20話 世界の始まり(後編)

「おはよ、碧ちゃん!!」

「おはようございます、霧山さ……ってお前なんで霧山さんと!?」


「おはよ、あかりちゃん、遊太」

「お、はよう……」


 騒がしい阿流間と広夜麻に挨拶を返す、アオと千草。


(周囲の視線が痛い……俺はただの一般生徒なのに……それに……)



 千草が鬼谷と対面した、その翌日。


 しれっと挨拶をして高級車から降りるアオの後ろから、千草が降りてきたのだ。

 しかし彼の歩き方はどこかぎこちない。


「なになに、知り合いだったの、2人!? そうなら先に言ってよ〜」


「いや、えっ、それよりなぜに一緒に登校してんの……!?」


 楽しそうな阿流間と、広夜麻が混乱し喚いている中、背後から植田がやってくる。


「おはよう。それは確かに気になるけど、教室に行こう。ここはちょっと、目立ってる」


 周りを見渡すと、人だかりができていた。

 皆、美少女の編入生とその執事を見にきたのだ。

 ちなみに執事だと思われている部下、市川は毎日の送り迎えを任されている。


「アオさん、お気をつけて」


「うん、今日もありがとうね、おつかれ」







「で!! なんで一緒にいるの!?」


 教室についた途端、半泣きで広夜麻が叫ぶ。


「色々あって、意気投合してね。

私の家に泊まってもらったんだ」



(こいつ、すらすらと嘘を吐きやがる…)



 千草は昨日の出来事を思い返した。



☆☆☆☆☆



「ほら、頑張れ、力こもってないよ〜?」


 千草の拳を手をポケットに入れたまま悠々と避け、彼を煽るアオ。


「うる、せーよ!!」


 息を切らしながら叫ぶのは、千草。

 彼は訓練場でアオと模擬戦をしていた。発端はアオが、いまの千草の力じゃ魔高オリンピアで賞は取れない、と鬼谷に進言したことだった。

 それに反発した千草が、アオに模擬戦を挑んだのだ。


 既に5時間はこの調子である。



「……体力、ありすぎだろ、てめえ」


「私も鍛えられたからねー……」


 アオは遠い目をしながら市川や南本の修行の日々を振り返る。が、すぐに目線を千草に戻した。


「さぁて、そろそろ終わろうか」


「ぅぁっ!?」



 千草は、アオに腹に膝蹴りを入れられ、しゃがみこんで呻く。



(容赦ねぇ……)



「はーい、君の負け。魔力操作が雑すぎ」


 自信に満ちた表情で宣言したアオに、彼は片膝を立てて向き直った。


「……もう一回!! もう一回やらせろ!」


「いいよ!! 君が勝つまで、朝まででも続けてあげる!!」


「えっ、いいのか!?」


 予想外の返答に千草が驚くと、企むような笑顔を浮かべた。その表情に、彼は息を呑んで顔を青ざめさせる。


「もちろん……前言撤回はなしだからね」


アオの言った通り、模擬戦は登校する直前まで続いたのだった。



☆☆☆☆☆



(そのせいでオールだわ、筋肉痛だわ、碌なことがねぇ……)


「だよね?? 界?」


「あ"?」


 心の中で愚痴っていた千草は、反射的に睨みを効かせて瞬時に口を噤んだ。


「いや、その……」


 今まで江山や黒滝の目を気にして、大人しく人目を避けるように高校生活を送っていた彼は、穏やかな口調で話すのが癖になっていた。

 いきなり元に戻すと、不審がられてしまう。


「大丈夫だよ、界、普通に話して。もう君を縛ってたやつらはいないから」


 察したアオがそう語りかけると、驚いた表情をする千草。


「え、なに?? なんのこと!?」

「なにその意味深な会話!?」


「まさか……、いつも早くに来ている江山さんと黒滝さんが来ていないのって……」


 阿流間、広夜麻、植田が順に反応を示す。そんな彼らの平穏な日常風景が微笑ましいのか、千草は軽く笑って呟く。


「俺、碧のおかげで目ぇ覚めたんだ……。言いなりになってても、あいつらの機嫌を取ってもなんも変わらないってさ……」


「ちなみに、界って元不良らしいから、みんな気をつけてね」


「あっ、それは」


 脈略なく素性をバラすアオに千草は目を剥くが、彼女はお構い無しだ。


「不良!?」


「碧お前、何考えて……」


 不良なんて単語、一般人から考えて、悪印象でなくとも良くは思われないだろう。

 嫌われる、その言葉が千草の脳裏に過ぎる。が、杞憂であった。


「かっけえ!! 今時不良って!!!」

「すっごいね、千草くん!!」


 輝いた目で広夜麻、阿流間が騒ぎ立てる。予想外の反応に千草が戸惑った。


「え、いや、お前ら嫌じゃねぇのかよ、こんな……」


「そんなことないよ。実は、いままでずっと挙動も不自然だったし、何かあるなとは思ってたけどね」


 植田が苦笑して千草に語った。


「不良って何するの?? やっぱ他の学校とケンカ、みたいな!?」


「いや、まぁやったことあるけど……」


「まじ!?」


「嫌われると思ったのかもしれないけどさ。俺たちそもそもお前のこと知らねーし……ま、これからよろしくな!! 千草!!」


 快活に広夜麻が笑顔を見せる。

 それは無意識だったのだろうが、いまだ緊張していた千草の心を開かせた。


 ここにいてもいいのだ、と認識させた。


「君は、そのままでいいんだよ」


 アオが静かにそう言うと同時に、

朝礼のチャイムが鳴る。



「朝礼、始めますよー」



 いつもなら無機質で煩いチャイムの音。

 ただ朝礼の開始を告げるだけの西乃の声。


 それでも、千草の耳には軽快に残っていた。

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