24話 悔しさ(前編)
「天原神月……!? 本物……!?」
一同の視線が天原に集まる中、阿流間が珍しいものでも見るように目を見開いて叫んだ。
「そんなに有名なの……?」
アオが驚くと、植田が真剣な表情で神妙に頷く。
「この学校で彼を知らない生徒はいないよ。“特課の天才”とか“さぼりの神”だとか、色々異名がついているほどだしな」
「そこまで言うなら……実力も相当ってこと??」
「実際に見たことはねぇけど、あいつだけは上級貴族が集まるA組のなかでも別格らしいぜ!?」
広夜麻がそう答えると、アオは天原に視線を戻した。周囲がざわめく中、天原の焦茶色の鋭い瞳がA組をゆっくりと見渡す。
「おいA組」
低く、落ち着いた、ぼそりとした声。
神月はポケットに手を突っ込んだまま、だるそうに歩き出した。しかしその足取りは、信じられないほど滑らかで、無駄がない。
ポケットに入れていないその手の指を動かしたかと思うと、いち早く反応した千草とアオが前に飛び出し───、
「「【シールド】!!!」」
慌てて構築したシールドにはヒビが入り、天原の背後にいるA組の生徒達にも衝撃波が届く。
「あ、あの人!! 一瞬魔力を放っただけなのに……!!」
恐怖に近い有崎の呟きが、一同の内心を代弁する。その声で我に帰った車谷が宣言。
「試合、続行!!!」
聞いているのかいないのか、天原は手をポケットに入れ、A組の生き残りに目を向けた。
「オレが参加するからには合理的に行動しやがれ、馬鹿共」
「ば……!? 調子に乗らないでよ!! いつも授業をサボってるくせに、えらそうに」
星野の反論を遮り辛辣な瞳で彼は答える。
「あのさぁ、お前。一回でも何かの成績でオレに勝ったことあんの?」
「っ……!!!」
「言い返せねーなら、オレに従え。てか、現にさっきまでボロクソやられてたじゃん。無駄に死に急ぐ必要はないと思うよ。じゃあ、まず石塚」
「はいよ、久しぶりだな、神月」
石塚と呼ばれた少年が気軽に声をかけるが、天原は顔を顰めた。
「いいよいいよそういうの、めんどくさい。
お前はそこの……魔力の高いクソガキをやれ」
「いやどれだよ」
適当に目線を向けクソガキと言った天原に、慣れているようにすかさず石塚がツッコむ。
クソガキと呼ばれた自覚のある千草は、額に青筋を威嚇しながら立てている。
「茶髪の……ほら、キレてるやつ。お前が適任だ。そんでディストリー、星野」
「ああ」
「あぁ?」
「そこの女……霧山碧をやれ。まぁアレは倒せなくても文句は言わねーよ。後はオレが戦うから。いいな?」
「準備はいい? 待ってあげてるんだけど?」
見計らったアオが大きく声を張る。
──天原神月。話している間も全く隙がなかった。無闇に突っ込んでも防がれるし……国防軍にもそういないだろう。
「実力者、ねぇ」
はは、とアオが楽しそうに笑うと、視線を移した。
「とりあえず君たちは倒させてもらうよ……【魔力弾】!!!」
凝縮された魔力の塊が星野とディストリーを襲う。が、
「個人魔法【盾王】!!」
「【ぜったい割れない盾になれ】!!」
星野の【言霊】によって強化された、ディストリーの個人魔法【盾王】はアオの攻撃でも突破できずに軌道を変えられる。魔力弾はその勢いのまま壁に衝突する。
「君に協力するのは不本意なんだけど。勝つためだ。ぼくの魔法、貸してあげるよ、真面目くん。その代わり指示はぼくが出すから」
「それは感謝するよ。存分に有効活用させてもらう。だけど指示を出すのは俺だよ」
「はぁー?」
決して仲が良いとは言えない2人の協力。
アオにとって個々の力は取るに足らないが、こうなってしまったら未知数。
「気絶させるぐらいのつもりで撃ったんだけど、傷もつけられないなんて……これは、厄介だな」
彼女はますます楽しそうな表情を浮かべた。
「お前、名前は?」
「こういうのって、自分から名乗るんじゃねぇのかよ?? ……つか、さっきクソガキやらなんやら言ってたの忘れてないからな」
千草が不快そうに顔を顰めると、石塚は納得したようで視線を向けた。
「それもそうだな……俺は石塚智也。まぁ、今日は戦うけど同じ魔高の生徒だ。これからよろしくな」
明るくそう言った石塚。天原の生意気な対応と比べて好印象であり、千草は軽く相手の認識を改めた。
(こいつ……意外と良いやつじゃん)
「俺は千草界、よろしく………。じゃ、さっそくやるか」
「ああ、そうだな!!」
拳を構えた石塚に、千草は違和感を感じる。
(個人魔法は強化系か?? いや…)
考えるまもなく目の前に拳が迫った。千草は瞬時に頭を横へ逸らして回避する。
「速っや!!?? あっぶねぇ……」
「へえっ、避けるのか!? さすがだなお前!」
石塚を視た彼は、ようやく違和感の正体に気づいた。
「石塚、お前……個人魔法、いや強化魔法さえ使ってないな?」
(碧と特訓してないと避けることさえできなかっただろうけど……)
「ん? ああ、よく気づいたな」
何でもないようにそう言うと、言葉を繋いだ。
「俺、個人魔法を持ってねんだよ」
あまりに軽々しくバラした石塚を見て、聞き間違えかと耳を疑う。殆どの者が魔法を持つこの時代、個人魔法がない人間は非常に稀なのだった。
「……っ、はあ!!???」
千草は、一コマ遅れて目を剥いた。
