第2話 糠に釘

 ギフト『ぬかにくぎ』、このよくわからないギフトの能力を知るのは、マルクスがハインリッヒ伯爵家にやってきてすぐの事であった。

 ハインリッヒ伯爵家は大樹海という森が領地にあり、そこには凶暴な魔獣が多数生息している。その魔獣が時々人の住む領域までやってくるので、それと戦うための強力な騎士団を有していた。

 その騎士団長はオイゲン・カリウスといい、剣王のギフトを授かっている。彼がマルクスに稽古をつけることになった。場所は伯爵邸の二話である。

 木剣で打ち合う稽古であるが、当然ながら当たると強い衝撃がある。子供のマルクスにとって、オイゲンの一撃は木剣といえども致命傷になるのだ。

 ただ、オイゲンも本気で打ち込む様なことはしない。彼はハインリッヒ伯爵家の忠実な家来であり、跡継ぎとなるマルクスにけがを負わせるようなことはしないように心がけていた。

 そんな稽古の最中、マルクスに声が聞こえる。


「スキル【糠に釘】を使いますか?」


 不意に声をかけられたマルクスは、集中が切れてオイゲンの一撃で態勢を崩す。

 そこに追撃が来るのがわかり、迷わず


「使う」


 と答えた。

 スキルの発動は、同じくギフトを授かっているオイゲンにもわかる。だが、彼にはその効果まではわからなかった。

 細心の注意を払い木剣に一撃を叩きこむと、あるはずの手ごたえがない。まさしく糠に釘である。

 それはマルクスも同じであった。今まで木剣で攻撃を防いでも、衝撃はあったのだが、今の一撃はそよ風ほどの衝撃もない。不思議だと思ったのが顔に出る。


「マルクス様、スキルを使いましたね」


 オイゲンはマルクスに訊ねた。


「わかりますか」

「ええ。ギフトを授かった者同士であれば、スキルを使ったのがわかるのです」


 そういうとオイゲンは足元の小石を拾った。

 それを上に放り投げると、それ目掛けて腰の剣を素早く抜いて振るった。

 マルクスはオイゲンから力が波となって彼を中心に、四方に流れ出たような感覚になる。


「あっ」


 マルクスが驚いたのは波が見えたからではない。小石が真っ二つになったのだ。


「剣王以上が使えるスキル【覇王斬岩剣】です。小石を斬るときに何か感じませんでしたか?」

「なんか、波がみえた気がしたよ」

「そうです。それがスキルを使ったとわかる根拠ですね」

「へえ。どんなものでも同じくみえるの?色とかない?」

「そのようなことは聞いたことがありません。魔法使いがスキルを使ったなら、実際に火や水が見えますけどね。残念ながら今回のマルクス様のスキルもどんなものか皆目見当がつきません」


 効果の見えるスキルなら、どんなものかわかるのだが、糠に釘という手応えのなさを見ることはできない。オイゲンはこのスキルの得体のしれなさが怖かった。

 なので、それをマルクスに訊ねる。


「マルクス様のスキルがどんなものかわかりません。打ち合った手応えがないということだけしか」

「それだけのものだね。暖簾に腕押し、糠に釘。いや、旗を手で押すというならわかるかな。旗を手で押したところで、旗は押された方向に逃げてしまい、手応えなど無いのと同じ」

「なるほど。それならばわかります。衝撃だけなのですかね?魔法を撃たれても大丈夫だとか?」

「それはやってみないとだけど、試すのは怖いな」

「万が一がありますから。それと、魔法使い同様に、スキルを使いすぎると魔力切れを起こしますのでご注意を」

「それもあるのか。どこまで使えるか試してみたいな」

「それならば」


 スキルの使用回数を確認するということで、そこからはオイゲンはマルクスの体を狙う。

 それが10回を超えたところでオイゲンはやや驚いた。

 手を止めずに口を開く。


「スキルをこれだけ使っても、まだ使えるというのは驚きですな」

「そうなの?」


 マルクスも口を開く。ダメージがないので余裕なのだ。


「スキルは通常10回も使えません。それが出来るなら、戦場は魔法使いによる魔法の撃ちあいが何時間も続きますからな」

「ああ、なるほどね。オイゲンはどれくらい使えるの?」

「8回です。なので、使いどころを気にしなければならないのですが」


 マルクスがスキルを多く使える理由は単純で、ダメージを受け流すだけだからである。

 何もないところから火や水を作ったり、硬い岩を切ったりするのに比べれば、糠に釘を刺すなど、エネルギーを使わない。どちらかというと、刺す側の方が疲れるのだ。

 だから、使用回数が多いのである。

 とはいっても、30回を超えると流石に打ち止めとなった。


「もう無理」


 マルクスがそう言うと、オイゲンは攻撃を止めた。


「ふむ、子供の体でこれですから、将来どこまで回数が増えるのか楽しみですな」

「増えるの?」

「はい。ただ、精々が倍程度です。まあ、マルクス様は他のギフトと違うので、その前例が当てはまるかはわかりませんが」

「それは楽しみだなあ」

「では、スキル無しの稽古を続けましょう」

「えっ?まだやるの?」


 マルクスは信じられないといった顔でオイゲンを見た。子供の体は既に疲労に悲鳴をあげているのだ。

 だが、オイゲンは頷く。


「ここは大樹海と接する領地です。そこの領主となるお方ですから、強くなっていただきませんと」

「父上はそんな感じに見えないけど」

「閣下は賢者のギフトなので、役割が違います」


 そこからまた、稽古が続くのであった。

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