第20話 ママ友会と「見栄の足し算」
私は藤本沙織。32歳。新興住宅地の主婦。
今日、私は「完璧なママ」を卒業する。
けど、別に、誰かのために完璧やってたわけちゃうし!
私の定位置は、子供たちが散らかしたリビング。
毎日、家事と育児に追われている。
ママ友会の案内が届くたびに、
なんだか憂鬱になる。
周りのママ友たちは皆、おしゃれで若々しい。
そして、完璧なママに見える。
それに比べて、私は……。
出産と授乳で、すっかり胸がしぼんでしまった。
「もう子育てで精一杯やし」
「今さら、胸なんか…」
「どうせ、みんな私なんか見てない」
口ではそう言って、諦めかけていた。
だけど、本当は、心のどこかで、
完璧に見えるママ友たちへの劣等感を抱えていた。
それが、今の私の大きな悩みだった。
だけど、今日だけは、違った。
ママ友会の招待状を眺めていた時、
スマホの画面に、ある広告が目に留まった。
『産後のバストも自然に補正! 自信を取り戻すインナー』
そこに写っていたのは、
授乳後の胸を自然に補正するパッド付きインナー。
繊細なレースが施されていて、
普段、私が選ぶような実用性重視の
シンプルなのとは大違いだ。
なのに。
なぜか、そのインナーが、きらきら光って見えた。
私を呼んでるみたいに。
これだ。
直感が、ビリビリと震えた。
これならきっと、私を「新しい私」に変えてくれる。
スマホの画面を凝視する私の指先が、
購入ボタンの上で、小刻みに震え、汗ばんだ。
心臓はドクドクと、けたたましい警鐘を鳴らす。
「こんなものに頼って、完璧なママって思われたいんか?」
「見栄張ってるって、ママ友にバレたら、恥ずかしいな…」
「どうせ、私だけ浮くんとちゃうんか!」
自己否定の言葉が、嵐のように脳裏をよぎる。
指が止まる。
頭の中では「やめとけ」って言うてる。
でも、心の奥底で、
「私、自分もママも楽しみたい!」
という、純粋で、強い衝動が湧き上がってきた。
それが、私の本音だった。
「がんばれ、私、自分もママも楽しむんや!」
小さく震える指先で、意を決して、
「ポチッ……」
購入ボタンを押した。
画面が切り替わり、「注文完了」の文字。
心臓が、大きく跳ねた。
顔が、耳まで熱くなる。
こんな本格的なパッド付きインナー。
生まれて初めて、ポチってしまった。
届くまでの数日間は、ソワソワしっぱなし。
ママ友会の日程が近づくにつれて、不安も募る。
頭の中を、新しいインナーが、
ひらひらと舞う。
まるで、私じゃない誰かが、
私の中で、そわそわしてるみたいだ。
そして、ついに、その日が来た。
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
慌てて玄関に出ると、
宅配業者さんが笑顔で立っていた。
小さな段ボール箱を受け取る。
夫や子供たちに見られないように、
自分の部屋に駆け込んだ。
まるで、悪いことでもしたみたいに。
丁寧に、セロハンテープを剥がす。
蓋を開ける。
ふわり、と。
新品の布の匂いがした。
箱の中から取り出したのは、
私がポチった、パッド付きインナー。
繊細なレースが施されている。
指でそっと触れる。
滑らかな生地の感触。
こんな下着で、私、本当に変われるんだろうか。
胸の奥が、熱い。
期待と、ほんの少しの不安。
混ざり合った、不思議な感情が、胸の奥で渦巻く。
部屋の鍵をカチリ。ガチャリ。
二重にロックする。
ゆっくりと、いつもの下着を外す。
そして、新しいパッド付きインナーを身につける。
ひんやりとした感触が、肌に触れる。
ああ。
なんてことだ。
鏡に映ったのは、胸元がふんわりと整った自分。
自然なボリュームで、気分が上がる。
「おお…!」
思わず、そう呟いた。
感動する一方で、不自然さへの不安もよぎる。
「これ、無理してるってバレるかな?」
「他のママ友より、私だけ浮いてないかな?」
そう思ったら、急に顔が熱くなった。
ママ友会当日。
会場のカフェに着くと、ママ友たちが集まっていた。
私は、新しいインナーを身につけている。
自然体で振る舞おうと努力するけれど、内心はヒヤヒヤ。
みんな、私の胸元を見てないか?
不自然に見えてないか?
ドキドキが止まらない。
他のママ友の完璧な姿を見て、
また劣等感に襲われる。
やっぱり、私には無理だったんだ。
そう、諦めかけた時だった。
山下さんが、私の隣にやってきた。
「沙織ちゃん、なんか今日、雰囲気明るいね!」
その言葉に、胸が熱くなった。
「べ、別に、そんなことないし!」
と、ツンとしながら答えたけれど、
心の中では、喜びが広がった。
完璧なママを演じることから解放され、
自分らしく輝くことの大切さに気づいた。
小さな自信を、そっと掴んだ。
このインナーが、私を新しい世界へ連れて行ってくれた。
そう、信じて、また明日も一歩を踏み出すんだ。
ポチって、本当によかった。
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SNS
沙織のママ友(山下)のブログ
今日のママ友会も楽しかった! 藤本さん、最近ますます綺麗になってる気がするなー。なんか、キラキラしてて、私も見習わなきゃ!
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【次回予告】
悩み相談です。転職が決まった私、高橋由美。憧れの業界への転職ですが、新しい職場は皆、バリバリのキャリアウーマンばかりで、自信が持てないんです。特に、スーツを着た時の胸元の貧弱さが気になっていて…。オンラインで、スーツのシルエットを美しく見せる補正力のあるブラと、胸元をシャープに見せるパッドのセットを「ポチる」勇気を出してみたけど、こんなことして、意味あるのかな? 仕事は実力なのに、下着に頼るなんて情けない? 私、プロとして自信を持てるんでしょうか?
次回 第21話 新しい職場の「勝負下着」
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