22話 神級魔導具ってなぁに(前編)
「これっ、て……」
「この杖は第三部隊の漆原隊長が管理と研究してたらしくてね。
しかもこれ、本当に珍しい杖みたいで、階級は神級魔導具にあたるらしい。なんでも素材がこの世界のどこにもない素材でできてるって言ってたよ」
「たしかに……すごい杖だ。でも、なんでそんな貴重なものを私に?? 私、今のままでも別に特級魔法師だよ?? 神級って国宝レベルだし、下手したら世界の財産にもなり得るんじゃ……」
「それがねぇ? もともと碧の物で、使い方を間違えると真面目に大変なことになるから碧に内緒で管理してたって漆原隊長が言ってたんだけど……って、見覚えないの?」
那原は同期であり、同じ第零部隊に所属はしているが、アオの事を詳しく知っているわけではない。
彼女が記憶喪失だと知っているのは、鬼谷、市川、部隊の隊長達、そして坂のみなのだ。
──懐かしい感覚。つまりこの杖は私が記憶を失う前に持っていたということ。神級魔導具なんて、世界にも片手で数えるほどしかないし、扱える魔法師は、特級か、神級魔法師しかいない……。
神級魔導具は、その魔導具ひとつひとつが世界の均衡を左右するほどの力を持つ。
魔王を討伐したとされる勇者でさえも、その力を存分に振るうことはできなかったらしい。
アオは軽く首を振った。
──隊長になって機密情報を見れるようになったけど記憶は一向に戻らない。
「考えるだけ無駄、か……。なぜこのタイミングで返してくれたの?」
「漆原隊長は『試しに今日の魔法実技の授業で使ってみてねぇ、危険を感じたらぁやめるんだよぉ』って言ってた」
那原はそう言いつつ、視線をほんの一瞬だけ杖から逸らした。
「でもアオ、さすがにソレ、使わないよね……?」
「まさか授業程度で……」と確認するように問いかける。
アオのような魔力の持ち主が神級魔導具の杖を使って惨事にならないわけがないのだ。
「霧山碧!!!」
息を切らして叫ぶ少年。
声の方を見ると、先程出会った生徒、天原神月が立っていた。
「あれ?? 君、来たんだ。
てっきり面倒事には関わらないタイプかと」
「おまえ……!!!!」
「そんな杖を手に持っておいてよく言えるな?? ハァ、えげつない魔力駄々漏らしといて、自覚あんのか!? クソが……」
「誰、この口悪い子」
「スカウト候補の一年生だよ」
「あー、理解」
那原とアオが小声で話していると、天原はため息をついた。
「聞こえてんだよアホ。つーか、そのおっさん明らかに魔高関係ねぇだろ、不法侵入でチクるぞ??」
アオは少し間を開けて、笑顔に戻る。
「この人は私の叔父なんだよ。学校が見たいっていうから連れてきたの。だよね?」
綺麗な笑顔で那原に目配せをする。
しかしその目からは圧がかかっていた。話を合わせろ、と睨むような瞳。
「は、はは……実はそうなんだよね〜!! だから、おっさんでも不法侵入でもないよー」
「……胡散くさ」
「えっ」
思わず声を出す那原に、再度ジト目をする天原。確実に嘘だとバレたようで呆れられている。
「まぁどうでもいいけど。
さっさとその杖、防魔布に入れてこの場を離れたほうがいいぜ。ここには勘のいい教師がいるからな」
「へぇ……忠告ありがとう。でも君、なんでそんなに教えてくれるの?」
「そりゃぁ、面倒事に巻き込まれんのはごめんだし。お前、そろそろ魔力抑えろよな、ろくに昼寝もできねぇんだよ………」
「ハイハイ」
──これでも抑えてるつもりなんだけど。
「……特に危険はないみてぇだから見逃してやる。じゃあまた、後でな」
天原がほんの少しだけ口角を上げた気がした。
──また、後で??