それぞれ戦闘が始まるなか、1人置いてけぼりにされている少女がいた。紺の長い髪で顔が隠れ、強張った表情が更に暗く見える。
「わわ、私は、どうすれば……」
「……有崎みずな。成績はB組最下位」
「ひぃ!?」
静かに呟かれた声に悲鳴をあげ、顔を青ざめさせた彼女。気づいたら有崎の目の前に天原が立っていた。
「ななななな、なんで私のところに!? 何もないですから!! ほほほら私、超弱いですし……」
「いいから聞け。確かに弱いんだろうよ。戦ってるの見たことないけど別に魔力も多くねぇし、身体能力もそこまで高くないだろ」
「うっ……いや、そうですけど……」
「弱さの原因は、お前のその性格だよ。さ、ヒントはこのぐらいでいいだろ。残りものは残りものどうし、始めようか」
楽しそうに口角を上げた天原に対し、表情筋をひくつかせ、冷や汗を掻く有崎。
「え……勘弁、してください……」
彼女は、ガタガタと震える手で杖を握り、天原と向き合う事となってしまった。
空気が大きく揺れ、アオの存在感が1段階上がる。さらに強い圧迫感が彼らを襲うのだ。
「さーて、負けるのは嫌だし、強めにいくよ」
「魔力の解放……!? さっきの魔力弾も相当な威力だろうに……」
「びびってる暇あればさっさと盾作ってよね」
星野の煽りに素早く叫んだディストリー。杖を大きく振って前に突き出した。
「言われなくても今やってる!! 【盾王】!!」
「【盾よ、100倍の強度になれ】!!!」
「【魔力弾・20連】」
アオが両手をかざすと、髪が揺れ、空中に20の魔力の塊が用意される。その1つ1つが暗く濁った奥の見えない球体。星野の表情に恐怖が走る。
「【盾、もっと、もっと強くなって】!!」
全弾、盾に直撃する。
その威力で、衝突した煙が立ち込める。ディストリーと星野は盾ごと向こうまで吹き飛ばされた。
「……うそでしょ?」
呟いたのは星野達、ではない。
その方向に目を細めて凝らしたアオが、頬を引き攣らせながら呟いた。
壁には大きく抉られた跡がある。アオの魔法の影響。
しかし、彼らと、その盾はなんと────、
無傷だったのだ。
星野は、背後の変形した壁を振り返る。表情を変えないままに喉元を抑えた。掠れる呼吸音だけが音を鳴らしている。
(もし最初の100倍のまま受けてたら、ぼくたち確実に……!!)
「お、俺たちを殺す気か!!??」
ディストリーは、前のめりにアオへ向かって、あり得ないと叫ぶ。アオは不思議がる表情をしていた。素のままに、理解できない、と首を傾げる。
「人ってこのぐらいでは死なないよ??
ほら、先生たちも止めに入ってないじゃん」
アオがちらりと2人の教師を見ると、駒井の腕を車谷が掴んでいた。駒井はその手を払いのけながら、疑いを隠さず車谷を睨む。
「実際盾がなければ死んでたろうに……なぜ、止めるんですか、車谷先生……」
「いまはだめですよ、先生。だってあの子達は今……、成長しようとしていますから」
車谷は展開される戦闘に圧倒されながらも、面白そう、見守るように笑みを浮かべていた。
見事アオの魔法を防いで見せた星野たちが呼吸を整えるように息を吐く。ディストリーはアオの仕草を一挙一動見逃さないようにアオに視線を止めながら口だけを動かす。
「次は威力も消す自信がある。そっちは?」
「ぼくもだよ。もし霧山碧に余裕があったとしても、あれを越すほどの火力は模擬戦のルール上出すことはできないはず……ゔっ……」
星野が片手で喉を押さえたかと思うと、突然地面に膝をつき────吐血。
「ちょっ、おい、平気か!? 星野!?」
「君の痩せ我慢よりはマシ。君の魔力、もう全然ないよね……」
「なんで……!?」
「次、攻撃が来たら、君1人で防ぎきって……ぼくは、その間にあいつを倒すから」
覚悟を決めた表情。
だが、彼女の言葉を切るようにディストリーも真剣な顔を見せ、それから星野に挑戦的な笑顔を向けた。
「指示をするのは俺だって言ってたよね。
だけど……そうしなきゃ、あれには勝てないのも同意だ……覚悟はできてるよな?」
「はは、このぼくを誰だと思ってんの!!」
作戦は決まった。
あとは行動に移すのみ。2人は詠唱を合わせる。
「「汝の願いを聞き入れたまえ……」」
「個人魔法【盾王】!!」
「【速くなれ】」
彼らが準備をし始めるのを確認して、アオは体の内側に思考を走らせていく。星野とディストリーがこの戦闘を終わらせようと必死になっている様子を察し、それならと魔力を巡らせる。
──さっき使った魔力の倍……、残りの半分を……。
エネルギーが強制的に歪まされて、凝縮され、グォンと激しい音を鳴らす。
アオは両手を前に構え、腰を落として足で地面を踏ん張った。
「光まほ、うっ……【
慣れない光魔法に、目の奥で激しく星が散り、顔を顰める。
アオの正面に数えきれないほどの光の球が瞬いた。それは光速で盾に激突し、目が眩むほどの輝きを放つ。
「うっ……」
アオが思わず頭を抑えると、彼女の背後で舞った煙が空気を切り裂いた。勢いよく振り返るアオの目に映るのは近くに迫った少女。
「ぼくの、勝ち……」
その声に、海色の瞳がすっと細まる。
彼女はなぜか、愉しげな表情を浮かべていた。
【1000PV感謝!!】最強少女の魔法奇譚 浪崎ユウ @namisaki_yuu
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