TS(前編)

 あの後俺——一ノ瀬 有紀いちのせ ゆきは、家に帰り、鶴山 真つるやま まみず水との出来事の顛末について両親へと話すことにした。ダイニングテーブルで、親父とは向かいに。お袋とは隣に座る。


 話し終えた時、両親は暖かい笑みを浮かべる。

「真水君と分かり合えて良かったね」

「……本当は、最初から分かってたはずなんだけどな。俺は変な意地を張って、外面を作って、本心を誤魔化そうとしたんだ」

「有紀は良く頑張っているからな。それだけ、周りの期待に応えようとする悪癖があるんだろう」

 親父は腕を組み、どこか遠くへと思いを馳せるように呟いた。

 本当に、その通りだと思う。

 俺がこれだけ頑張っているんだから、これだけの能力があるんだから、本当の弱いところ、女々しくて、隠したい本心は見せるわけにはいかないんだと。必死にごまかそうとしていた。

 本当は、真水が俺を拒絶した時、あいつが俺の前からいなくなってしまうことが嫌だった。彼はどこか俺が弱々しく、心配性なところは分かっていたと思う。

 だけども、その肝心なところで俺は弱々しい部分を隠そうとしたんだ。俺が強い人間だと思わせようとした。

 本心なんて、隠す必要はなかったのに。楽しいなら楽しい、寂しいなら寂しい、辛いなら辛い。

 隠す必要のない感情まで、心の奥に閉じ込めてしまっていた。そういった意味では、俺は誰よりも男性だったのだろう。

 その俺の心境を理解したのだろう。お袋はその暖かな眼差しで俺の目をじっと見た。

「でも、有紀は女性になって、感情を表に出すようになった。辛いこと、寂しいことを誤魔化さないでありのままでいるようになった」

「……そうかな?」

 俺が首をかしげると、お袋は俺の両頬を軽く摘まむ。

「……なにすんだよ」

「だって、ほら、こんなに幸せそうに笑っているからよ」

「……」

 自分の表情なんて自覚さえしていなかった。だけど、言われてみれば確かに、口角が上がっていたことを自覚した。

 確かに俺は、今、幸せだ。だって、こんなに周りの人に恵まれているのだから。


 ☆☆☆☆★


 それからおおよそ一週間が経った。

 これまでの数日間がかなり色濃く、久々に休息の時間をとることが出来た気がする。ちなみに、土砂崩れに巻き込まれて失った携帯は、お袋に「念のためにつけておいた方が役に立つ」と言われて登録していた携帯保証サービスのおかげで、かなり安価で同じものを手に入れることが出来た。

 また、携帯の引継ぎはクラウド上のバックアップで行われたこと。よって、携帯を失ったことによってすべてのデータを失った、ということは幸いにもなかった。

 戻ってきた携帯を使って真水や船出 道音ふなで みちねと連絡を取っていたが、どうやら真水も退院が決まったようだ。

 それは、しくも俺が次に病院の診察に行く日付と同じだった為、退院の時に一緒に集まろう、という話になった。

「有紀、今日は外来受診の日でしょ、受信予約表忘れないようにね」

「わかってるよ、お袋」

 俺はいそいそと受診のための身支度を整えていた。最初はさんざん違和感を感じていた化粧も簡素なものではあるが、最低限は行えるようになっていた。化粧水やファンデーションで下地を整える程度ではあるが。今度道音にも詳しく話を聞かなきゃな、と心の片隅で思う。

 日焼け止めを腕や足など露出する部分に塗り、クローゼットから衣類を選ぶ。

 あれからというもののお袋には「女性の姿で生活するんだから、ちゃんと女性なりの身だしなみの方法は覚えておいた方が良い」と口酸っぱく言われ、呉服店で様々な衣類を買わされた。

 普通に見ればたった一つか二つのデザインの違いだが、実際に身に着けてみると、俺自身が抱く印象が異なる。自分が納得するまで何時間もショッピングで服を選び続ける女性の気持ちが理解できた気がした。

