17話 魔高1年B組(前編)
「今日編入生が来るって知ってる??」
少年がクラスに入った途端聞こえてきた第一声がそれだ。
しかし当たり前だが、彼に向かって話しているのではない。女子生徒がグループになって3人で話しているのだ。
「校私も門の前に黒い高級車止まってたのみたわよ。貴族なのかしら」
「そりゃそうだよ!! 二学期から魔高に編入なんてよっぽどコネがあるか、成績良いかのどっちかじゃん」
話題を始めた明るい雰囲気で黄色髪のポニーテールの生徒が笑う。
「ねー、千草はどう思う?」
千草と呼ばれた少年が肩を揺らす。
「ぼ、僕は……」
「えー?? 聞こえなぁい」
「からかわないであげなよ、可哀想〜」
3人の内、2人がにやにやと笑いながら千草を見た。
「てか、アンタなんで学校いるんだっけ。成績、最下位から2番目のくせに」
薄い茶髪の、ツインテールの女子生徒が煽るように言う。
「ほんとそれ。編入生にもイジられそう」
続いて、黒髪のお団子結びの生徒が言った。
千草は眉間に皺を寄せる。が、それをよく思わなかったのか、女子2人が近づいてきた。
「何その態度、千草のくせに腹立つ」
彼が杖を構えた時、チャイムが鳴った。
千草に耳打ちし、
「……放課後いつものとこで待ってるから」
わざとぶつかりながら通り過ぎた。
一斉に席につき、担任の西乃祭理が入室。
「朝礼、始めますよー」
東京都立魔法高等学園 、1年B組。
このクラスにはいじめがある。
「はじめまして。霧山碧です。よろしくね」
「帰国子女で日本の学校は初めてらしいから、皆さん仲良くしてあげてくださいね。
じゃあ、あそこに座ってくれるかしら」
そう言って西乃が指差したのは、頬に大きなガーゼを貼った、目立たない少年の隣の席。
ずっと使われていないのか綺麗なまま放置されていたようだ。
反対に、少年の席はボロボロで、教科書は破れている。
アオはその少年を見た瞬間、目を見張る。
魔力感知が作動し鳥肌が立った。
──こんな魔力量、私以外に見たことがない。
アオに匹敵するほどの魔力量。その全ては制御され、凝縮されているのが視えた。
「ねぇ、君の名前は!??」
彼女が息を呑むように問うと───、
「……
少年───千草は何も期待していないような、諦めたような紺色の目で、そう呟いた。
朝礼が終わると、1限目は魔法薬学のため、千草はそそくさと教室を出る。その後を追おうとしたアオは1人の生徒に引き止められた。
「ぜひ俺と一緒に薬学室、っい"!?」
プロポーズのような仕草で跪いたオレンジの混じった髪の生徒は、後ろから紺色の髪の生徒に、頭にチョップを喰らわせられる。
「編入早々、幼馴染が迷惑をかけたね。僕は
「痛って、何するんだよ玲!! 俺は
「遊太には気をつけた方がいいよ。片っ端から声をかけてるんだ」
「それ今言う!??」
漫才のような掛け合いに、アオは微笑する。
「よろしくね、植田くんと、広夜麻くん」
「呼び捨てでいいよ、なんなら遊太でもいいからさ」
「僕も玲でいい」
「じゃあよろしく、玲、遊太」
「実は僕、学級委員だから何かあれば頼ってくれ。まずは、そうだな。薬学室への行き方、わからないよね?? 僕たちが案内するよ」
「そうだね。お言葉に甘えて」
アオは軽く微笑み、2人と共に薬学室へ向かった。
魔法薬学とは、魔法で治療薬や毒薬を作る技術を学ぶ分野である。
今日の授業はペアになって睡眠薬を作るのが課題だ。睡眠薬の生成は細かい魔力操作が不可欠なため難易度の高い課題となっている。
植田と広夜麻。
気の強そうな女子生徒2人。
千草と大人しい雰囲気の紺色の髪を長く下ろしている女子生徒。
そして、黄色の髪の生徒とアオ。
4つの班が出来上がった。
千草は無表情のまま黙って指定された席につく。
「あ〜っ!! 編入生だぁ!! えっと確か、碧ちゃん、だっけ!? その髪きれいだね!! 私、
そこまでを流れるように大声で話す彼女。
「う、うん……」
──最初から下の名前呼び……得意ではない、こういうタイプ。
アオは、一方的に距離を詰められると、どう反応すればいいのか分からないのだ。
脳裏に入隊試験で出会った、諸橋の姿が浮かぶ。
『諸橋って呼んで!! よろしゅうな!!』
数々の台詞を頭の中に甦らせる。
彼女ほどではないか、と思い直した。
「よろしくね、あかりちゃん?」
「あかりでいいよ!! それで、いま、何作るんだっけ?」
「睡眠薬だよ……話聞いてた?」
──同世代ってこういうものなの??
