ルーラルガーデンを出る前に
五倍子染
第1話
あれほど本棚が足りないと嘆いていたのが、まるで嘘だったかのような日々。
部屋の本棚にずらり並んだ漫画のヒロインが、いつのまにか同い年に、そして年下になっていく。その実感も驚きも湧かないほどに僕は無心で、寝て起きて学校行って寝て…を繰り返す。
夕空の西日を浴びながら電車に揺られ、かろうじて漸近線を保つオレンジを背に家路を歩き、八方から山に見下ろされつつ家のドアを開く。
そして今日もすぐさまベッドの上に転がって、ただぼうっと味気ない天井を見つめる。
母からカッターにシワがつくから着替えろと、汗で蒸れて臭いから布団の上に乗るなと言われているけれど、
わかってはいても着替える気にはならないし、ベッドから降りる気さえ毛頭ない。
だって疲れているんだ。
使いもしない、読みもしない、ただ自己満のためだけに集められた大量のワークに、クラスの誰も使っていない、粋がったハイレベルな参考書。
そんなのをぎゅうぎゅう詰められたカバンを背負わされ、酷使され続けた肩がジンジンと脈打つ。
それをベッドに預けて労いながら、ただ、ただぼうっとする。それだけ。
勉強する気もなければ、ゲームをする気にも、漫画を手に取る気にすらなれない。
いつも帰ってただ部屋でぼうっとしていれば、勝手に夕飯の時間になっている。
なーんも、やる気がない。
…と、呆けて天井を見上げていれば、腹上に小刻みの振動。スマホのバイブレーションが何かを伝えようとしていた。
取って見れば画面には切っていたはずのメール通知。
送り主は…【alithosya104】…知らない英数字。
誰…?
というかメール通知はオフのはず。設定変えたっけ?いつ変えた?
で誰…?
面倒なプロモーションや迷惑メールしか来ないようなアドレスに、見知らぬ送信主からの突然のメール。極め付けは鳴らないはずの通知。
若干の違和感と疑問が、寝っ転がった僕の首を傾げさせる。
けれど同時に、じわじわと滲み出る興味がそれを越そうとしてくる。
気になる。
自動音声や詐欺電話の録音を聞くのは好きだ。どこか得体の知れないぞくぞくとした気持ちが癖になるから。
それと同じくらい迷惑メールを見るのも好きだ。
何とも滑稽だなと思いながらも、背筋がほんの少しヒヤリとする感覚が良いんだ。
そして今、何とも形容し難い心の高揚と共に僕の胸はぞくりと震えて、背中がうっすら寒気を滴らせている。
これが好奇心か、怖いもの見たさか。
それは指先が勝手に動くに十分な動機だった。
見たい。ならさっさと見てしまおう。
それ以上深く考えることもなく、僕は好奇心を託された指先で、その通知をタップした。
そして画面に映ったものを見て、僕はスッと寒気の増した背中に不快感を覚えつつ、胸がどこかに落ちていったような、引っ込んだような感じと共に、また首を傾げるのだった。
(件名なし)
From alithosya104
To あいう
日付 2027/4/11 17:12
拾ってください
勝手口側 室外機の横にいます
ルーラルガーデンを出る前に 五倍子染 @yuno_nagare
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