彼が軽く手を振ったかと思えば、突如、天原の周囲の空間が歪み────、姿が、消えた。
「「えっ……!?」」
アオと那原の声が重なる。
すぐに彼女は天原が消えた付近に駆け寄り、手を口元に当てた。
──魔法式の痕跡がない……つまり個人魔法か。これは空間魔法系?? いや、もっと別の……。
「これはまた、稀有だね〜」
感心している那原を他所に、アオは目を輝かせる。千草に続く、新戦力。
「天原、か。何がなんでも入れるしかないな。……国防軍に」
「一体どこで何してたんだよ、碧。昼休みまであと3分しかないけど?」
誰にも気づかれずに教室に入ったと思ったが、隣席の千草には勘付かれたらしく、教科書の裏でこそこそと話す。
「ちょっと野暮用……仕事だよ。初回の授業を受けられなかったのは惜しいけど、人命優先だからね」
「それはそうだろうけどさ……」
話し声に気づいた教師がアオたちを睨んだ。
「聞いているのか、千草!! 今説明した内容を貴様が説明するか!?」
(こいつの成績は最下位から2番目……おまけにヘタレときた。二度と俺の歴史の授業で生意気な口がきけないようにしてやる……)
そう、教師は千草を舐めていた。
彼が実力を隠していたことを、知らない。
千草はニヤリと笑みを浮かべ、立ち上がる。
「いいですよ。ま、"俺"が戻ってきた証拠をしっかり残さないといけないし、な」
「っへ??」
「2245年のあの戦争の説明、であってる??」
いつの間にか教卓へ立ち、カツ、と黒板にチョークを当てた千草が語り出す。
「2240年に世界防衛共同戦線が設立され、急速に魔法の研究が進んだ日本で、勇者と呼ばれる者が現れた。まぁゲームみたいなネーミングだけど、実際、満を持して人間界に渡航してきた魔王と戦ったってとこだな」
「え、その、千草?」
教師の困惑したような表情が、生徒達の感情を物語っていた。実際、驚く程に正確で、細かい。
「センセイの言う2245年は、当時18歳になったばかりの若き勇者、西園寺輝央と魔王カストルが戦い、人間が勝利した年だ。
西園寺は魔王を討ち滅ぼし他の魔物達も撃退した。それは世界の英雄、まさしく勇者だった、とかはニュースで有名な文だよな。彼は日本初の神級魔法師に認定された後、義弟を日本国王に推薦して、現在は国防軍上層部として任務を下しているらしい……」
ここまでをスラスラと言い切った。わかりやすい図と文字で黒板も綺麗にまとめられており、生徒達は慌ててメモを取る。
だが、そこでアオは1つ引っかかり、疑問に感じていた。
──勇者の義弟?? 軍の図書館の本には弟としか書かれてなかったはずだけど……。
「俺がぱっと思いつくのはこのぐらいだけど、なんか異論ある?」
「はい、千草せんせー!!」
阿流間がまっすぐ上に手を挙げた。
「質問? 阿流間か、なんでもどうぞ」
「じゃあじゃあ!! ずっと気になってたんだけど、なんで魔王を倒して、魔王軍も壊滅したのにのに魔物が沸いてるの??」
「正確にいやぁ、半壊滅程度だな。今メインで暴れてんのはその頃の残党ばっかで、幹部クラスはほぼ人間界に残ってないらしい。それ以外だと──」
「わかった、わかったから、もういい!! 席に座れ!!! 今日はこれで終わりとする!」
慌てて教師が遮る。
自分の仕事を殆ど取られ恥をかかされていた。千草は物足りなさそうな表情をするが、ちょうどチャイムがなったので大人しく席に着くことにした。
気になったので、アオは千草に口を寄せて話しかける。
「君、歴史に詳しいの?」
「別に? これくらい誰でもわかる」
「ふーん、そぅ。昼ごはん、一緒に食べない?」
「急だな……てか食堂の場所、わかるの?」
「え? 案内してよ」
さも当たり前かのような表情で目を丸くするアオ。そんな彼女に呆れたような目を向けるが、気にしていないのか、にこりと笑っている。
千草は面倒臭そうに、しかし嬉しそうに息を吐いた。
「……わかったよ」
彼らは2人仲良く食堂へと向かう。
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