つい本音が漏れ出たアオは、混乱を極めた。阿流間が手を出す暇さえないほど素早く、完璧な魔法薬を作り上げていく。
「そこまで!!」
教師の声が響き、皆が動きを止める。
教師は1班ずつ魔法薬を確認していく。
「植田、広夜麻、よくやった。いい出来だな」
「えへっそれほどでも〜」
「いえ、僕らもまだまだです」
広夜麻が得意気にしている傍らで、植田が謙遜している。
「こちらも、うむ。教科書通りの出来だな。
素晴らしい。このまま励め」
「はぁーい」
女子生徒2人の鍋を見て感想を言う。
「ねぇ、あの2人の名前はなんていうの?」
アオが指差して阿流間に問う。
「ツインテールの方は
それとお団子の方は
「いじめ……?」
「ほら、あれ見て」
阿流間の目線を辿ると、ちょうど教師が千草たちの班を確認していた。
鍋の中は変色していて、明らかに失敗だった。江山がバカにするように笑っている。
「さっき私、真維ちゃんが“笑い茸”を入れてたの見てたんだ。千草くんと中学校が同じらしくて、ずっといじめてるんだって!!
なんかさ、千草くんって貴族に楯突いたことがあったらしくて、それで目をつけられたっぽいよ?」
「へぇ。そうなんだ」
「でも……あちゃあ、今日はみずなちゃんも巻き添えにされてるのかぁ……」
千草の隣で縮こまっている女子生徒がいた。
「みずなちゃん、ってあの子?」
「そう、
アオが千草を見ると、彼はまるで慣れきってしまったかのように無表情だった。
阿流間と話していると教師がこちらへ来る。
アオたちの魔法薬を見た瞬間、目を見開いた。
「これは……!? 阿流間、これは誰が作った」
「あっえーっと、碧ちゃんです!! 実は私、なんにもやってなくて、気づいたら出来上がってた!!!」
──素で言ってるのかこの子。悪びれる気配もないな。
アオが心の中で若干引いている内にも、教師は観察を続けている。
「こんなに完璧な魔法薬、見たことがない。教科書に載っている調合方法で現れてしまうはずの欠陥も見当たらないとは……。霧山、どこで魔法薬の知識を?」
返答に困ったアオ。
第三部隊隊長の天才科学者、漆原の元でずっと協働し続けたなんて、口が裂けても言えないからだ。
「読書をするのが好きなので、本で読んだことがあって……」
「ぜひ我が魔法薬学部に──」
授業が終わるまでその勧誘は続いた。
魔法薬学の後は教室に戻り、座学が続いた。
アオの頭は次第に机に近づき、やがて眠りに落ちてしまった。突っ伏したまま、ただ時間が過ぎていく。
4限目になり、前の授業で行ったらしいテストの返却があった。
「植田くん、江山さん、黒滝さん、相変わらずの満点ですね。皆さんも良くなっていましたし、この調子で頑張りましょう!」
西乃が嬉しそうに優しげに目を柔らげた。
アオが隣の席を盗み見ると、20点と書かれた解答用紙を折りたたんでいるところだった。
「何?」
唐突に千草が訊く。アオは一瞬驚いた後、笑顔を浮かべた。
「いや、別になんでもないよ」
アオが驚いた理由。
それは、盗み見たはずの視線を気取られたことに対して、ということもだが、他にも信じられないことがあった。
千草の解答用紙はほとんどの問題で書き直された跡が残っていたのだ。
「千草ぁ、何点だった?」
「聞かないであげなよ、どうせ低いんだから」
──問題を解けないわけじゃない……むしろ、全部一度解いてから書き直している? 誰かに低い点数を見せるため? それとも、何か隠したいことがあるのか……?
江山や黒滝の言葉を無視するように、彼はそっけなく解答用紙をカバンにしまった。
昼休みとなり、千草はまた、そそくさと教室を出る。
「碧ちゃん!! 一緒に食堂行かない??」
「霧山さん、俺と2人で……痛っ!!」
「遊太は黙って。僕たちと行かないかい?」
阿流間、広夜麻、植田がアオを誘った。
「ごめんね、道は人に聞くから、先に行っててくれる?? 先生と話さなきゃいけなくて」
興味をそそられたアオは、いかにも編入生らしい理由で3人と別れ、足早に出て行った千草の後を追っていった。
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