルハは目を閉じた。しかし肉を打つ打撃音が聞こえてくる気配がない。

 恐る恐るハルハは薄く目を開けると、ダンは放心したような表情をしていた。そして何も言わず、ノロノロと夢遊病者のように去って行った。

 その姿を呆然と見つめていたハルハだが、我に返り立ち上がり、

「ドーラ、大丈夫?」

 と、弟のように可愛がっているドーラの身を案じたが、

「大丈夫も何も、何もされてないよ。きっとクスリを吸ってしまったんだろうね」

 にこやかな笑顔で事も無げに答えた。

「そ、そう? ならいいんだけど」

 ハルハは腑に落ちないものを感じたが、この場に止まってダンやその取り巻きが戻ってくるのを避けるため、村の中心から離れた小屋にドーラの手を引きながら、逃げるように去っていった。

 その道中にハルハは常日頃から抱く疑念を思い浮かべる。

 まだアデンの村が平穏であった頃、ドーラは村の子供の中でも取り分け大人しく、内気な男の子だった。よくハルハが庇ってやったものだったが、いつからか人が変わったように、それこそ先ほどのようにダンのような粗暴な大人にさえ物怖じしない少年へと変貌したのだ。

 戦乱期の影響で、隠し持っていた性格が前面に出てきたのだろうか、と思う。逞しくなってくれるのは有り難いことだけど、ハルハは素直に喜べなかった。

「ドーラ。あなたがどうなっても、あたしがドーラを護るから」

 泥と唾で汚れた顔でハルハは笑った。背後からはそれを嘲笑うかのような嬌声が聞こえてきた。

 日が暮れ、夜になると戦利品の分配が行われる。野盗の宴である。

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