 正直、最初こそげんなりして面倒に感じたが様々な衣類を見る度、新しい自分が見つかる気がして心が躍って、とても楽しかった。いつか道音と一緒に買い物に行きたいものだ。

 真水は……正直、こういうのは苦手だろうな。俺も男のままだったらきっと服を選ぶ楽しさというものが分からなかっただろう。

「有紀ー、いつまで服選んでるの!ほら時間ないんだから!!」

「もうちょっとだけー!!」

 ……だから、自分の納得がいくまで姿見で何度も服選びに悩むのも致し方なし、ということだ。元々自分を偽ろうとしていたこともあるし、と心のどこかで自分に対し言い訳をしておく。

 真水が見たら、「こんなじっくり服選びしても着れる服なんて一つなのに、意味あるの?」とか言ってきそうだ。多分言われたら怒るけど。

 気が付けば、俺は女性の姿としての楽しみ方を覚えてきていた。

「できたー、ごめんいけるー!」

「本当に時間かかったわねえ……男の時はもっと適当だったじゃない。なんだか昔の私を見てるみたいだわ……」

「色々な自分が見つかることが楽しくって、つい……」

「まあまあ、楽しそうにしているのならいいんじゃないか」

 親父はたしなめるように話すが、お袋はキッと親父を睨む。

「そうやって甘やかすとダメになっていくんでしょ!?有紀が女の子になってからお父さんちょっと有紀に甘すぎよ!」

「え?いやぁ、娘を持つ父親ってこんな気分なのかって新鮮でさあ……中身は変わってないから扱いは同じでいいはずなんだがな、ははは」

 親父は乾いた笑いをこぼした。確かに、実際俺が実家に戻ってから親父から何かきつく叱られたことがない気がする。

「あ、というかそろそろ行かないと!……今日は真水と道音と帰るから、診察終わったら先帰っといて」

「そういうのは先に言いなさい!お昼ご飯一緒に食べに行こうと思ってたのに」

「わー、ごめんって、本当にごめん!」

「……まあいいわよ、友達と楽しく遊んでらっしゃい」

「ありがとう!!」


 ☆☆☆☆★


 病院内の待合室は、高齢者の方々でごった返していた。世間的には平日なはずだが、やはり病気に平日も土日も関係ないらしい。

 看護師や医師は変わらず病棟内を忙しなく動き回る。よく見ればところどころ、異なる色合いの白衣を着た看護師なども居て、おそらく違う病院から通院に連れて行っているのだろう、と何となく向こうの事情に思いを馳せる。

 視覚情報に訴えかけるようにカラフルに配置された案内板を巡り、俺は自分が受診する内科の待合室へと向かう。そこで受診予約票を受け付けの看護師へと手渡し、近くにあったベンチに両親とともに座る。

 待ち時間が退屈なので、スマホで女性掲示板を眺めているとふとお袋が俺に声を掛けてきた。

「そういや、真水君も今日退院だったよね、今は何しているの?」

「あー、あいつは退院時間はもう少し先だよ。予定時間的には俺の診察の方が先に終わると思う」

「ふーん……」

 お袋はそれで納得したのか、自身も携帯を取り出しメッセージアプリを開いて知り合いと連絡を取っていた。

 親父はどこか、落ち着かない様子でぐるぐると辺りを見回していたが、正直みっともないので止めてほしかった。


「一ノ瀬さーん、一ノ瀬有紀さん、こちらの診察室へお願いしますー」

 診察室の奥から俺の名前を呼ぶ声がした。お袋に「有紀」と急かされるように呼びかけられ、スマホをスリープモードへ移行させ、手提げカバンの中へ化粧水やヘアブラシを掻き分けて入れ込んだ。

「ほら、お父さんも早くいくよ!」

「あ?ああ」

 ウトウトしていたようで、お袋が親父を叩き起こした。どこか腑抜けた声と緩慢な動作をしながら立ち上がる。

「親父、なにゆっくりしてんだ。ほら、早く早く」

「有紀もせっかちだなあ、そんなに急がなくたって」

「他の人が迷惑するでしょ!」

「わ、わかった……」

 親父は俺の切羽詰まった表情が伝わったのか、焦った様子で俺の後ろへと続く。

 そして、診察室の横開きになったドアをスライドさせる。そこには診察に使うであろう器具一式や、診察台などが設置された無機質な空間が広がっていた。


 続く

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