18話 千草界(後編)
何日も何日も、飲まず食わずでふらふらと町を歩く。そんな時、深緑色の隊服が目に入る。国防軍の隊員たちが楽しそうに買い物をしているようだった。
その1人は、白警署で貴族に買収された刑事の、背後にちらりと見かけた体格の良い男。
(クズの仲間のくせに……金だけは大量に持ってやがる……)
千草の視線は彼の財布に向いた。
(こっちはお前らのせいで金がないんだ……。
仕方、ねぇ、よな……)
千草は静かに尾行を開始する。
男はポケットに財布をしまい、仲間と別れて歩き始める。
千草は、男の横を走り、通り過ぎる瞬間に小さく呟いた。
「……【
路地裏まで走り去る。
緊張が解けると同時に満面の笑みが溢れる。
「やっ、た……!! ……奪ってやった!!!」
彼の手には、先程まで男のポケットにあったはずの、財布が握られていた。
手に入れた大金に耐えきれない笑いが込み上げて、輝かしい目で財布を開ける。
「ははは!! やっぱり溜め込んでる!! 5万、いやそれ以上!! うわ、ブラックカードって!! これだけありゃあしばらくの家賃も支払えるな!! 家族のみんなも養えるし──」
「何をしている?」
「ひっ……!?」
背後からの低い声に、千草は跳ねるように後退した。バクバクと心臓が鳴る。
「む……すまない。
そう驚かせる気はなかったんだが」
「お前、さっきの!!」
「財布を返してくれないか?」
「そう言われて返すわけないだろ!?」
「そうか」
自分の財布を盗んだ張本人を前にして普通に会話し、あまりにも淡白な返答をする彼に思わず呆れる千草。
「いや、天然かよ……?」
「俺は
(なんなんだこの男は……相手に財布を盗まれてるってのになんでこんな堂々としてんだよ……無理やり取り返そうとする気配もないし)
「……俺は千草界。信じちゃくれないだろうが、この前、冤罪で白警に捕まった人間だよ」
「千草……あぁ、よく覚えている」
(どうせ……お前も)
「この間は庇ってやれなくてすまなかった。
俺は、お前を信じている」
その言葉で、千草の瞳に明るい光が宿った。
唐突に告げられ耳を疑う。
「……はぁっ? そんな言葉……、いまさら信じられるわけないだろ!!! どうせお前も貴族と連んでいるくせに」
「あの時は、白警に潜入捜査をしていてな。刑事が悪徳貴族と繋がっているという情報を掴んでいたから、洗い出しを行っていたんだ。本当にすまなかった。盗みを働いたのも、事件が原因なのだろう?」
(信じる……?? 何年も続けたバイトのおっさんも、教師も、誰も信じてくれなかったのに)
「服の破れ具合と汚れ方から見るに、家に帰れていない、いや金が無く帰れないんだろう?? 俺は孤児や居場所の無い子供達を保護しているんだ。この前庇ってやれなかった代わりといってはなんだが……、俺たちの"家"に来ないか?」
「“家”だと? いやでも家族が……」
「そこはできる限りの支援をしよう。俺に、ついてきてくれないか?」
強引。それでも彼は、今まで会った誰よりも真っ直ぐで嘘のない目をしていた。
(この人は、クズじゃない。俺の言葉を信じてくれるのかもしれない)
溢れそうになる涙を堪え、彼と同じように真っ直ぐ南本を見返した。
「わかった……いえ、家族をお願いします。
南本サン」
彼は、胸の奥でそっと思う。
(もう一度だけ、信じてみてもいい)
───悲劇は重なり、繰り返されるとも知らずに。
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