第3話(上) 図書館での出会いと私

 王立学園ビルトシュタイン――――――貴族及び一部の優秀な平民が通う学園。優秀な人材を育てるため、先代国王が作った学校。

 自主性が重んじられており、ほぼ選択制で授業を受けられる。


「ふう。思ったより自由にすごせるのね」


 私は図書館で『学園の歴史』なる本を読みながら言った。

 今日は朝から調べもの。

 そんな文字が頭にうかび学園付属の図書館にきた私。


「前の人格って、どこにいっちゃったのかしら?」


 図書館の静けさに合わせて、そんな独り言を小さな声で発した。

 しかしこの図書館は質素で落ち着く。機能性重視というのか、学園の廊下や教室などの豪華な装飾など、落ち着かないったらありゃしない。


「もう絨毯も豪華すぎて……踏むのを躊躇ちゅうちょしちゃう」


 さっきもあまりに絢爛けんらんたる赤い絨毯じゅうたんに私が踏むのを戸惑っていると、エビとディアナが先に歩いていく。そして、『お姉さま、どうされたのですか?』と振り向き、不思議がられるくらいだ。

 だって、あんなの踏めないじゃない。


「ああ、我ながら小市民だわ……」


 そんな知ったようなことを呟く。独り言が多い気がするが、話す相手もいないのだ。

 ところで小市民であっているのだろうか。小市民の意味もよくわからない私。


「平民よ……やあね……」


 わざと皆に聞こえるようにいう女生徒たち。装飾からして貴族の令嬢だろう。

 その生徒の横を、何冊かの書籍を持った男子生徒が抜けていく。

 だがあからさまに彼を避ける女生徒たち。


 髪を少し伸ばしている銀髪の青年。


 彼はそのまま私の座っている机にくると、その端に座った。

 気がつくとかなり人が多い。

 ここで調べものをする人も多いのだろう。たくさんの書籍を横に置いて、何やらノートに書き写している人たちが大勢いる。

 目の前の銀髪の青年は、本を開いたかと思うと少し読んでは次の本を読むを繰り返している。

 何か目的の本を探しているような感じだ。


 何か探しているのかしら。


 そんな風に彼の方を覗き込むと、視線を感じたのか顔をあげる。


 ふあああ、か、可愛すぎか。


 男性アイドルグループにいる癒し系。そんな感じの優しい目鼻立ちの彼は、私のことをチラとみると視線を本に戻す。


 恥ずかしいのか? どれどれ、お姉さんが手伝ってやろう。


 そんな風に思うが、私もこの世界に来たばかり。人の本探しを手伝えるほどの知識もあるはずがないのだ。

 いや、赤ちゃん並みだろう。何せ、この世界に来て一日目なのだから。


「結構、ロマンティックね、これ」


 私は他にも調べようと立ち上がり、頭に浮かんだ本を何冊か取った。

 が、あまりに難しそうなので……この世界の本を読む練習にと、好きだった恋愛小説ぽいものを一冊、本棚から持ってくる。


『白き竜と青の姫』


 そう書かれた本の表紙には、大きな竜と向かい合う様に青髪のお姫様らしきイラストが描かれている。

 これ、子供が読むような本かもしれないわね。

 そんな事を思いながらも読み進めると、結構、ハマってしまった。


「悲しいけどいい話じゃない」


 短かったので最後まで一気に読んでしまった。

 つい涙腺るいせんが緩みそうになる私。この主人公のミアンカって女の子の淡い思いが、三十路の女の私にも共感できた。


「あの……こういう本を探しているのですが」

「題名はわかりますか?」

「いえ、それが覚えてないらしくて」


 司書さんとさっきの青年が何かを話している。それが耳に入ってきた私。

 やっぱり何か探していたのね。私は本を閉じると横に置き、次の本を広げる。


「それがミアンカという少女の話らしくて……」

「ミアンカですか……うーん」


 ミアンカ? さて、どっかで聞いたような。そう思いつつも本を読み進める私。

 しかし、ミアンカという名前が気になってしかたがない。

 ミアンカ……ミアンカ……。


「ああっ! これ!」


 咄嗟とっさに横に置いた本を手に取ると、彼のほうへと差し出した。

 目を丸くして私のほうを見つめる彼。そして……悲しいかな三十まで男子とあまり話をしたことのない私。いや、仕事だと普通に話せたんだけど……。


「こ、こ、こ、こ……その……その本でっす」

「これ?」


 しどろもどろになりながらも、なんとか本を手渡すことに成功する私。いやあ、こんな可愛い男の子と面と向かって話せる日がくるとは。

 そして彼はその本を受け取ると、「失礼します」と一礼して私の前の席に座った。


 まだドキドキが止まらない。


 男子と話すだけでこんなに緊張してしまった私。

 顔が赤くなってないかしら。そんな心配をし、頬を両手で押さえ体温を確認する。少し熱い、真っ赤だったら恥ずかしい。


「すみません。読んでいたのに……」

「いえ、ちょうど読み終わったので」

「そうですか。じゃ、ちょうど良かった」


 そう答え、安堵したのかにこやかに笑う彼の顔。その顔の愛らしさに少しまた頬の温度が少しあがるのを感じる。

 ページをめくる音が静かに流れる。


「こ、これです!」

「よ、よ、よかったわ」

「よかった。実は妹に持っていかないといけなくて」

「妹? 妹さんがいらっしゃるの?」

「はい。八歳で」

「な、八歳?」

「はい」


 八歳の妹。彼女がこの本を読みたいってことは小学生低学年向けの本だってこと!?

 そんな本にうかつにも涙しそうなった私。精神年齢が低いのかもしれない。


「もしよかったら、内容を教えていただいてもいいですか?」

「えっ? 知らないの?」

「はい。僕は読んだことがなくて」

「そうね……」


 今読んだ本の内容、それを大まかな内容で説明する。内容は細かい所まで話すと時間が足りない。

 私のつたない要約ようやくにも、「うんうん」と熱心に聞いてくれる彼。

 本当、いい子じゃない。お姉さんはそう思う。


「なるほど……いい話ですね」

「そうでしょ!」


 さっき感動した本を褒めてもらい。つい身を乗りだしてしまう私。

 あっ、しまった!

 彼の顔がこんなに近い、恥ずかしい。


「は、はい……」


 少し彼が引いている……。ん? 少し顔が赤いような。

 お姉さんの魅力にやられたか青年。そんなことを思うが、今朝見た鏡、それに映っていた、自分のタレた目を思い出した。

 そんな訳ないか……私は少し冷静になり座りなおす。


「きっと妹も喜びます。読みたがってたので」

「そう。実はうちにも妹がいて」

「そうなのですか?」

「もう生意気で」


 顔に出ていたのだろう、彼は静かに笑った。

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