第18話 戸惑いと私

 結局、その日は特に何か起きることもなく、ケインとエビはマリーナがいる別邸から寮に帰ってきた。

 エビはどうやって侍女アメリアを説得したのか……それが不思議だったが、どうやら令嬢同士のお泊り会みたいな感じで説明したみたい。

 ケインとマークスはあらぬ誤解のないよう、屋敷の外で警備をしていた。


「お姉さま! ケインたら途中で寝てしまったのですよ」

「あっ、いや、あれはマークスと交代で寝てただけで」

「言い訳なんて、男らしくないです。ねえ、お姉さま」


 二人とも仲が良いのか、悪いのか、判断が難しい。私としてはこの事件を二人で解決して、仲良くなって欲しかったのだけど。

 二人はそこまで話すと、テーブルを挟んで向かい側に座った。なぜ、いつも私の部屋に集まるのかしら……当たり前のようにここに皆集まるけど。


「きっと、騎士が二人もいるから、驚いて近寄れなかったんじゃないかしら」

「そうかもしれません……マークスは今日も警備に行くといってました」

「そう、大変ね。エビのほうは――マリーナ嬢は少し落ち着かれたのかしら?」

「あっ、それは大丈夫でした。彼女に聞かれましたので、一晩中、お姉さまの素晴らしさについて語っておきました」


 エビはそう答えると、大きく胸を張って満足げな顔をした。


「それって、マリーナ嬢に迷惑じゃなかったのかしら?」


 エビの長話に付き合わせてしまったマリーナ嬢を不憫に思い、私は小首を傾げる。

 だが、ケインとエビは顔を見合わせた。


「エリナゼッタ様、なぜそう思われるのですか?」


 瞬きもせずに私を見つめるケイン。


「だって、私のなんかの話をされても……マリーナ嬢はつまらないと思うの」


 そう、私の話なんてされても、面白いことなど特別あるわけない。ましてや、昨日まで私に会ったことのないマリーナ嬢にである。

 だが、私の言葉を否定するように二人は激しく首を横に振った。


「そ、そんなことありません!」


 そんな二人の圧に息を呑んだ私は、思わず目を逸らすと「そ、そう?」とたどたどしく言葉を返す。


「マリーナ嬢もお姉さまのことを知りたがってましたし、むしろ彼女から聞いてきたのですよ。お姉さまが気にされることなどありません。むしろ、お姉さまと一緒にいられる私のことを、『羨ましい』とまで仰ってくださって……ああ、昨日の夜だけではお姉さまの溢れる魅力は語り尽くせませんでした」


 昨日の夜のことを思い出し、目を閉じて両手を胸の前に組みながら語りだしたエビ。

 それを隣で「うん、うん」とケインは深くうなずいて聞いている。

 おかしくない? ……それ、私の話よね。他の誰かの話じゃないわよね。


「そ、それってマリーナ嬢がエビに話を合わせてくれてるだけじゃ」


 私がぽつりとそう言うと、エビとケインがテーブルに両手をついた。


「そんなこと!」


 そのまま二人が同時に立ち上がろうとして、ひっくり返りそうになるテーブル。私は慌てて身を乗り出し、体重をかけて押さえつけた。


「もう、二人同時に立ち上がろうとしたら、危ないじゃないの」

「す、すみません」

「ご、ごめんなさい。お姉さま」


 エビとケインは謝ると、そのまま静かに椅子に座る。

 ふう、あせっちゃったじゃない。突っ伏した私は、そのまま顔をテーブルに押しつけた。ひんやりとして良い気持ち……そんな少し落ち着いた私に向かって、ケインが言った。


「でも、エリナゼッタ様。マリーナ嬢はエリナゼッタ様を心から尊敬しております」

「えっ、なんで?」


 思わず顔を上げた私と目が合うと、彼は慌てて顔をすぐさま背ける。

 その様子に、顔に何かゴミでもついたのかしら、と思って手で確認してみるが、何もついている様子はなかった。

 ケインたら、どうしたのかしら。


「お姉さまは、少しはご自覚されないと。まあ、それがお姉さまの素敵なところでもありますが」


 自覚って、何を? ――そんなことを思うが、訊き返すとまた面倒ごとになりそうなので黙っておいた。


「エビ、マリーナ嬢とはどんなことを話したの?」


 話の矛先を変えようと、訊いた内容。エビは待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべると、それを嬉々として話し出した。


「聞いてください、お姉さま。彼女もお姉さまのことが大好きのようで……まあ、私ほどではありませんが。昨晩は、彼女にお姉さまが七歳になられた頃までのことをお話ししました。私としては、まだまだ語りたかったのですが朝になってしまって」

「七歳……ねえ、どんな話をしたの?」

「そうですね。私が怖がって触れなかったカブトムシを、お姉さまが勇敢にも角を素手でつかんで捕まえたところとか。ああ、あの凛々しいお姉さまのお姿、今にもありありと目に浮かびます」


 大きな碧い瞳、綺麗なブロンドのヘア、エビは見た目的には完璧な美少女だ。

 だが、私のこととなると、行動がとたんに残念な令嬢すぎる。どうしてこうなった……私が姉に転生したせいなのか。


「ねえ、それって」


 彼女が落ち着いたのを見計らって私が口を開くと、それを遮るように彼女はまた話しだした。


「あっ、そうそう、お姉さま聞いてください。マリーナ嬢も私が作った『聖女エリナゼッタ様を慕う会』に入りたいそうなのです。もう、三十人も会員がいて」

「三十人!?」

「はい。まだまだ少なくて申し訳ないのですが」


 それで少ないの!?

 私の驚いていると、逆に心配そうに見つめてくるエビ。


「ねえ、それって、どんな活動をするつもりなの?」

「お姉さまに関すること、すべてです」

「へっ……すべて!?」

「はい」


 そう平然と答えるエビに、返す言葉はない。

 そんな私は助けを求めるように、ケインに目をやった。すると彼は、私の意思が伝わったかのように口角を上げる。


「エリナゼッタ様、良かったですね」


 全然、伝わってなかった。

 何が良いのかしら。もう、二人のことがわからない。

 私はもう無駄なので考えるのはやめ、すべてを受け入れることにした。


「わかったわ……いや、あまりよくわからないけど、とりあえずマリーナ嬢は無事だったのよね」

「はい、お姉さま」


 その返事と同時に教会の鐘が鳴った。その荘厳な響きとともに、エビは何かを思い出したのか、急に立ち上がる。


「あっ、すみません。まだまだお姉さまとお話したいのですが、私、これから会報作りの打ち合わせがありますので」

「私の会の?」

「はい」

「……そう、がんばってね」

「はい!」


 元気のいい返事と、嬉しそうに両手でガッツポーズまでしてみせるエビ。

 もう、何も言うまい――私は長く息を吐いた。


「俺も少し休んでから、マークスと交代することになっているので」

「そ、そう。大変ね、ごめんなさい、力になれなくて」

「いえ、その言葉だけで……もう感激です!」


 私の言葉に目を輝かせ、興奮気味に答えるケイン。

 二人とも何かおかしくない? こういう感じのゲームなのかしら……この世界でやっていけるのか、今さらながら心配になる私だった。


 ☆


 学園へ向かう馬車の中、だいぶこの感覚にも慣れてきた。

 揺れに合わせて体を動かすことも、両腕のしっかりと絡みつく感触にも。相変わらず、ディアナとエビの二人の美少女は私にべったりである。


「ねえ、アメリア」

「なんでしょう、お嬢様」


 彼女が首をかしげると、赤い髪が右に傾き、瞳がまっすぐにこちらを向いた。


「あのね……そ、空が青いわね」

「そうですね。晴れてよかったですね」


 この世界の姉妹はこんなに仲が良いものなのか。それを訊こうと思ったが、それはそれでややこしいことになりそうなので、話題を変えることにする。

 窓の外に目をやると、普通に鳥は飛んでおり、子どもたちの元気な声も聞こえていた。

 ゲームの中の世界とは思えない……もしかしたら、よく似た世界に転生しただけなのかも。


「そうだといいけど」


 私は隣のエビの顔をじっと見つめる。

 でも、この子の名前も顔もゲームと同じなのよね――そう思いながら、彼女の頭をそっと指で撫でてやった。


「お姉さま、昨日もケインが……むにゃむにゃ」

「もう、この子ったら寝ちゃったのね」


 なんだかんだでケインとは仲が良いみたい。このまま、上手くいってくれれば……まあ、そうなれば、少なくともこの子はハッピーエンドを迎えるのよね。

 そんなことを考えながら、私はゆっくりとその柔らかい金髪の感触を楽しむのだった。


 ☆


 学園に着き、馬車から降りると、目の前には人だかりが出来ていた。中心はわからないが、周囲には女生徒が多い気がする。


「あの騒ぎは何かしら……あっ、そうよね」

「お姉さま? 行かなくてよいのですか?」


 ついさっき起きたばかりとは思えないほど、はきはきとした声でそう訊いてくるエビ。

 騒ぎの中心は間違いなく、フェリエ王子。ここで関わるとややこしいことになる可能性は……もちろん百パーセントだ。


「ええ、行かなくて大丈夫よ」


 女生徒の黄色い声がする中、私は二人を連れて通り過ぎようとした。

 振り返るとアメリアが「いってらっしゃいませ」と笑顔で深々とお辞儀をする。それに合わせて笑顔を返した私。

 だが、それに一人の女生徒が私に気がついたのか、大きな声を上げる。


「エリナゼッタ様よ!」

「ほんと、エリナゼッタ様だわ!」


 王子様と婚約間近という噂の女性が、ここにいるのである。この反応は当然と言えば、当然だ。

 私は迷惑だけど。

 彼女たちの悲鳴に近い私の名前を連呼する声とともに、人だかりが波のように引いていった。

 そして、そこに現れたのは高身長で赤みがあるウェーブの金髪。やはり、フェリエ王子だ。


「おはよう、エリナゼッタ嬢、エビ嬢」

「おはようございます、フェリエ王子」


 彼が左手をすっと胸の前にやると、私たちは二人並んでお辞儀をする。

 それを見ると王子は私に向かって一歩踏み出した。


「キャアアアア!」


 途端に一人の女生徒が悲鳴を上げる。それに驚いた私は肩を大きく震わせた。

 王子は彼女を一瞬睨みつける。そして静かになったのを見計らって、こちらのほうを向くと、そっと私の左手を取った。

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